369 初めての米のお酒
「んんっ!?」
ラナ女官長が皆が注目する中、ゆっくりとホーニン酒を口にした。
口に入れた途端に広がる芳醇な香りは、ワインとは全く違い、目を見張っている様だった。
「さっき、リナに貰ったおむすびのおかげで、このお酒の中にあるほのかなお米を感じるわ」
お米自体の味を知った今だからこそ、ホーニン酒の米らしさを味わえているみたいだ。
ラナ女官長は、ホーニン酒の独特な味わいに、嬉しそうに頬を染めていた。
チビチビと大事そうに味わって楽しんでいる。
「ど、どんな味だ? ブランデーに近いのか? ジンか?」
リック料理長が興味深々に訊いていた。
どのお酒に1番似ているのか、違うならどんな味わいなのか気になるのだ。
「どれも全然違うわよ。う〜ん、どう言えばイイのかしら? この芳醇な香りと、コクがある不思議なお酒」
「だーーっ!! まったく想像が付かない!!」
リック料理長は嘆いていた。
似たような味がないのだから仕方がない。
だけど、ラナ女官長も酒豪だよね。米の酒なんて度数が低い割に、キツイって言う人も多いのに。味わってるもん。
「さて、そんな皆々様に少しだけ朗報です」
「「「え?」」」
「ホーニン酒は、ラナが飲んだグラスくらいなら、ココにいる皆に分けられるかもしれない」
莉奈がそう言った途端に、皆は拳を天に挙げて喜んだ。
だが、話は最後まで聞こう、まだ先があるのだ。
「しかし、サケティーニにして量を増やすか、ホーニン酒そのものを味わうか。それとも飲み比べ出来る人と出来ない人に分かれるか。さて、3つに1つ」
サケティーニにしてしまえば、他のお酒と割るから飲める量は増える。
だけど、初めてのホーニン酒の味を純粋に味わいたいのなら、カクテルはお勧め出来ない。
皆でワイワイ楽しく飲むか、選ばれた者達が両方とも飲むのか。
どうするか? 皆は真剣に考えていた。
莉奈は考えて貰っている間に、サケティーニを作る事にした。
サケティーニは至って簡単だからだ。
カクテルグラスに莉奈的には、必要か分からないオリーブの実を一つ入れておく。
カクテルのレシピのほとんどが、コレという決まりはないので、いつもの様に莉奈の知っている割合にする。
ミキシング・グラスにホーニン酒5、ドライ・ベルモット1を入れ、軽く混ぜるとそのカクテルグラスに注いだ。
そこへ、最後の仕上げにレモンピールを、捻るようにして絞って入れる。で、出来上がりだ。
「え? リナ、レモンの果実じゃなくて、皮の方を絞って入れるのかい?」
軽く説明をしながら作っていたのだが、莉奈がレモン汁ではなく、皮を軽く絞っていたのでリック料理長が驚いていたのだ。
「うん。レモンの皮"レモンピール"を、風味付け程度に入れるんだよ。レモン汁だと、風味付けじゃなくて味が入るからね」
「へぇ」
プロじゃないから説明は難しいけど、そんな感じだと思う。
違っても正解は誰も分からない。
「そういえば、砂糖を使ったレモンの皮の菓子も、レモンピールって言いますよね?」
マテウス副料理長が、カクテルを作りながら同じ物があると、言ったのだ。
「ピールって柑橘類の皮の欠片って意味だから、どちらも間違いじゃない」
リック料理長が、同じ様に思い出しながら言っていた。
レモンとかオレンジとか、柑橘類の砂糖漬けもピールと言われているらしい。
「あぁ、そっか、そうでしたね」
「でも、香り付けのために皮を使うのか。サラダやスープとかにもレモンの汁じゃなくて皮を使ってもイイな」
「ですよね」
リック、マテウスのアレンジ話が始まっていた。
味は嫌いだが、香りは好きな人もいる。用途に合わせれば、風味付けに使うのもイイなと、話に花が咲いていたのであった。
サケティーニは、師匠から貰ったホーニン酒が山吹色だったから、薄ら黄色っぽい色に仕上がった。
常々思うけど、カクテルってオシャレだしカッコいいよね。
グラスがまずカッコいいし、オリーブとか実を入れると一気にオシャレで大人な気分だ。
小さい頃は莉奈も真似て、マスカットとか果実をグラスの底に沈めて、炭酸系のジュースを注いだっけ。
それだけで、なんか大人になったみたいで、少し嬉しかった。
クリスマスとかに、子供用のシャンパン風ジュースがあるのも、大人のやる事を真似たい、背伸びしたいって言う子供心を反映した商品だよね。
あ、そうだ。エギエディルス皇子にイイ物を作ってあげよう。
背伸びしたい年頃の彼が、絶対に喜ぶ物だ。
「ラナ。エドのために、ジュースを一緒に作ってもらってイイかな?」
「いいわよ」
ホーニン酒を飲んで、少しご機嫌なラナ女官長に手伝いをお願いした。
そんなに手間はないし、ここに来たのなら手伝ってもらおう。
ラナ女官長に作り方を簡単に説明して、一緒に色んな果物のジュースを作っておく。
カクテルには、ジュースを入れる事が多いので、たくさん作っても無駄にならないからね。
ちなみに "シンデレラ" という、ノンアルコールのカクテルは、オレンジジュースとパイナップルジュース、それにレモンジュース、その3つを同量で混ぜれば出来上がりだ。
シンデレラなんてオシャレな名前だけど、なんでシンデレラなんだろう?
莉奈はそんな事を考えながら作っていた。
これで、フェリクス王とエギエディルス皇子の飲み物は完成だ。
「さて、最後にシュゼル殿下用の甘いカクテルを作りますか」
最後に甘いカクテルを作る事にした莉奈は、気合いを入れ直した。
父は撃沈した味だったけど、甘党のシュゼル皇子なら喜ぶに違いない。
「リナが覚醒した」
面倒くさがりな莉奈が、あまりにも次々と作るので、料理人が驚き呟いていた。
「シュゼル殿下のカクテルは、良く攪拌しないといけないのでボウルで作る」
「ミキシング・グラスじゃ、ダメって事?」
莉奈がボウルや泡立て器を準備し始めたので、それを見ていた料理人から疑問の声が上がる。
莉奈が今までカクテルを作る時は、大きなグラスかビーカーみたいなミキシング・グラスだった。
「ミキシング・グラスで作る物って、基本的にグラスに直接入れて混ぜても大丈夫な物なんだよ。氷でキンキンに冷やしたいから、それで混ぜているだけ。後は、お店の演出的なモノだと勝手に解釈してる」
「なるほど」
「確かに、ココじゃ大量に作らなきゃならないから、寸胴にドバドバ、魔法でキンキンだもんな」
「ミキシング・グラスなんて試飲の時しか使って作ってないや」
莉奈の説明で、皆は大いに納得した。
言われてみれば、自分達はそんな洒落た作り方をしていなかった。
ここはお店じゃないから、人にカクテルを作る工程を楽しませる必要はない。大体、一個一個そんな作り方をしていたら、日が暮れる。
「え? 生クリームなんか使うの?」
隣で見ていたラナ女官長が、ギョッとしていた。
莉奈が用意したのは、生クリームとハチミツ、そしてホワイト・ラムだったのだ。
「そうだよ?」
「どんな味になるのよ」
「飲んだ事がないから、しらん」
味をどんなと言われても、カクテルなんか飲んだ事はない。両親じゃないからまったく分からないため、想像でしかないのだ。
「あぁ、そうよね。リナ、未成年だったわね。お酒に詳し過ぎるから、忘れちゃうわ」
ラナ女官長は莉奈が未成年だと、改めて気付き笑っていた。
莉奈はしょっちゅうカクテルなんかを作っているから、スッカリ飲める年齢な様な気がしていた。たまに出す掛け声も年寄りくさいし。
「忘れないで下さい」
莉奈は笑って返しておいた。
「ホワイト・ラムを4。ハチミツ、生クリームをお好みで。それをボウルに入れて泡立て器でカシャカシャ混ぜる」
この工程だけだと、お菓子を作っているみたいだよね。
カクテルバーなら、この混ぜる場面でシェイカーという道具を使って、カッコよく振って混ぜるんだろうけど、ないからボウルだよ。
「酒と生クリーム」
「どんな味がすんだろ」
「ハチミツが入るから甘くなるって事しか、想像出来ないよね」
莉奈がカシャカシャと混ぜているのを見て、皆が首だけ動かして見ていた。
作業を止めないところは、料理人としてしっかりしている。
「良く攪拌させたら……丸めのグラスに入れて出来上がり」
莉奈が一瞬手を止めたのは、定番の逆三角のカクテルグラスだけじゃなくて、グラスの種類が豊富にあった事に気付いたからだ。
とりあえず、今は目についたシャンパングラスに入れてみた。シャンパン自体がないから、シャンパングラスなんて言っても皆には分からないだろうけど。
「白いカクテル」
ラナ女官長が不思議そうに、呟いていていた。
今まで、カクテルといえば透明な色のカクテルが多かったから、なんだか不思議みたいである。
「皆が名前に興味があるとは思えないけど、コレは"ビーズ・キッス" っていうカクテルだよ」
ハチミツを入れているから、蜜蜂のキス。
キッスはただオシャレ感覚で、付けたんではないかな? と莉奈は思っている。
サケティーニは日本酒+マティーニでサケティーニなのだろう。なんか他に思い付かなかったのだろうか?
「ビーズ・キッス」
ほろ酔いで、なんか可愛いラナ女官長が小さく反芻していた。
頬が少し赤く染まっていて、ラナが艶っぽい。
リック料理長は、こういうラナ女官長に惚れたのかもしれない。
「はい。味見」
いつもお世話になっているから、プレゼント。
ラナ女官長にそう差し出したら、目を丸くさせていた。
「え?」
「だって、仕事終わったんでしょう?」
「いいの!?」
「飲みたいならどうぞ」
私物のハチミツが少ないから全員分は作れないけど、感想を聞かせてくれるとイイなと。
貰えない料理人達の、人を刺す様なエゲツない視線はどうかと思うけど。
ラナ女官長には、そんな視線は優越感に変わるらしい。
1人だけ飲めればそうなるのかな?
「ん。お酒なのに口当たりが良いし、初めての味だわ」
ラナ女官長が一口、口に含むと感嘆していた。
生クリームが入るから、お酒特有の角がなくなりまろやかになるのだ。
だから、カクテルはジュースみたいに飲みやすく、ついついたくさん飲んでしまうから、酔いやすいともいう。
「ハチミツの香りとコク。生クリームの滑らかな感じ。お酒に生クリームはどうかと思ったけど、アリね」
感想を言いながら、満足そうに味わっている。
ラナ女官長の口にはあった様だ。
「あ、ハチミツで思い出したわ。ローヤルゼリーを仕入れるのに、ハチミツもついでに買おうかと思ってるのよ。リナにもあげるから、好きに使って」
「え? いいの!?」
「だって、いつもお世話になっているのは、こっちも同じだもの」
美味しい料理やお菓子、カクテルまで作って貰っているからねと、ラナ女官長がニッコリと笑った。
美容液を作って貰うのだから、お礼も兼ねているのだそうだ。
莉奈的には結果、好きにやっているからお礼はどうでも良かったのだが、貰えるのはありがたい。
「分かったわよ。皆にも、少し分けてあげるから、その時にコレを作るといいわ」
恨めしそうに見ている料理人達に、ラナ女官長が笑っていた。
途端に歓喜の声が上がるから、調子の良い人達である。
なんだかんだで、ラナ女官長は優しいなと、思う莉奈なのであった。
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