271 フェリクス王は苦笑いする
"ゲイリー" 顔だから、なんてアホみたいな理由が通る訳もなく、妥協策として "フェル" でお願いします……と、土下座覚悟でお願いした。
エギエディルス皇子と同じ呼び方なら、まだ多少、動悸が治まるかなと思ったからだ。
試しに「フェル」と呼んでみれば、莉奈は自分から発したその響きに、ボボボッと顔がさらに火照っていた。
うっわ! 良く考えたら "フェル" って "愛称" じゃん!!
何故、自分でハードル上げたしっ!!
うわぁうわぁと莉奈は1人で、勝手に悶え自爆していた。
「……」
フェリクス王は莉奈が試しに呼んだ愛称を聞くと、何故か口を押さえ横を向いていた。
やっぱりいきなり、愛称で呼ぶのは良くなかったよね!?
莉奈が不安そうに覗くと、フェリクス王の困った様な表情がそこにはあった。
――――キュン。
な~に~その表情!!
莉奈の胸がトクンと大きく跳ね上がった。
これはからかう好機だと、変な方向にウキウキした莉奈は "フェル" ともう1回呼んでやろうと企んだ。
だが、口に出す自分が恥ずかし過ぎて、口がパクパクするだけ。まったく、言葉が出てこなかったのであった。
◇◇◇
結局、好きに呼べと言われた莉奈は、しばらく考えた挙げ句、なるべく呼ばない方向にする事にした。
「どこへ向かうんですか?」
キョロキョロしながら莉奈が訊いてみれば
「中心街に行く」
と歩き出した。
ガーネット邸は郊外にあるのか、周りを良く見れば確かに店らしきモノは、ほとんどなかった。
魔物から護る砦としての役目も兼ねているとかで、街の端、外壁の側にある様だった。
さっきから何人かとスレ違うけど、スレ違うたびに注目されていた。特に女の人が、フェリクス王を見て息を飲んでいるのを感じる。
一瞬、陛下とバレた? と思ったのだけど……これってフェリクス王を見てうっとりしているのでは?
だって、女性は皆、アイドルを見る様な、あのキラキラした瞳なんだもん。
王城では、そんな人がほとんどいないから、完全に忘れていたよ。
王城は彼が国王様だと知っているから、キラキラより畏れ慄いている。
でも、街の人達は、まさか国王陛下が歩いているとは思わない。だから、普通にものスゴい美形が歩いていると思う訳で……。
王をチラチラ見れば、ステキと頬をポッと紅く染める。そして、女同士でキャッキャし、同行している莉奈に気付くと「何あの女」と品定めしていた。
そういう所はどの世界も、同じだね。
莉奈はなんだか妙な親近感を感じ、嬉しくてついニコリと会釈で返せば、女性達がギョッとした後、同様に会釈を返してきた。
予想外の莉奈の反応に、思わず返してしまった様である。
「……」
それをたまたま見ていたフェリクス王、唖然である。
知らない人間と、何故会釈をしているのか。理解に苦しんでいた。
「そっちじゃねぇ」
右に曲がろうとした莉奈の襟首を、フェリクス王はムンズと摘まんだ。
大通りに出た莉奈は、道も分からないのに当然の様に右に曲がろうとしたからだ。
「……っ!」
どうして口で言わないのかな!? 莉奈は反論しかけた時、近くの民家から、ふわりと香しい匂いがした。
「からあげだ」
この鶏の揚がるイイ匂い、揚げ物特有の匂いに反応し、莉奈は思わず呟いていた。
こうやって市井でからあげの匂いがするのも、魔物ロックバードの肉が、食用として認可されたためだった。ロックバードは高級品として出荷され、普通の鶏肉は安価で市民の口に入り易くなった。
そのため一部の養鶏所からは、価格が下落した! と反発が起きた様だ。しかし、結果としてそれ以上に出荷量が増えたため、黙り込んだ経緯がある。
「……」
莉奈の呟きを聞いたフェリクス王も、思わず匂いのある方向を見て、鼻をスンと動かした。
確かにこの香ばしいニオイは、からあげの匂いである。
それが分かると、自身の行動に苦笑いしていた。
思わず匂いを嗅いだ事もそうだが、ニオイを嗅いで "ソレ" が "何" なのかが分かってしまう自分に、もう笑うしかなかった。
弟のシュゼルではないが、自身もそこまで食事を気にした事はない。匂いを嗅いでソレが何かを当てた事もない。なのに、今言われてハッキリと分かる自分に気付いた。
分かる様になってしまっている事に、フェリクス王は複雑な気分だったのだ。莉奈に1番感化されているのは、存外自分かもしれない……と。




