272 初めての小銭と幌馬車
大通りに出ると、とある場所で立ち止まった。
標識板に行き先と時刻が書いてある。良く見なくてもバス停、いやバスじゃないから馬車の停留所。馬車停?
リヨンの中心街に行く馬車は、ここで待てば来る様だ。ちなみに、ここの停留所の名前は……ビクトルって書いてある。ビクトール侯爵と絶対関係ありそうな気がする。
「馬車に乗るんですか?」
だから、止まったのだとは思うけど。
「距離があるからな」
「馬車ならゲオルグさんの所のを、借りれば良かったのでは?」
だって王が言えば、門扉と云わずリヨンの中心街まで貸してくれるのでは?
「アレも竜ほどじゃねぇけど、かなり目立つぞ?」
「あ~」
それでイイのか? とフェリクス王に言われ納得した。
侯爵家の馬車は、派手とは言わないがシンプルではない。侯爵家の家紋らしきモノが付いていた。
アッチの世界でいう所の、ベンツやリムジンで街を回る様なものだ。そりゃあ、目立つよね~?
しばらく待っていると、馬車が見えてきた。
2頭の馬が牽引する馬車は、侯爵家のより断然シンプル。飾りっけのほとんどない、白い幌付きの馬車だった。
「あっ」
今さらながらに、莉奈はハッとした。
馬車はタダじゃ乗れないハズ。莉奈はお金を持っていない事に気が付いた。というか、見た事がない事にも気付いたのだ。
「どうした?」
「お金持ってない」
莉奈は探す様な仕草で、パンパンと服を叩いた。
ノーマネーと。
「……」
「え? なんですか?」
フェリクス王が、呆れた様な表情をしていたからだ。
王宮ですべてを用意してくれているのだ。モノを買った覚えがない。
「俺がいるから、問題ねぇよ」
考えてみれば、コイツに給金を渡してない事に気付いた。
欲しがるモノは、出来る範囲で与えていたし、食事は自分で勝手に作っている。身の世話は侍女に任せる……程の生活はしてない。
生活に不自由させるつもりはないが、食事に関していえば貢献をしてもらっている。ならばそれに応じた報奨を与える必要がある。
たまにコイツがやらかす修理、修繕費を差し引いたとしても、今後のために現金を渡しておくべきだな……と考えていた。
「とりあえず、欲しいモノがあれば言え」
莉奈が何を欲しがるかなんて、想像もつかないが、欲しがるモノがあるのなら、買ってやろうと思ったのだ。
「金」
―――パシン。
正直に右手を出して言えば、莉奈の頭に容赦のない平手が落ちた。
「イッタ! だって、お金自体を見た事がないから見たいんですよ!!」
そうなのだ。言い方がものスゴく悪かったが、この世界の "お金" がどういうモノなのか知りたかったのだ。
「初めからそう言え」
薄々、そんな事だろうとは思ってはいたが、露骨過ぎると笑った。
「とりあえず、馬車賃の300ギルだ」
王は魔法鞄から、小銭を出しチャリンと莉奈の手に乗せた。乗り合い馬車は一律300ギルだそうだ。
渡された小銭は、表に髭を生やした厳ついオジサンが、裏には100ギルと彫ってある鉄の貨幣。300ギルだから、100と彫ってある鉄貨を3枚くれた。
他国の貨幣や紙幣って、なんでこんなにも玩具っぽく見えるんだろうか。親近感が無さすぎるせいかもしれない。
で、この厳つい、オジサンは誰だ?
「来たぞ」
貨幣をマジマジみていると、乗り合い馬車が来たのか王が声を掛けてきた。
「……」
んん? コレにどうやって乗るのかな?
莉奈は眉を寄せていた。
小窓が付いている幌付き馬車は、中の座席は親子連れや女性達が乗っていて満員。幌の上も乗れるのか若い男の人が……。
え? どこに乗るのかな? 上には乗れるスペースがあるのかな?
「縁に立って乗るんだ」
御者〈運転手〉に馬車賃を払いここに乗るのだと、フェリクス王が先に馬車の両脇にある、縁に乗って乗り方を見せてくれた。
馬車の外側に足場らしき板が付いていた。幅は20センチくらい。そこに足を乗せ、外壁に付いている木の棒に掴まって乗るらしい。
ナニコレ。超面白そう!!
莉奈のテンションは爆上がりである。
「姉ちゃん。怖かったら代わってやろうか?」
中にあるイスに座っていた、70歳くらいのお爺さんがニヤニヤと声を掛けてきた。
莉奈が時を止めたのを、怖がっていると盛大に勘違いしたらしい。
そのお爺さんの表情は半分親切心、半分下心といった感じ。
「ありがとうございます。でも、お気遣いなく。"兄" が付いていますので」
やんわり断ると、足場らしき所に足を掛け、何かを言いたげなフェリクス王の手を取った。
途端にものスゴく強い力で、簡単に引き上げてくれた。
「ナンだ兄妹か。しっかし、似てねぇなぁ」
断られたお爺さんは、気分を害さなかったが不躾にジロジロと見てきた。
兄妹と言われたものの、まったく似ていないので見比べているのだ。
「母親が違いますからね」
「あぁ。なるほどな」
莉奈がサラッと言えば、勝手に納得して席に戻って行った。
こういうお爺さん達って、一緒にいる男女を見るだけでヤレ恋人だの何だのと詮索したり、冷やかしたりする可能性があるからね。
兄妹という事にして、早々に退散させるのがベストである。
ちなみに、兄妹と聞いた女性陣から、安堵のため息が漏れたのには苦笑いしかなかった。
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