416 初めての炭酸水
「では、このボア・ランナーの肉を使って、夕食の一品を作りたいと思います」
ーーパチパチパチパチ。
莉奈がそう言えば、エギエディルス皇子以外の人達が手を叩いていた。
「何を作るんだ?」
「出来てからのお楽しみ」
エギエディルス皇子が興味深そうにしていたので、莉奈は人差し指を鼻に当て笑って返した。
まぁ、コレだよと名前を出したところで、何かなんて想像はつかないだろうけど。
「あ、そうだ、エド。さっきハチミツレモンソーダ作ったけど、飲んでみる?」
「みる!!」
嬉しそうに莉奈を見たエギエディルス皇子の笑顔に、皆はニヨニヨと表情が崩壊するのであった。
ーーと、いう事で。
夕食の一品はさておき、先にエギエディルス皇子に試飲させる事にした。
厨房の片隅に莉奈専用のテーブルとイスがある。そこに、エギエディルス皇子を座らせ、長細いグラスに入ったハチミツレモンソーダを出した。
「コレが"ハチミツレモンソーダ"か?」
「だね。で、そこにアイスクリームをのせると"ハチミツレモンフロート"に早変わり」
氷多めのハチミツレモンソーダの上に、莉奈は魔法鞄から取り出したミルクアイスをポンとのせた。
あっちの世界ではフロートといえば、メロンソーダかコーラの上にアイスをのせるのがポピュラーだろう。
でも、甘酸っぱいハチミツレモンソーダにも合うと思う。ジュースにアイスクリームがのるとなんだか楽しいよね。
「何それーーっ!!」
ズルいと言葉にのせた様な絶叫が、リック料理長の脇から聞こえた。
「「「……リリアン」」」
気持ちは分かるが、ウルサイぞと皆の視線が集まっていた。
「アイスクリームをスプーンで寄せて飲むと、飲みやすいよ」
ストローがないから仕方がない。
莉奈は、どうやって飲もうか悩んでいたエギエディルス皇子に、細長いスプーンを手渡した。
アイスクリームもそれで食べれば良いだろう。
「ん!!」
莉奈に言われ、ハチミツレモンソーダを一口飲むと、初めての炭酸にエギエディルス皇子は目を丸くさせていた。
「すげぇ、ピリピリ? シュワシュワする!!」
喉越しまで刺激を感じ面白いと、エギエディルス皇子は瞳をキラキラさせていた。
「アイスクリームと一緒でも美味しいでしょう?」
「旨い!!」
「アイスティーでも美味しいよ?」
莉奈が他の飲み物でも美味しいと提案すれば、エギエディルス皇子は楽しそうに聞いていた。
「シュゼ兄が喜びそうな飲み物だな」
「あ〜アイスクリーム」
エギエディルス皇子と莉奈は笑ってしまった。
あの方は、アイスクリームがあればなんでもイイ気がする。
莉奈がシュゼル皇子用にアイスティーのフロートを作ると、エギエディルス皇子は持って行くと言って、厨房から去って行ったのであった。
「ところで、エドは何しに来たんだろう?」
まさか、フェリクス王に見張っておけと、言われているなんて思っていない莉奈は首を傾げていた。
エギエディルス皇子は兄に言われてすぐ、莉奈がどこにいるか気になり見に来たのだが、厨房にいると分かり安心して去ったのだ……が、誰もそんな事情を知る由もなかった。
「可愛いからイイけど」
莉奈は結果、そう考えて1人頷いて作業に戻る事にした。
「俺達は何すればいい?」
手の空いた人が徐々に、莉奈の手伝いに回って来た。
1度作った料理なら、後からでも分担して出来るので、莉奈の手伝いをと考えてくれた様だ。
「確かキャベツってあったよね?」
「あるよ〜」
と料理人が2人がかりで重そうに、作業台にドカンと載せた。
「デカいな」
莉奈の知るキャベツとは少し遠かった。
一口サイズの芽キャベツでもなく、一般的な顔くらいの大きさでもなかった。車のタイヤくらいありそうだ。
大きなキャベツといえば、日本にも"札幌大球"があるけど、どちらが大きいのだろう。莉奈は鰊漬けでしか札幌大球を食べた事はないが、甘くて美味しかった覚えがある。
「あれ? スープに良く入ってるキャベツってこのキャベツ?」
「時期によるな」
その時々で旬の野菜を仕入れるので、いつもその野菜とは限らないとリック料理長が教えてくれた。
今、食料庫にはないが、莉奈が馴染み深い普通の大きさのキャベツも勿論あるそうだ。
「芽キャベツもあるよ?」
「対比がスゴいね」
リリアンがその巨大なキャベツの隣に、ちょこんと並べた。
極端に言えば、本物の乗用車のタイヤの隣に、オモチャのタイヤを並べたくらい差がある。
カボチャも手で持てないくらい、巨大なのがあると聞いた事があった。
莉奈の野菜の概念なんて、この世界では通用しないのだろう。
「巨大なロールキャベツが出来そう」
莉奈は、ポソリと呟いた。
キャベツの葉が1枚1枚大きいから、肉を包むのも一苦労だし、作るのも食べるのも大変そうだ。
「何? ロールキャベツって」
「う〜ん? 柔らかく煮たキャベツの葉で、ハンバーグを包んだ煮込み料理?」
ザックリ言うなら、そんな感じだろう。厳密に言うと違うけど。
そう莉奈が説明すればリック料理長が、分かる様な分からない様な表情をしていた。
なら、ロールキャベツにしようか? と皆に訊いてみる。
「お酒に合う料理とロールキャベツ、どっちを作る?」
「「「お酒に合う料理!!」」」
答えなど、訊く意味はなかった。




