(81)魔臓
アリーシャが名も知らぬ町で神殿の施しで命をつなぎ、妄想だけを楽しみに、ただ生きているだけの生活をして二ケ月余り。季節は春を迎えようとしていた。
魔法を使えないものの貧民街の近くに、騎獣に乗った者たちがやってきた。
テキパキとインベントリから衣服や建材などの物資を取り出し積んでいく。
その周囲にサイレント達がやってくるが、武器や使い魔で近づかせないように威嚇して、一方に集める。
「なんだろ」
施しを得て、一番眠い時間だが、いつもと違う事態にアリーシャも見物に立ち寄った。
「おまえもきた」
「うん、きた。あれ、なに」
顔見知りのおばさんの拙い挨拶に、アリーシャも返す。
「ものくれる」
サイレントを救うとか言ってるボランティア団体かしら。以前サイレントの廃村で会ったお姉さんを思い出して、彼らが少し心配になる。
そうこうする内に準備が終わったのか、踏み台に乗った女性が、サイレント達に声をかけてくる。
「みなさん、元気ですか~」
返事がない。
「ん~? 元気がないですねぇ。私が元気ですか~、と聞いたら元気で~す、と答えてくださいね。いいですか、いきますよ。みなさん、元気ですか~」
やっぱり返事がない。みんな施しをもらってダウナー状態だからね。ここに集まっただけでも大したもんだ。
そんな風に感じながら、真面目なんだか不真面目なんだかわからない連中に興味がそそられ、一番前に進んで、体育座りで見物することにした。
その間も、反応が無いのにめげずに女性が一人で勝手に話を進めていく。ドサ回りの売れないアイドルみたいで応援したくなってくる。
「私たちがだれか、皆さんもう知ってますよね?」
返事も反応もない。みな貰えるものにしか興味がないのだろう。
「そう、正解です」
誰も答えていないのに、そう言って話を進める女性。きっと鋼の心臓を持っているのだろう。
「私たちは毎度おなじみ【混沌教団】です」
「ぶっ」
思わず吹き出してしまい、こっちを見た女性と目が合う。反応があったことが嬉しそうだ。
「皆さん! この世界に危機が迫っています。なんだか判りますか? はい、そこのクマの毛皮の子」
と、お姉さんがアリーシャを指名してくる。
「し、知らないし」
アリーシャはそっぽを向くが、お姉さんは動じず、度々アリーシャに話しを振ってイベント進行に巻き込んでいった。
それに、お姉さんの話す世界の危機の内容に興味も出てきたのだ。
「いいですか、皆さん、サイレントが幸せになれなければ、この世界は後十三年で滅んじゃいます。そうならないためにも、皆さん、ハッピー、ハッピー。がんばって幸せになりましょー!」
「つかれたぁ」
女性のトークイベントは三十分ほど続き、彼らの活動の趣旨を説明し、それに同意してくれる人にだけ物資を渡すとのことだったが、サイレント達には馬耳東風だろうな。
物資、衣服や板やテント生地などを貰って帰るサイレント達。考えてみれば衣食住の食は施しがあるにしても、それ以外は入手できないもんね。
「ありがとうね。あなたのおかげでイベントが盛り上がったわ」
「盛り上がった?」
女性とアリーシャ以外誰もしゃべらないトークショーを盛り上がったと表現できる女性の感性が心配である。
「あなたの分よ」
そう言ってテント生地や服を差し出してきた。
「……あなたたちの活動にまだ同意してないよ。貰っていいの?」
「それは、まあ、建前みたいなものだから」
「五千年で、あと十三年で世界が終わるって本当?」
「そのとーり!」
油で撫で付けたオールバックにドジョウの様な髭、白いシャツにサスペンダーの男が、テンション高く会話に乱入してきた。
「世界五千年説。多くの時代、複数の独立した資料において多くの人が夢で世界創世の光景を目撃し、そこで世界が五千年で終わると記述しているのです」
『世界の期限は5000年。待っているぞ』
雷鳴のような哄笑と少女の声。あれを見た人がほかにもいたんだ。
「秩序が支配する理想郷に帰れるなら、願ってもないことじゃない。もっとも人間なんて混沌存在が、そこで暮らしていけるのか疑問だけど」
皮肉気な子供の言葉に、ドジョウ髭がしたり顔で頷く。
「ええ、ええ。そのとーりです。俗人である私は今の世界で十分です。がんじがらめの神殿法が支配する世界なんかで生きたくありません。だから、秩序神の邪魔をしているのです。私たちがこの世界を守っているのです」
「これが秩序神の邪魔になるの?」
「はい、もちろんです」
と、言うと男は朗々と語る。
--秩序神の恩恵無き者、魔法を使えぬもの、其れ即ち【混沌】に呪われし者なり
--【混沌】の言葉に耳を貸すものもまた【混沌】となる。故に【混沌】に呪われたものは声を出してはならぬ
--しかし呪われたものもまた、【混沌】の被害者である。声を出さぬ限り、生は保障しよう
「これはかつてこの地にバルバロイというサイレントの国があり、混沌に飲まれて【魔の領域】と化した際に、当時の大神官が語った警告の言葉です。サイレントは混沌に呪われた者であり、静かでなければならない。故に私たちはサイレント達の言葉を引き出す活動をしているのです」
「人が獣に、魔物に変じてしまった国」
「ご存知でしたか! あなたは他のサイレントと違い、言葉に知性がある。大神官はこうも言っています。『魔法は秩序神の恩恵であり、神の国に帰るための力。【混沌】のために使ってはならぬ』と。だから我らはあなた方のために魔法の力を使う。ここ、南西地方はバルバロイ国があった故にサイレントが集えば【魔の領域】と化すことを肌で感じ、より一層サイレントを迫害する一方、何処よりも【混沌】の力が強い。町の外を覆う混沌の霧が何よりの証拠。五千年を迎えた際には、ここ南西地方だけが残ることになるでしょう。そうそう、ところで、あなた、お名前は?」
徐にドジョウ髭がアリーシャに問いかけてきた。警戒して、リー、と答える。
「リーさんですか。アリーシャではないのですね?」
「どうして?」
いきなり本名を言い当てられて少し焦るが、施しによるダウナーのおかげで反応が鈍化していて幸いだった。
「クマの毛皮、赤毛を黒く染めたおさげの女の子。アンズーマリーに出没したという混沌姫アリーシャ。まあ、西方王国は底抜け姫アリーシャは死んだと発表していますから、混沌姫がアリーシャとは限りませんね」
「死んだ……底抜け姫が……死んだ」
混沌姫などと呼ばれていることや、故国に見捨てられたショックで呆然となるが、男は構わずにしゃべり続ける。
「西方王国は現状最も秩序神の力が強い地方です。あ、聖地は除きますよ。統一され戦乱がなくなり、王の秩序が行きわたっていて混沌の霧がない。聖地神殿が王を聖人認定するなんて噂もあります。それは良いのですが、西方地方が秩序が支配する神の国に帰るのは勝手ですが、隣接するこちらまで影響を受けるのは困る。でもその国の姫が【混沌】認定されるというのは皮肉なものですね、そう思いませんか?」
にこやかに語るドジョウ髭の表情が、憎たらしかった。
ドジョウ髭の男とトークショーの女性からこの町の名前と場所を教えてもらった。
町の名はクリューク。かつてバルバロイ国と呼ばれた広大な【魔の領域】『ケダモノたちの国』に隣接している。魔の領域を挟んだ反対側にアンズーマリーの街があるという位置関係だ。
彼らによると混沌姫は蚊の魔物に守られ飛び立ったという。
「蚊の魔物……ですか」
「そうそう。なんでも混沌姫の口から蚊が飛び出して魔物になったんですって。気持ち悪いねぇ」
と、悪気なく言う女性に、アリーシャは自分のお腹をさすりながら、そうですね、と短く応じて別れた。
* * *
蚊の魔物がデボラ、いや【悪夢の淑女】なのは間違いないだろいう。助けてくれたのか、余計厄介な状況に突き落としてくれたのかは分からない。確かめようにも呼び掛けても出てこないので、無視することにした。
混沌教団(自称)と出会った一週間後、施しの際に神官から声をかけられた。
混沌として指名手配されているので、一瞬逃げようかとも思ったが、逃げても行くとこなどないし、そもそもその元気もない。
施しの祈りと粥によって感情が平坦になり、逃げる気力が沸いてこなかった。
「そう、お前だ。お前を神殿で雇う。来なさい」
まさか咎離人に選ばれるとは。知り合いの青年に会えるかもしれないし、咎離人の生活に興味もあった。
黒縁眼鏡をかけた青年神官に誘われ、何度か【清潔】の魔法をかけられた後、神殿の中に足を踏み入れた。
王都で神殿に足を踏み入れたことはあるがそれはあくまで礼拝堂や応接室などの表側だけであった。
連れられていく間、何人かの咎離人を見かけるが、神官は一人も見ない。隔離された神殿の裏側なのだろう。石畳による魔力の吸引システムもきっとこの裏側で管理されていると予想していた。
咎離人になった後姿を見ていない顔見知りの青年の姿がいないかキョロキョロするが見かけない。そうやって何人もの咎離人を見ていると、ある事に気が付いた。
「似てる」
「なんだ?」
「いえ、」
思わず口に出てしかった。
見かける咎離人の表情がみな同じであった。
施しによって気力を削がれたサイレントがみな、どんよりと濁った眼をしているように、咎離人たちはみな妙にギラギラとした目で攻撃的な表情をしていた。
まるでサイレントがダウナー系の薬物中毒者ならば、咎離人はアッパー系の薬物中毒者みたいだ。
そこまで考えて、それは正解かもしれないと感じた。
施しの食事と石畳による魔力の搾取は意図されたものだ。咎離人に対しても依存性のある食事を与え続けなければならない。
ある部屋に連れてこられた。待合室のような小部屋だ。
そこで再度魔法をかけられた。警戒感がわずかに浮かんだが、抗うという選択をする気力もなく、迷っている間に魔法は完成した。
黒縁眼鏡の青年神官の生暖かい魔力が脳に侵入してくる。
それは【審議】の魔法や『応援の剣』の応援の効果。人の精神に影響を与える魔力だろう。
魔力の障壁で防ぐべきだろうが、心の体力が尽きている今のアリーシャにはそれは無理な注文であった。
生暖かい魔力が脳を満たし、神官に反抗する気持ちがなくなっていく。
「こい」
神官は小部屋の奥の扉を開ける。誘われて入った部屋はまるで手術室であった。
白を基調にした部屋で、清潔感があるが、そこで行われているのは地獄のような光景であった。
奇妙な拘束具で拘束されたサイレントらしい壮年の男が、解剖されていた。目を見開き目玉は零れ落ちんがばかり。猿ぐつわからうーうーと意味をなさない音が漏れ、あらわになった臓器が脈動している。
彼は生きたまま腑分けされていた。
悲鳴を上げたかったが、アリーシャの体は彼女の言うことを聞かない。
施術者はヘソのあたりを切り開き、慎重に小さな臓器を取り出した。
ピンポン玉ぐらいの大きさでぴくぴくと動く、灰色の肉の塊で表面に鳥の羽のようなものが見て取れる。
アリーシャの知識にない臓器だった。
施術者が生贄の短刀を取り出し、肉の塊を突き刺すと羽根を広げ、うぉぉぉぉぉん、という叫びをあげた後、痙攣が止まり、肉の塊が消え、代わりにドロップアイテムを残した。魔力結晶であった。
「ふむ。Bランクか」
施術者が魔力結晶を品定めして、何事かメモしてから付箋を取り付けてしまう。一方、黒縁眼鏡は手慣れた様子で生きながら腑分けされた臓器を片付け、まだ生きている男の心臓に生贄の短刀を突き刺すと、ビクン、と痙攣した後、男は息絶え、その死体も消えた。ドロップアイテムは無い。
--あれ、もしかして魔臓? だとすると魔臓は人の臓器じゃなくて、別の生き物? 人に寄生している?
「そこに乗れ」
片付けの終わった黒縁眼鏡の命令で、血によごれた拘束具が示される。
体は言うことを聞かず、命令に従い拘束具に近づく。
--たすけて、たすけて、たすけて
毛皮も服も脱がされ、拘束具を止めやすい姿勢を自らとる。手首が拘束された。
--死にたくない、死にたくない
足首が拘束され、施術者がのぞき込む。
「ふむ、これが【混沌姫】アリーシャか。奮ったという【混沌】の力には興味はあるが、下手につついて【混沌】の力が暴走しても困る。さてお前の魔臓、神の恩恵はどんなドロップを出すのか楽しみだ」
表面上は全く動じず、心の奥底で恐怖に震えながらアリーシャは施術者と背後に立つ助手の黒縁眼鏡を凝視した。
顔立ちが全然違うのに、全く同じ表情をしていた。
「「では、始めようか」」
二人の声が唱和し、アリーシャの気は遠くなっていった。
* * *
施術者と助手の声に呼応して、アリーシャの口から大量の蚊が飛び出してきた。
「「守護の魔物のお出ましか。しかし手品もネタが割れれば興ざめなだけよ」」
部屋の四隅に設置された【魔物除け】の結界が働くと、蚊は部屋の中央に集められていく。
「「外部から魔物の侵入を防ぐ結界を逆転させ、魔物を封印する。単純な魔法の応用よ」」
施術者は蚊の魔物を無視してアリーシャに近づき、助手は予断無く封印された魔物を見張る。
「混沌姫、アリーシャを捉えました。これから処理を行います。はい、はい。承知しました。記録を残します」
魔法も唱えずに虚空に向かって話していた施術者が、映像記録用の魔法の品の準備を始めた。
* * *
アリーシャの心は逃げ出していた。
かつて、自分の魔臓を自分で抜いてしまい、痛みに耐えかねた時のように、魔臓の底のその向こう側に。
彼女は諦め、逃げ出し、痛みや恐怖と向き合うことを避けた。
底抜けの底の向こう側は、行くと帰ってこれないような恐怖を感じていたため、これまで避けてきたが、今は帰れなくてもいい。いま自分の体に帰ることは恐怖でしかない。
そんな逃げ出した先、時の流れのないその場所で、彼女は思いがけぬ再会を果たした。
「やあ、ひさしぶりだね、アリーシャ」
お兄様と。
次回投稿は次の金曜日の予定
2022.5.28描写を少し追記




