415 猪の魔物
あけましておめでとうございます。
今年も1年よろしくお願いします。
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で、ボア・ランナーとは?
莉奈はボア・ランナーがよく分からず、今度は【鑑定】を掛け"ボア・ランナー"と表記されてある部分を【検索】して視た。
【ボア・ランナー】
常緑広葉樹林、落葉広葉樹林、水田放棄地や竹林などに生息し、これらに隣接する水田や農耕地にも時々出没する猪の魔物。
「猪」
ランナーなんて付いていて実に爽快な名前だったけど、猪の魔物なんて厳つそうだ。
「それ、猪の魔物?」
「だね。"ボア・ランナー"だって」
この台詞からしてリック料理長達……魔法鞄から取り出して見てもないなと莉奈は呆れていた。
「あ〜、ボア・ランナーか。それ王都に来る時に追っかけられて、最悪だった魔物だ」
ダニーが心底嫌そうな表情をしていた。
漁師の村から王都に来る道中に、この猪の魔物ボア・ランナーに追っかけ回されたらしい。
冒険者の護衛が付いた正規の馬車で来たので何事もなかったが、モグリの馬車だったら突進されて命を落としていたかもなと、ダニーは苦笑いして教えてくれた。
「冒険者がいるなら楽勝だった?」
猪の魔物なんて想像も出来ないから、莉奈はTVや動物園で見た猪を思い出していた。
「リナ」
「うん?」
「"ボア・ランナー"って馬よりデカイんだぞ?」
「え? マジ?」
「マジ。で、かなりの俊足」
「うっわぁ〜。じゃあ、かなり怖いね」
そんな大きな猪が突進して来たら怖い。
自転車にトラックが突っ込んで来る様なものだ。莉奈は少しだけゾッとした。
「でも、美味しいお肉が現れた! って思うと少し違うよね」
"怖い"と思うか、"旨い"と思うか。
幽霊だって視たくないと思っているから怖い訳で、視たいと思っていたら現れた瞬間に「よっしゃあ!」と思うに違いない。
「複雑な事を言うなよ」
ダニーは苦笑いが漏れてしまった。
確かに今食べて美味しかったら、今後この魔物に出会った時、怖さの中にチラッと旨さを思い出すかもしれない。
「コレも食べた事はないんだよね?」
「魔物だからな」
魔物は人体に害があると、最近まで信じられてきたのだ。食べた事がある訳ないとダニー達は苦笑いしていた。
「ふむ」
ならば、まずは味見だなと莉奈は思った。
臭みがあるなら補う調理をしなきゃだし、逆に淡白ならそれを活かした料理でもいい。何はともあれ、味が分からない事にはレシピも浮かばない。
薄切りにして味見をしたいが、肉は生なのでグネグネして薄く切りづらい。
「トーマス」
「何?」
「この肉、半冷凍してくれるかな?」
「え? 半冷凍? 完全に凍らせるんじゃなくて?」
「そ、半冷凍」
以前、芋虫の魔物キャリオン・クローラーのジャーキーを作った時みたいに、薄切りにしたいので半冷凍だ。
あの時は魔法省のタール長官に頼んだけど、今は氷魔法が使えるトーマスがいるのだから頼めばいい。
「……注文が急に高度になったな」
いつもは嬉々としてやってくれていたトーマスが、珍しく苦笑いしていた。
氷の魔法を使えない莉奈は、何が簡単で何が高度なのか分からない。ただ、話を聞いていると氷を出すより難しい様だ。
「出来ないの?」
「出来る出来ない以前に、やった事がない」
夏の熱い日に氷を作ったり、凍らせたりする事はあったが、半冷凍なんて中途半端な魔法は使った事はない。
莉奈は他の氷魔法の使い手を見たけど、その料理人達も首を横に振っていた。
「んじゃ、エドくん」
「……皇子をなんだと思ってるんだよ」
気配もなくシレッといたエギエディルス皇子に、莉奈は気付き頼んだのだ。
自分の存在に気付いた途端、そんな事を頼む莉奈にエギエディルス皇子は怒るより呆れていた。
リック料理長達は身体をピクリとさせると、バタバタと一斉に腰を折っていたけど。
「大体、何の肉なんだよ。それ」
「ランニング・ボア」
「あ゛? ランニング? お前……適当な事言ってんじゃねぇだろうな?」
そんな名前の動物も魔物も知らないと、エギエディルス皇子は眉根を寄せていた。
「ボア・ランナーですよ」
ラナ女官長が、エギエディルス皇子に耳打ちする様に言えば、エギエディルス皇子は「やっぱり適当じゃねぇか」とさらに呆れるのだった。
「国王に木の実を切らせたり、皇子に肉を凍らさせたり、お前はオカシイ」とエギエディルス皇子はブツブツ莉奈に文句を言いながら、ボア・ランナーの肉を凍らせてくれた。
文句を言いながら片手間である。自分が真似をして片手間でやったら、泥水が出そうだと莉奈は思った。
「エド、スゴイね」
難しい注文だったのに、しっかり半冷凍になっている。
これには莉奈だけでなく、皆もエギエディルス皇子に敬服する様な視線を送っていた。
「王族をコキ使うお前の方がすげぇよ」
なんだかんだと手を貸す自分も大概だと、エギエディルス皇子は笑った。
「で、どうするんだ?」
「まずは、薄く切って味見する」
肉が硬いか柔らかいか、分からない。とにかく、味見をしなければ始まらない。
興味半分、不安半分のエギエディルス皇子が、莉奈の作業を見ていた。
薄切りにしたボア・ランナーの肉に軽く塩を振ると、莉奈はフライパンでサッと焼いた。
焼けたボア・ランナーの肉の匂いは、豚肉に似ている。
莉奈は、それを一口大に切り分け皿に盛った。
魔物の肉だと言われなければ、豚肉にしか見えない。
「ん?」
魔物の肉に抵抗感がない莉奈は、躊躇う事なく口に入れた。
口に入れた瞬間、ふわりと嗅いだ事のない香りがしたが、味は豚肉そのもの。獣臭さもほとんどなく、肉質は少し硬めだが豚肉より味が濃い気がする。
「「「どうなんだ?」」」
コレがサーロインステーキなら、こぞってクレクレ言うクセに、誰1人として手を伸ばさない。
莉奈は皆の顔を見て、一瞬殴りたいなと思ったのは仕方がない事だろう。
「すご〜いマズイ」
莉奈は、そう言いながら冷蔵庫にしまってあるサラダ用のスライス玉ネギを取り出すと、そこにシーザーサラダ用のドレッシングをかけ、焼いたボア・ランナーの肉で包んでもう一口放り込んだ。
ボア・ランナーの肉は、味は濃いのに脂が少なくサッパリしているから、サラダにしてドレッシングをかけるとスゴく合う。
「マズイ割には良く食うな」
マテウス副料理長が笑っていた。
マズイなんて、どうせ莉奈の冗談に決まっている。マテウス副料理長も莉奈の食べ方を真似して口に入れた。
「……っ!!」
赤身肉に見えたボア・ランナーは獣臭さそうだと想像していたのだが、臭みなど気にならないくらい美味しい上に、味はほぼ豚肉だった。
しかも、莉奈がしたサラダ感覚の食べ方は斬新で、サッパリしているからついもう一口と手が伸びる。
「少しクセはあるが、豚肉と変わらないな。玉ネギと合わせるとサッパリしていいな」
リック料理長も口にし、その美味しさに目を見張っていた。
「うまっ! 獣臭いかと思っていたけど、旨いな」
皆の様子を見ていたエギエディルス皇子も、莉奈に勧められると口に放り込み感嘆していた。
口に入れると一瞬、嗅いだことのない独特の香りが鼻を抜ける。だが、それすらもクセになるくらいすぐに、肉の旨味が口いっぱいに広がったのだ。
あの厳ついボア・ランナーが、こんなに美味しいとは想像もした事がなかったのである。
「俺、今度コイツに出会ったら、一瞬ヨダレが出るかも」
「分かる! 恐怖と食欲の葛藤」
「そして自爆?」
皆は、このボア・ランナーに色んな思いを馳せて笑い合っていた。
人里にも出て来る魔物なので、見た事がある人も多いそうだ。それがこんなにも美味しいなんて、考えた事もなかったと楽しそうに笑っていた。




