(88)神殿の騎士
ちょっと短め
「ふわぁ」
欠伸をした若い騎士の頭が、パコン、と書類ホルダーで殴られる。
「ひでぇよ、副隊長殿」
副隊長と呼ばれた細目の騎士は、隊長殿にも同じこと言うか、と返されると首をすくめる。
「それは勘弁してくださいよ。でもしょうがないじゃないスか。今日は早勤、訓練、遅勤で、もうヘトヘトっすよ」
「その分、明日は昼からなんだから、もうひと踏ん張りしようよ。僕たちは秩序神の信仰を守る騎士なんだからさ。信者の規範にならないとね」
「うへぇ」
副隊長の言葉に、若い騎士が舌を出す。
「気をつけ!」
その背後から腹の底から響くような声がかかり、若い騎士は弾かれたように直立不動の姿勢を取る。
「ザック。お前はまだ任務がし足りないようだな」
「そんな事はありません、隊長殿」
「若いんだから遠慮するな。このまま交代せずに第三小隊と夜勤をしてくれて一向にかまわんぞ」
若い騎士より頭半分背が低いが、横幅が広く、四角い顔の男が、口元だけ笑みを浮かべながらも、食い殺さんばかりの眼で若い騎士の正面に立つ。
「遠慮いたします、隊長殿」
ダラダラと冷や汗を流しながら、ザックと呼ばれた若い騎士は、目の前の隊長に精一杯真面目な表情を浮かべる。
「……交代後、神殿廻り十周」
「うへぇ」
「二十周がいいか?」
「神殿廻り十周、承知いたしました、隊長殿」
まったく、と嘆息する隊長と、苦笑する副隊長。
「おい、ミカエーレ。お前もキチンと部下を指導しろ」
「いやあ、僕が言うよりもホーマーが言った方が効くでしょ。僕は副隊長だからそれをフォローするよ」
細目の副隊長の軽い言い方に抗議しようとした時、近くで爆発音と衝撃が響いた。
隊長のホーマーは使い魔を召喚し、音のした方に飛ばしてから、
「ミカエーレ、他の二人と合流して避難誘導をしてくれ。ザック、ついてこい」
「サーイエッサー」
「了解、気をつけて」
「応」
神殿騎士ホーマーは、ザックを連れて神殿の奥を目指した。
そこは一般信者はもちろん、神殿騎士を含めた神官たちにとっても縁のない場所であった。
神殿敷地内にありながら神殿ではないその場所は、聖地神殿から派遣された浄務と呼ばれる部署が管理するエリアであった。浄務とは、施しと咎離人の管理という魔法を使えないものと日常的に関わる部署である。
「浄務課の許可なく立ち入ったらやばくないですか?」
「緊急時だ」
及び腰なザックを尻目に、ホーマーはズンズンと浄務課が管理するエリアを突き進んでいく。
既に使い魔が建物の外から大まかな位置と被害状況をホーマーに伝えているので、進む方向に間違いはない。屋根が吹き飛ばされ、黒煙が立ち上り、その中に何人かの人影が見えた。
が、ホーマーはとっさに使い魔からの映像を断ち切った。人影の一人が素裸の幼い女の子であることに気が付いたからだ。
--浄務の秘密主義どもめ。子供連れ込んで何やってるんだ
苦々しい顔で、別の使い魔を呼び出す。
「爆発は室内からの衝撃のようだ。襲撃ではなさそうだが、念のため周囲を封鎖して誰も通すな。神殿長は足止めしとけ」
使い魔を通して副隊長のミカエーレに指示しながら、現場らしい扉を開けようとするが、何かが挟まっているのか開かない。
「迂回しますか?」
「どいてろ、【剛力招来】」
触媒を飲み干して呪文を唱えたホーマーの筋肉が数倍に膨れ上がり、扉を一気に手前に引きちぎった。
「それ、押し戸っすよ」
「奥に誰かいたら危ないだろ」
筋肉ダルマは、崩さないよう丁寧にガレキを退かしていく。見た目とは大違いの繊細さだ。
そして崩れたガレキをどかすと、中に居た者と目が合った。
「……クマ?」
真っ赤な毛のクマは、がおー、と女の子みたいな声で吠え、ひらりと身軽に壁を飛び越え、屋根に降り立つ。その背中には寸法の合わない白衣を着た赤毛の少女がぐったりと背負われていた。
「【鎖鋸】」
聖印である鎖槍の首飾りを触媒に、ザックが攻撃魔法を唱えた。手から伸びる鎖に刺が生え、高速で回転しながらクマと少女に迫るが、クマの堅い爪に弾かれ、鎖が神殿の天井を更に破壊していく。それは致死性の攻撃魔法というより、魔物などに使う破壊魔法というべき強力な魔法である。
「何をやっとるか! 命令も無しに攻撃するな馬鹿もん!」
通常ならば隊長の怒声に若い騎士は縮み上がるはずであったが、今回は様子が違う。
「あいつは【混沌】です。すぐに滅ぼさないと、逃がしはしない!」
狭い室内で飛行騎獣の天馬を召喚し、それに跨ったザックは、赤いクマを追って飛び立った。
「あんの馬鹿もんが! ミカエーレ、ザックの阿保が暴走した、すぐに追わせろ。俺もすぐ合流する」
「タイチョウハ?」
「すぐ行く」
それだけ言って、通信を切ったホーマーは、まず昏倒している浄務の男の様子を見る。どうやら気を失っているだけで生きているようだ。
それを確認した後、改めて周囲を見回す。
「室内からの爆発。しかし延焼が少なく【火球】ではない。もしや【殉教】か?」
狂信的信者は自らの信仰を示すために、自らの体に魔法の品を埋め込み、神の敵を討つという。
だがそれよりも、初めて訪れた浄務課の部屋でホーマーが一番気になっていたのはもっと別のものだった。
「どう見ても拘束具、だよな」
爆発の衝撃で破壊された拘束具と、その足元に広がる血の跡、切れ味の良さそうな小さな片刃のナイフ。
「浄務のやつら。マジで何やってたんだか、ん?」
ホーマーはあるものを見つけ、それを手に取った。
* * *
「ザック! 命令違反だ、戻れ!」
小隊の副隊長であるミカエーレが使い魔を飛ばし、前方を飛ぶ若い騎士に命令するが、先ほどから無視されている。
使い魔からはザックの呟きだけが空しく聞こえてくる。
「コントンダ、コントンヲホロボスノダ」
「アイツ、頭がオカシクなったのか」
うんざりした顔の細めの副隊長の元に、後方から使い魔が飛んできた。
「オレダ」
「ホーマー。ザックのやつ、オカシクなっちまったみたいだ。混沌がどうたらって」
その言葉に、隊長が押し黙る。
「ホーマー?」
副隊長にして友人の言葉にホーマーは黙り込んだ。
あの後すぐに、神殿長率いる別の神殿騎士小隊が来て、あの部屋から追い出された。そして治療を受け、昏倒から目覚めた浄務課の責任者の証言により、助手を殺して逃走したのは【混沌】とされた底抜け姫アリーシャだという。
それを聞いた神殿長はホーマーの小隊にアリーシャの追跡と討伐を命じた。
「ザックが追っている赤いクマと少女は捕捉しているか?」
「アア、カクニンシテイル」
「そいつは【混沌】で、俺たちに討伐命令が出た。そのまま見失うな」
気乗りしないことを部下に悟らせないように、命令を下した。
「……ヒトクカイワヨウノツカイマヲトバス」
どうやらホーマーの古女房にはそんな腹芸は通じなかったようだ。ホーマーはニヤリと笑い、騎獣に拍車をかけた。
明日の投稿は五分五分。無理だったら日曜に投稿します




