701 圧倒的
「魔法を使って来るな」
「ですね」
「え?」
エギエディルス皇子とローレン補佐官の目が鋭くなっていた。
2人はフェリクス王の立ち姿や、落ちて来るコインばかりに気を取られていた莉奈とは違い、魔力の流れや動きをしっかりと見ていたらしい。
莉奈が"魔法"という言葉に驚いていると、ちょうど目の端にチラッと赤いモノが見えた。
どうやら、開始早々にレイが、フェリクス王に向かって火球を放ち、先制攻撃を仕掛けた様だ。
「へぇ、無詠唱とはやるじゃん」
レイの魔法を見て、エギエディルス皇子が少し感心していた。
魔法とは基本的に、短長に関わらず、呪文を言葉として出した方が、魔力を溜めやすくイメージ通りに発現出来る……と言われている。
特に長い詠唱であればある程、集中して魔力を注げ、その威力を高められるとされていた。
しかし、その反面……魔法を放つまで隙を与える事となる。
何故なら、相手が何か仕掛けて来るのに、詠唱が終わるまで大人しく待ってくれる者などいないからだ。
(フェリクス王なら、ワクワクして待っていそうだけど……)
しかも、大抵の場合は、どんな魔法か言葉にのせて詠唱する為、相手に何をしようとしているのかがバレる……というデメリットまである。
対魔物ならともかく、対人の戦闘に長い詠唱は不向きであった。
ただ、魔法使いの手練れならば、短い詠唱はメリットしかない。
なにせ、相手が魔法だと気付いた瞬間には、放つ事が出来るからである。無詠唱なら尚更だ。
しかし、たとえ予期せず放たれた火球だとしても、フェリクス王には当たらそうだけど。
いや、当たっても、何事もなかったかの様に向かって来そうだ。
だが、そんなフェリクス王相手だとしても、先に放つ事で一瞬隙が生まれる可能性はあるし、踏み止まらせる事が出来る……かもしれない。
レイもおそらく、本気でやれるとは思っていないハズだ。
運良くフェリクス王優位の構図を少しでも崩せたら……という考えなのだと想像する。
だが、世の中とフェリクス王は、そんなには甘くはなかった。
案の定、レイの左手から放たれた火球は簡単に避けられ、シュゼル皇子の張った結界に一直線。
エギエディルス皇子とローレン補佐官ですら察知していたのだから、フェリクス王が気付かない訳がない。
しかし、それはレイとて想定の範囲内。
ジンが手も足も出なかったフェリクス王が、避けられないとは思っていない。所詮、火球など猫騙し程度。
だが、先に放つ事で前方からの攻撃ルートを潰し、範囲を狭める事に成功した。
こうなれば、フェリクス王は左右のどちらかか、上から仕掛けて来るだろう。レイはそう想定し剣を構えた。
姿が見えた瞬間、今度はこちらから仕掛けられる。そう思うと、剣を持つ手に自然と力が入った。
だが、フェリクス王が現れたのは上でも左右でもなく……背後だった。
「……っ!?」
完全に意表を突かれたレイは、咄嗟に右足で地を蹴り、フェリクス王の剣を寸前で躱した。
「なっ!」
しかし、躱した先にも何故か、フェリクス王の姿がーー
「くっそ!!」
剣士である以上、フェリクス王の攻撃は剣で受け止めて反撃したい。
だが、そんな悠長な事を考える余裕など、レイにはまったくなかった。
風の魔法を使い、別の場所に瞬間移動するのがやっとで、優位に立つ以前の問題だ。
それどころか、ジン同様に自分の戦うリズムを崩されまくりで、いつも自分が敵とどう戦って来たのか、分からなくなっていた。
「意外と頑張ってますね」
「だな」
ローレン補佐官が感心している隣で、エギエディルス皇子が鼻を鳴らす。
たとえ兄王が手加減しようがしまいが、ジンやレイを翻弄させたのは確かだし、モルテグル兵達を黙らせたのも事実だ。
それが、何だかエギエディルス皇子は誇らしくて嬉しかったのだ。
「でも、時間の問題でしょう」
1人優雅にイスに座り、紅茶を堪能しているシュゼル皇子がほのほのと言った。
レイは躱すのに集中せざるを得ず、まったく反撃に転じられない。
あれでは、体力を削られるだけで、きっと何も出来ないだろう。
もはや、誰の目から見ても、勝敗の行方は分かりきっていたのであった。




