215 青紫のアレ
「あぁ。そうだリナ」
莉奈が呆れていると、タール長官がポンと手を叩いた。
そんな後ろで、アイスクリームを貰えなかった魔導師5人は、魂が抜けている。5分の1とはいえ、1人も当たらないとか……くじ運無さ過ぎだよね。
「なんでしょう?」
「コレ。乾燥させて焼けば食べられるのですよね? どうすれば良いのですか?」
そう言うと、タール長官は魔法鞄からステンレスのバットを取り出した。
高さ15センチ、横45縦30の大きさのバットに、青紫の何かがドンッと入っている。そう……青紫の何かだ。
「「……」」
莉奈とエギエディルス皇子は、ソレを見た途端に絶句した。
「……ヴィル……廃棄しなかったのかよ」
エギエディルス皇子は、口を押さえウンザリしている様な表情をしていた。食べられるらしいとは伝えたが、当然廃棄すると思っていのだ。
「食べられるのに? もったいない」
「もったいないとか……アホじゃねぇの?」
エギエディルス皇子は完全に呆れた。そんなモノをもったいないと言って、棄てないヤツがいるなんて想定外である。
【キャリオンクローラーの心臓】
1度乾燥させて焼くと、舌や身体がピリピリして珍味である。
……マジか。
コレ食べる気でいるのかよ。
まさかと思い【鑑定】して視て、そのまさかに莉奈はドン引きしていた。なんで取っておくのかな? タール長官~?
フェリクス王、廃棄しろって言ってたじゃん。
「リナ?」
「あの~……食べるんですか?」
「えぇ。だって食べられるのですよね?」
何か? とタール長官は、にこやかに微笑みを返してきた。
「「……」」
念のため、本気なのかなと訊いてみたら、まさかのその返答。莉奈はエギエディルス皇子と顔を見合わせ、さらにドン引きしていた。
食べようと考える強者、チャレンジャーがいるとは思わなかった。だってコレ、毒の芋虫の心臓だもの。
「このまま、自然乾燥ですか?」
皆がドン引きしているのもお構い無しに、タール長官はどうすれば口に出来るのか訊いてきた。
冗談とかではなく、本気で食べる気満々である。
「マジで食う気かよ」
エギエディルス皇子が、口を押さえタール長官を不審そうに見ていた。青紫のモノを食べようと思う人がいるとは。
ロックバードは魔物とはいえ、見た目は鳥だ。だから、食べる気にもなれた。だが、これは芋虫。あの姿を見ていても尚、よく食べようと思うなと感心さえする。
「だって、食べられるのでしょう?」
「「「……」」」
再び全員絶句である。食べられると【鑑定】で出たからといって、本気で食べる?
あ~そうか。こういう人が、ナマコとか初めに食べるのか……。
「リナ?」
理解に苦しむ莉奈が言葉を無くしていると、再びタール長官が声を掛けてきた。何がなんでも口にしたいらしい。
自分の【鑑定】を信用してくれるのは、ものスゴくありがたいが……う~ん。莉奈は唸っていた。
「スライスして……乾燥させた方が……食べやすいと思いますよ」
良く分からないけど、ビーフジャーキー的な感じ?
莉奈はタール長官の熱視線に諦めて、調理の仕方を教えた。自分で言いながら、頬がヒクヒクとひきつる。
だって、青紫のジャーキーだよ?……キモイ。青色系は、人が食べてイイものではないと思う。
「調理は苦手なので、お願いしてもよろしいでしょうか?」
タール長官は莉奈を見て、満面の笑みを浮かべて頼んだ。
初めてのモノなので自分では、調理のやり方がよく分からないからだ。ならば、料理が出来て食用と【鑑定】した莉奈に頼むのが1番であると、思った様だ。
……はぁっ?……全っ然よろしくないよ!?
青紫のキモイ心臓を、私が調理するんですか!?
「リナ。お願いします」
「……」
「お願いします!」
「……」
「お願いします!!」
タール長官はドン引きしまくっている莉奈に、手を合わせ深々と何度も頭を下げた。そこまでして、コレを食べたいらしい。どうかしている。
「……分かり……ましたよ」
分かりたくはないけど!!
頭まで下げられて、さすがにノーとは言えない莉奈は、ため息を吐きながら頷いた。もう、どうとでもなれである。
「ありがとうございます!!」
タール長官は余程嬉しいのか、莉奈の手を握り感謝してきた。
タール長官がゲテモノ好きなんて、顔からは全然想像出来なかった。ゲオルグ師団長なら、納得するのに……。
「なら……タールさん、これ。ほんのり凍らせてもらえます?」
覚悟を決めた莉奈は、タール長官に調理しやすい様に加工して貰う事にした。ガチガチに凍らせるのではなく、生と冷凍の中間くらい。
「ほんのり……カチコチではない感じでしょうか?」
なんとなく理解は出来たのか、首を傾げながら訊いてきた。
「そうですね。半解凍くらい?」
「それは構いませんが。凍らせる理由をお訊きしても?」
「スライスするのに、少しだけ凍らせた方が薄く切れるので」
生のままでは、グニグニして切りづらいから凍らせた方が良い。しゃぶしゃぶ用までは薄くはしないけど、乾燥させるにしてもその方が良いハズ。
「なるほど。では……」
タール長官はそう言って、手を翳すと白い霧みたいなものが青紫の心臓の廻りにモヤリとかかった。その瞬間ゆっくりと、キャリオンクローラーの心臓が凍っていった。
「このくらいでいかがでしょうか?」
「……イイ……んじゃないですか?」
何が正解か、もはや良くわからなくなっていた莉奈は、ヒクつく頬を抑えていた。いや~っ。やっぱり……コレ調理したくない!!
人間の心臓とは違うけど、血を送るのは同じなのか太い管、いわゆる血管が見える。青筋だよ青筋!!
肉の塊というより、臓器そのモノの姿形をしているのだ。
キモイきもいキモイきもいキモイ!!
触りたくもない……と、鳥肌が立っていた。
「んじゃ、エド。コレ鞄に入れといて」
「自分の鞄に入れろや!!」
莉奈が当然の様にバットを自分の前に滑らせてきたので、エギエディルス皇子は激しくツッこんだ。莉奈も魔法鞄があるのだから、自分の鞄に入れろと。何故コッチによこすのだ。
「え~っ」
「え~じゃねぇ」
「満杯っていうか~」
「うそをつくんじゃねぇ!!」
「キャリオンちゃんをここに持って来たのエドじゃん」
「芋虫に "ちゃん" なんか付けてんじゃねぇよ!!」
ブツブツとイヤそうに文句を垂らす莉奈に、エギエディルス皇子は青紫色の心臓の入ったバットを押し返した。頼まれたのは莉奈だし、承諾したのも莉奈だ。責任を持て。
2人が押し問答みたいなやり取りをしている中、タール長官は「どんな味がするのでしょうね?」と楽しそうにニッコリと微笑んでるのであった。




