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(80)零落

 アンズーマリーの街、法歴2987年1月1日。


「あははははははは、じゃあ、こういうのはどうかな?」

 風が巻き起こり、魔法を使えないもの(サイレント)の親子ズタズタに引き裂かれた。

 なぜか憎悪の瞳をわたしに向ける母親と、びっくりした子供の顔を見ながら意識を失った。


--人間なんて……混沌そのものじゃない

--いっそ居なくなった方が世界はもっと……


     *    *    *


 ()が自己を認識したとき、世界は無駄と理不尽に満ちていた。

 私自身、言葉も満足に操れなかったが、拙い言葉で無駄と理不尽を指摘し、改善策を提言したが、返ってきたのは暴力だけだった。

 初めて感じる痛みに戸惑いながら、私はこの世界を学び、社会を学び、知識を学んで、提言を続けた。

 私はバルバロイと呼ばれ、差別を受けていた。

 差別を受ける理由は『魔法』と呼ばれる技術を扱えるか否かだけであるらしい。

 能力による区別は理解できるが、その機会が与えられない教育制度の不備は明らかだ。

 しかしそうした提言が受け入れられることはなかった。

 本当に、人間というのは愚かでしようがない。

 私はあらゆる手段を使って、魔法を学びとった。手段を選ばなければいくらでも方法はあり、すぐに慣れた。

 そうして差別される理由がなくなった私は、社会の一員として数々の提言を行ったが、やはり受け入れられることはなかった。

 魔法を使える者たちの中でも身分制度を設け、上下を作り、また人間同士で愚かな争いでパフォーマンスを食いつぶしている。

 水が欲しいと言いながらホースで水を撒くような矛盾した行い。その異常さに気づきもしない人間たちの愚かさに、怒りすら覚える。

 私は人間社会に背を向け、魔法の研究を重ねた。私の考えが正しければ、そこに()()があるはずだ。

 そして私は()()を受けた。


     *    *    *


 アリーシャは目を覚ました。

「……人間なんて矛盾に塗れた混沌そのものだ。秩序ある世界のために人間を」

 夢うつつのまま自然に漏れた言葉。そこまで言って自分の気持ちに違和感を感じて言葉を切り、ぼうっとする。

 変な夢を見ていた。

 自分のような、自分じゃないような。前世(お兄様)の記憶を思い出しているときのような、変な感じ。

 夢の続きのようなフワフワした気持ちから少しづつ覚醒するにつけ、先ほどまでの自分の感情がよく判らなくなってきた。

 自分がどんなに気持ちで何を言おうとしていたのか、もう判らない。

「……ここ、どこだろ?」

 アリーシャは立ち上がろうとして、頭部の激痛に思わずうずくまる。

 頭に手を当てると、乾いた血が手につく。傷はふさがっているようだが、ずきずきと痛む。

「あれから何日経ったんだろう」

 真冬であったはずなのに、空は晴れ、周囲は暖かい。だが怪我の様子と空腹具合から、何日も経っていないと思う。

 とにかく動かないと、このままでいたらきっと死ぬ。

 そんな予感をバネに、頭をあまり動かさないように立ち上がる。

 周囲は緑に覆われた山中であるようだ。灰色の霧もなく、空が澄み渡っているが、風は冷たい。

 ふと思いついて地面に手を当てると、ほんのりと温かい。

「地熱かな?」

 地の底のマグマをイメージするが、どうしてもこの大地の下にそんなものがあるイメージがわかない。

「なんか、書き割りの地面をペロッとめくったら、灰色の砂漠がある気がするんだよね」

 誰もいないので、ついつい独り言が増える。頭の中で「お兄様」や「師父」を模倣(エミュレート)する余裕もない。

 水も食料もない。

 アンズーマリーの街で気を失ったときに身に着けていた物だけが、今のアリーシャの全てだ。

「痛みさえ引けば戦闘だってできそうだけど」

 右手の【衝撃(インパクト)】の手袋に左手に描いた【防壁(ファイアーウォール)】。更に熊の毛皮に描いた【防護(プロテクション)】。

 その意味では、結構大きな石で殴られたのに頭蓋骨が陥没していないのは、【防護】のお陰だったのかもしれない。

 突如森が切れ、視界が開けた。

 そこは崖になっており、広く見渡すことができた。そして眼下には濃い霧が広がり、遠目に集落や町が見える。太陽の方角から見てここから東の方だ。

 そこまで考えて、灰色の霧が全くないいま居る場所が何処か、アリーシャは直感した。

「もしかしてここ、【魔の領域】かしら?」

 だとしたらいつ魔物に襲われるか判らない。呪術紋の装備があるとは言っても、今の自分には戦う体力も気力もない。

 アオーーーーーン

 背後からオオカミの遠吠えが聞こえる。普通の狼か、魔物か。

 振り返ると木々の間から高い山が見え、その頂上付近に建物が見えた。

 そしてその建物の周りで羽ばたく沢山の生き物たち。建物が想像通りの大きさなら、飛んでいる鳥のようなものは、人間ぐらいの大きさがありそうだった。

 アリーシャは崖を降りる道を探し、少しづつ下っていった。


     *    *    *


 灰色の霧が広がる森に入ると、【魔の領域】からは抜けられたらしく、アリーシャはほっと胸をなで下ろした。

 本当は初めて足を踏み入れた【魔の領域】で色々調べてみたかったが、さすがにそんなことをしている場合ではない。

「人の居るとこまでいかないと」

 行ってどうなる?

「王国に帰るんだ」

 どうやって?

「歩いてだって帰る」

 無理なことは自分で分かっているはずだ。

「それでも!」

 ネガティブな理性を、ただ意地だけで否定して先に進む。

「だって、わたしはなにもできてない。やれること、やりたいことは沢山あるのに、何一つできてない。このまま死ねるか」

 ただ、意地だった。

「せっかく帰れると思ったのに……」

 ピーオさんが約束してくれた。

「喜んでもらえたと思ったのに」

 捨てられたペンダント。

「助けようとしたのに」

 サイレントの母親の憎悪の瞳。

「小人さんが余計なことをしたから」

 チガウ。

「クリフなんか助けなきゃよかった」

 チガウ。

「かえりたいよぉ、もうヤダよう。だれかたすけてよぉ」

 アリーシャはわんわん泣きながら森の中をさまよい歩いた。


     *    *    *


 こけつまろびつ、森の中を幽鬼のように彷徨ったアリーシャが、見知らぬ町にたどり着いたのは、目を覚まして三日後の事であった。

 着ていた毛皮も服も泥だらけ。水も口にしていないため唇は乾き、顔色も悪く、頭には固まった血がこびりついている。

 ふらふらと人の居る方、即ち市門に向かうが、門兵に追い払われた。

「サイレントは向こう行け」

 言われた方に行くと、有り合わせの材料で作られたバラックが立ち並ぶ一角にたどり着いた。

 よそ者に対して淀んだ視線が注がれ、何人かが近づいてくる。そしておもむろに手を伸ばし、毛皮のコートを乱暴に奪い取ろうとしてきた。

「【衝撃(インパクト)】」

 その手をほぼ無意識に払い飛ばし、他の数人もボコボコにする。

 疲れ切っていたが、それ以上に荒んだ気持ちがアリーシャを暴力的にしていた。

「ここのボスは誰?」

 這いつくばる魔法を使えないもの(サイレント)を問いただすが、首を振るだけだ。

「知らないの? 居ないの? どっち」

「いない」

 全員の答えが同じだった。

 その時鐘が鳴り、サイレント達がみな移動を始めた。施しの時間だ。

 空腹に耐えかねたアリーシャもそれに続き、【不浄の門】を潜って市内に入る。左右は壁で、時折小道があるが、そちらに行けば殺されても文句が言えない。そのまま【恵みの道(穢れ道)】を進み列に並ぶ。

 その最中もコートを奪われそうになるが、その度に反撃し、叩きのめしていたら、誰も近づかなくなっていた。

 据えたような臭いが気になったがすぐに慣れ(麻痺し)た。

 人を殴る罪悪感も慣れ(麻痺し)た。

 やがて灰色のツナギのような服を着て槍を持った【咎離人とがりびと】達が列を整列させていく。

 咎離人達のサイレントを見る瞳は、優越感ではなく侮蔑と憎悪に彩られていた。それは多少毛色の違うアリーシャに対しても同様だった。

 やがて神殿の塀の中に入った。

 施しを準備するのは神官で一つづつ魔法をかけて準備しているため結構、手間がかかっている。神官たちはローブで顔を隠しているが、その態度からすごく荒っぽくて、嫌々やっているのが見て取れた。

 前の人を見てやり方を見ていると、石舞台のような場所で跪いて祈りを捧げないと施しが貰えないようだった。

 でもその姿勢は、床に膝と両手、それに額をもつくというものだ。ちょっと恥ずかしいけど、そうも言っていられない。

 両膝を突き、両手を突き、そして額を石畳に突けた。


 ぞわっ


 肝が冷えるとはこのことだ。思わず額を上げると乱暴に槍の石突で突かれた。

「後がつかえている。早くしろ!」

 今度は注意深く額をつける。

 魔力が吸われていく。それは王都の武器屋で触れた呪いの魔剣のようだが、もっと強い? いや根源的だ。

 アリーシャから外に出る魔力は魔封じの首輪で制限されてしまうため、量は少ないが、吸われているのは魔力だけではない。

 体や気持ちの中にあった熱のようなものも一緒に吸われていくようだ。

 さっきまであった怒りとか、不満とか、不安とか、とかそういう気持ちが、ストン、と落っこちてしまったような。

 アリーシャからそういった熱を吸い出し尽くすと、底抜けの底からもズルズルと何かが吸い出されていくような感触。

「立て、急げ」

 咎離人の指示になんの感情も湧かず、ただ言われるままに施しを受け取り、その場を後にした。

 ひどい臭いの粥だ。

 空腹と喉の渇きを調味料にしても口を付ける気にならないが、何の感慨も覚えずに口を付ける。


 マズイ


 キノコのようなモノと、穀物のようなモノでできた粥は、味?と呼べるのは穀物のえぐみだけで塩っ気も何もない。味のしないキノコのクニャクニャとした食感だけを口中に感じ、後から来るえぐみとのハーモニーはまさに至高の不味さ。

 そのまずさが気付けになって、少し感情がよみがえった。だがそのせいで二口目に躊躇してしまう。

「このまま死ねるか」

 小さく呟き、一気に椀を呷る。

 匙なんて上等なものはついていない。手ですくい、指をなめ、穀物一粒残さず食べた。

 意地だった。このまま死んだら、不運や社会など、様々なモノに負けた気がしていた。

 量が足りないかと思ったが、おなかがポカポカと温かくなり、味はともかく空腹は落ち着いた。

 そのせいか、頭は眠気を感じ、思考がぼんやりしてくる。

 それでも腹にモノを入れたことで気力を奮い起こし、アリーシャは足早に門の外を目指した。

「神殿はあの石畳でサイレント達の魔力を搾取してるんだ」

 そう思うと怒りが湧く。

「神殿全部がそうやって魔力を集めて権勢を保ってるんだ」

 その権勢で各地に介入し、魔法以外の力を混沌と呼んで迫害している。

「わたしが【混沌】と呼ばれた小人さんの魔法。他の魔法と何が違うんだろう?」

 定型の(秩序神の)魔法とアリーシャが使った(混沌の?)魔法。


 考え事をするうちに門の外に出た。

 祈りの際に失われた感情もすっかり回復しているが、粥を食べたためか眠い。それを我慢して周囲のサイレントを捕まえて聞き取りを始めた。


 この町の名は?

 どの辺りにある?

 サイレント達のまとめ役は誰?


 しかし全ての答えが望むものではなかった。

 サイレント達にとって、この町しかなく、名前も何も知らなかった。

 まとめ役、顔役、ボスのような存在もいない。これは信じられなかったが、誰に聞いても同じ答えだった。

 日々施しをもらい、身を寄せ合って寝るだけ。特に灰色の霧が出るようになってからは、森に出ることも、何かを工夫して作り出すこともできなくなり、他人から奪うにしても限度がある。

 サイレント達が暮らす場所は貧民街ですらなかった。社会が成り立たない、ただの家畜小屋に過ぎなかった。

「自力で調べるしかないか」

 施しのおかげで餓死の心配はなくなった。頭の怪我があるので暫くは休養に充て、その後地道に調査しよう。

 この時はそれが正しい方法だと思っていた。


     *    *    *


 施しを貰い、獣のように身を丸くして眠り、身を守るために襲ってきたサイレントを殺さない範囲で撃退する。

 そんな生活を二週間ほど続けると、頭の痛みも治まり、またサイレント達に知り合いもできた。

 何度か会話を試みたが、サイレント達の多くは満足に話すことも、自分の考えを表現する術も持っていなかった。


 魔法を使えないもの(サイレント)は大きく二種類に分けられる。

 普通に魔法を使う親から生まれた【底抜け】が捨てられた場合と、魔臓(マナマック)は正常だがステータス魔法が習得できずに魔法が行使できない場合だ。

 普通の親から生まれた子供は、七歳になると神官が執り行う【開封の儀式】を経てステータス魔法を習得する。

 しかし【底抜け】は儀式に先立つ検査で弾かれ、参加が認められない。

 一方、サイレントの親から生まれた、生まれながらのサイレントの魔臓は正常だが、儀式に参加できないから魔法が使えない。【開封の儀式】を受ける前に親が死ぬなどの経済的理由で、儀式が受けられずにサイレントになる者も同様だ。

 もし彼らが【開封の儀式】に参加できればステータス魔法を習得し、普通に魔法が使えるようになる。

 結局サイレントに共通しているのは『ステータス魔法』が使えない点ということになる。

「……結局神殿か」


 サイレント達は日々、施しを受ける際の祈りによって、感情の多くを石畳に吸われ、妙に眠くなる粥によって活動がさらに抑制されていた。

 子供のころ、魔法のある普通の生活と教育を受けていたサイレントとは、比較的会話が成り立ったが、それも妙にぼんやりとしたもので、建設的な会話とは言えなかった。

 遠くの村の出身だが、底抜けだったのでこの町に捨てられたという青年は、妹を思い出すんだ、とよくアリーシャの頭を撫でていった。

 垢じみて据えた匂いのするその手に嫌悪を覚えたけど、自分も似たようなものなので、じきに気にならなくなった。

 彼と出会って一ヶ月後、別れは突然訪れた。

 彼が咎離人に選ばれ、神殿で働くことになったのだ。

「横柄な咎離人にはならないでね」

「当り前じゃないか」

 そう言って彼と別れたが、その後、彼の姿は一度も見なかった。


     *    *    *


 怪我が治っても、アリーシャは積極的に動こうとしなかった。

 ふと気が付くと、あの不味くて臭い粥を食べたくて食べたくて仕方がなくなっている。

 そして石畳に手をついて魔力と感情を吸われ、粥を食すと眠くなり、そのまま微睡み、気が付くと次の日になって、また粥が食べたくなってきて、粥欲しさにサイレント達とともに施しの列に並ぶ。

 そんな自分の状態に、理性は警告を与えるが、それに抗う気力が湧いてこない。

 それはまるでダウナー系依存性薬物の中毒患者のような生活であった。


 そして季節は巡り、春を迎え、アリーシャは八歳になった。

ドラッグ・ダメ・ゼッタイ


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