694 フェリクス王という稀有な存在
「部屋にいねぇと思ったらココにいたのかよ」
「おはようございます、エディ」
「エド、おはよう」
莉奈とシュゼル皇子の部屋を訪ねたものの、もぬけの殻。どこだどこだと、エギエディルス皇子は探し回ったらしい。
「何してたんだ?」
莉奈と兄シュゼルが逢瀬……とは思わないが、朝早くからこんな場所で何をしているのか、エギエディルス皇子は気になった。
「あそこにある聖木が枯れてるな〜って話?」
「あーあれな」
莉奈が聖木に視線を向ければ、エギエディルス皇子は何とも言えない顔をしていた。
エギエディルス皇子も、枯れた聖木を見るのは2度目だが、あまりの酷さに言葉を失くしたみたいだ。
「リナの造った変な汁、アレをぶっ掛ければイイんじゃね?」
「"変な汁"とか言うのやめてくれるかな」
エギエディルス皇子の言う"変な汁"とは、"超メモネックス"の事だろう。
莉奈が勝手に製造し撒いたせいかおかげか、ヴァルタール皇国の聖木が、聖樹になったあの魔法薬だ。
枯れた聖木にも効果は抜群で、莉奈の予想を上回る変化……いや進化させた魔法の栄養剤。確かにアレを掛ければ、あの聖木も聖樹になりそうだ。
「今のところ、その予定はありませんよ」
「ふ〜ん? どうせ枯れてるんだし、掛けちまえばイイのに」
枯れた聖木に何もしないと言う兄シュゼルに対し、エギエディルス皇子は疑問の声を上げた。
あのままなら枯死するのを待つだけなのだから、掛けてしまえばイイ。
エギエディルス皇子も、莉奈と同じ考えの様である。
「聖木が聖樹に変わったら、アドルフが本腰を入れて、攻めて来るかもしれねぇのにか?」
アドルフとは、現ウクスナ王国の王を名乗るアーリャの大叔父だ。
何か変な所から声が聞こえるなと、莉奈が空を見上げれば、フェリクス王が別邸の屋根からフワリと降りて来た。
屋根は文字通り屋根で、マンションみたいな屋上などない。
どうやって登ったとかどこにいるんだとか、そこから飛び降りて大丈夫なのかとか、慣れている莉奈でさえそう感じるのだから、知らないモルテグル兵は、驚愕の表情で固まっていた。
『ヴァルタールの国王が空から降って来たぞ!?』
『足、どうなってんだ?』
『空って、ヴァルタールの王は空まで飛べるのか』
『いや、さすがに魔法だろ』
『魔法で空を飛べるのか』
『さすがに空じゃなくて、屋根にいたんじゃないの?』
『あぁ、そうだよな』
『なぁ、ひょっとして昨日の爆破音も、あの人が……?』
『竜より強いってマジな話か!?』
『『『ーーっていうか、そこで何をしていたんだ!?』』』
各々の持ち場は離れているため、互いに声を出して話す事は出来ないが、モルテグル兵の目は口ほどに語っている。
少し離れた別邸の扉前の兵達だけが、思わず目を合わせたり口パクで、何やら話をしていた。目がキラキラしている様子から、きっとフェリクス王の身体能力の高さを称賛しているのだろう。
何せ、フェリクス王の強さは世界に轟くほどだし、鍛えられた兵や冒険者達の憧れの的だ。しかも外見は、誰もが振り返るくらいの美貌だし、惚れ惚れする様な体躯。
女性達は言わずもがなだが、男性達からも常に羨望の眼差しを受けている。外見だけでもそうなのに、フェリクス王が国を問わず敬われるのは、国王陛下自ら最前線に立つからである。
王宮で指示を出すのではなく、一番危険な場所に立ち、己れが戦う。
その国王の姿勢は、兵達の士気だけでなく国全体の士気を高め、国を守る原動力に繋がっている。
たとえフェリクス王にその気はなくとも、彼がいる安心感と信頼感は絶大なモノとなっていた。
だがそれが、逆にーー
ーー他国の王侯貴族達に忌避される所以でもある。
フェリクス王の様に、誰もが真似出来る訳がない。
危険な地に向かうのは、普通は兵や冒険者。それは、どの国も当たり前であるのだが、フェリクス王という稀な存在が邪魔をする。
ヴァルタール皇国の王に出来て、我が国の王は何をしている……と。
ただでさえ一般市民は、王侯貴族の仕事を知る機会が極端に少ない。そのため、王族や貴族は安全な場所でただ命を下すだけだと、思い込む者達は割と多い。
たとえ、公務や政務とは何か知っていたとしても、人は見えないものより見えるものを、成果として受け入れやすいものだ。
それ故に、魔物暴走まで1人で鎮圧してしまうフェリクス王が、他国の国民からも絶大な支持や人気があるのは、もはや当然と言えた。
怖い魔物から守ってくれるフェリクス王は、子供だけでなく大人からも正義のヒーローに見える事だろう。
ーー結果。
フェリクス王が活躍すればする程、他国の王侯貴族から嫌われる……という訳であった。




