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(78)主役とモブの狭間~王城狂想曲

 法歴4986年春。王城に賊が侵入し王国の宝を奪って逃げるという事件が発生したが、その宝が具体的にどんなものかは伏せられていた。

 一方、グリゴリ王の第三姫アリーシャが病に臥せ、田舎で療養すると発表があった。

 真実の秩序新聞社は小さくその記事を載せ、両翼の魔法新聞社は誘拐説を掲載したが、翌日には誤りだったとの訂正記事を載せていた。

 しかしそんなことを吹き飛ばすニュースが王都を沸かせていた。


 西方地方統一。


 南西地方の援護を受けた西方の豪族たちは全て降伏または敗退し、グリゴリ王の名の元に西方は一つの国となった。

 また南西地方の豪族達とは五年間の相互不可侵の約定を結び、西方の戦争は終結した。

 豪族の娘ブリージダに求婚するため、冒険者グリゴリの国盗りから始まった戦争は終わり、幸福な結末(ハッピーエンド)を迎えるはずであった。


     *    *    *


 王の凱旋は多くの民に祝福され、春に相応しく花の魔法が舞い踊り、人々は長い(戦争)が終わったことを全身で喜び、祝っていた。

 そして凱旋の先頭に立つのは、騎竜に跨った金髪の偉丈夫。

 肩辺りまで大きく広がる金髪に獅子のような髭、若々しい碧眼で民の声援に応える男。

「おうさま~」

 ひと際甲高い子供の声が響くと、応、とその子供に向けて手を挙げるなど、気さくな一面も見せる。

 戦場では勝ちも負けもあるが、自軍の被害の少なさが特に際立つ用兵から、家族を戦地に送り出す家族の信が厚い。

 征服者であり、強引な独裁者であるが、公正であろうと努める姿勢が、既得権益を持つ旧来の豪族達からは危険視され、身分の低い者たちに希望を与えていた。

 征服王グリゴリ。数えで四十一歳となる男が王城に帰ってきた。


 王を出迎えるのはいつものメンバー。王妃ブリージダと二人の娘、それに留守を預かる文長バルトローメス翁と騎士大隊長シュラノ・アルトゥール。

 王はまず妻を抱きしめ、その耳に何事かささやく。

 表情に陰りのあった王妃はわずかに顔を綻ばせた後、公人としての仮面を被って王から離れる。

 文長と大隊長に留守居の労をねぎらい、王はそのまま奥へ進む。

 王の傍らには王妃、更に重鎮たちに囲まれ、そこから少し離れたところを二人の娘が続く。

「……アリーシャの事をお願いしたかったのに」

 王の第二姫バルバラの呟きに、駄目と言ったでしょ、と第一姫ヴィルジーニアが(たしな)める。

「でも、病なんて……」

 誘拐ではなく病と発表されたことにバルバラは納得できずにいたが、これにはいくつかの事情がある。

 無論、彼女が誘拐されたことは、一部の者だけが知る事実であり、彼女の捜索もそのことを秘して行われている。

「誰が聞いてるか判らない場所でする話題じゃないわ。後でお話できる機会を作りますから、今は我慢しなさい」

「……はい」

 不服そうだが黙るバルバラの表情に、我慢するばかりだった妹の好ましい変化に感慨深いものを感じていた。


--アリーシャ。あの子が狙われることは判っていた。なのにわたくしは……


 自分の甘さが招いた事態にヴィルジーニアは淑女の笑みの裏で闘志を燃やしていた。


     *    *    *


 グリゴリ王が玉座に座し、すぐ脇に王妃が座り、それ以外の者は全て壁際に立ち、いよいよ王の言葉が述べられようという時に、謁見の間の扉が乱暴に開けられた。

 論功行賞を期待する騎士たち、なぜか呼ばれた文方(ふみかた)たち、今後の権勢を左右する王の言葉を聞き漏らすまいとする豪族たちの不愉快気な視線が扉に集中した。

「グリゴリ王に申し上げる」

 有力者らしい何人かと、服だけ着飾っているが薄汚れた男であった。

「ストーン! 呼ばれもせずに王の御前に出るなど痴れ者が!」

 男の正体に気が付いた豪族ウルケルの族長が叱咤する。

 王城のメイドのニナを長期間に渡って苛んだ罪で神殿法に基づく罰が確定したフランク・ストーンとウルケル族長の従妹にあたるパウラ・ウルケル。それにその事件に関わってニナを拷問し、アリーシャの手によって魔臓(マナマック)の底を抜かれて【底抜け】になったエドワード・ストーン並びに彼の支援者たちであった。

 因みにエドワードの妻はニナ死亡の話を聞いてすぐに、彼女の娘フェリシア(後見人は王妃)を誘拐しようとして投獄されていた。

「王の息女と呼ぶのも汚らわしいあの底抜けのせいで、わがストーン家は多大な被害を受けた。わ、私に魔法が使えない傷まで負わせたのだ。保障しろ、謝罪しろ、弁償しろ、元に戻せ」

 魔法が使えない傷、の下りでひそひそと囁きあう声が大きく広がる。

 曰く、要するに底抜けだろ、と。

 フランクとパオラはむしろニナが悪いとの従来の主張を繰り返し、自身の無罪または減刑を願い出た。

 またエドワードの支援者たちはストーン家はどうでもよくて、ただ底抜け姫の存在で刷新された文方の体制や文方と騎士団の連携などで何らかの不利益を被った者たちであり、それらも口々に底抜け姫の独断での専横を非難し、併せてそれを抑えきれなかった王妃の無能を責め立てた。

 王は公正な人物である。少なくとも公正であろうと()()()人物である。

 しかし同時に、ブリージダに一目惚れして彼女と結婚するために豪族となり、王となった人物だ。

 怒鳴りつけようと腹に力を入れたが、その左手にそっと暖かい手が添えられた。

 チラッと視線を向けると、落ち着いた表情の妻の姿が目に入った。

 グリゴリは腹の奥の怒りをぐっと飲みこみ、手を振るってクレーマーどもを黙らせる。

「グリエルモ、まとめろ」

 グリゴリの長年の友人にして腹心の執事長グリエルモ・セーバースに命ずる。セバスと呼ばないから真面目モードだ。

「はい。メイド三名が共謀して、後輩のメイド当時九歳を執拗に虐待。後に男友達三名もそれに加担。後輩メイドは昨年初め暇乞いを出しておりますが、これは妊娠が原因であることが判っています」

「そのメイドの生家は?」

「底無しだった愛人の娘であり生家の庇護は得られなかったようです。このメイドは赤ん坊のころにアリーシャ姫のお世話をしていたもので、その縁から姫がその事態を知り、六名に対して告発を行いました。するとそちらのエドワード・ストーン氏がメイドを誘拐し告発を取り下げさせようと拷問の上、堕胎の毒を飲ませましたが、姫の機転で赤ん坊は無事でした」

 昨年王都を賑わせた事件の概要は新聞や噂話、それと神殿での裁判の傍聴により広く流布していたが、改めて王の御前で正式な報告として聞くと、その非道さが再認識させられる。

「それで? その男が()()()になったのはどういう理由だ?」

 【底抜け】を強調した言い方にエドワードが激昂するが、さすがに周囲に抑えられる。

「その男が致死性魔法をアリーシャ姫に放ちました。おそらくその際に姫が反射的に行った反撃によると思われますが、姫自身の記憶も曖昧でよく判っていません」

「なるほどな」

 そう言って王はエドワード他の面々を睨み付けた。

「で? 曲がりなりにも魔法を使えるもの(キャスター)にして騎士の端くれである貴様が、たった六歳の魔法も使えない女の子を殺そうとし、反撃されて負けるような貴様が、一体俺に何を求めてるんだ?」

 その言い様にエドワードは狂ったように喚くが王の命で兵士に取り押さえられる。

「それと、年端も行かない女の子を集団で虐めて強姦するようなクズに、俺が温情を与えると思うこと自体、俺を馬鹿にしている。その六人は全員王都から追放しろ。罪を贖ってもだ。俺の眼についたら殺すと言っとけ」

 警護の兵士に引きずられるように連れ出されるエドワードたち。彼の支援者はどうしていいか判らずにいると王から声がかかる。

「まったく、外征から帰って早々にこれかよ。おい、アリーシャの専横だなんだと言ってたお前らはこのまま残れ、後でその話をする。まったく騎士どもが焦れてるぞ」

 そこで立ち上がった王が一同を見回す。

「おう、待たせたな。お待ちかね、論功行賞の時間だ」

 いぇーーい、と(主に若い)騎士たちが拳を振り上げ、先ほどまでの不機嫌な雰囲気を消し飛ばした。


     *    *    *


 その後、特に問題なく論考勲章が行われ、基本的にマナ貨などの財が与えられ、時々家名が与えられる。

 だが従来と違うことは、非番の者も含めて城の文方が全員集められていたことである。

「最後に、文方(ふみかた)諸君」

 まさか呼ばれると思っていなかったので、驚いて王座を見上げる。

「去年の終わり頃から補給や連絡が目に見えて良くなった。お前たちのお陰で敵地でも快適に冬を越せた。礼を言う」

 そう言って軽く頭を下げる王の姿に体を震わせる官仕までいる。

「さすがに個々人への褒美というわけにはいかんが、全員に寸志を与え、またこの後の戦勝祝賀会への参加を認める。騎士ども! お前たちの上の世話から下の世話までしてくれたお袋さん達だ、キチンとおもてなししろよ」

「ガッテンでさぁ」

 ノリのいい騎士の言葉が端緒となって、騎士と文方の距離が少し縮まる。

「恐れながら申し上げます」

 王の眼前に一人の老人が進み出て、膝を突いた。

「なんだ、バルトローメス。不服か?」

 王の定めた官位で最も上位と位置付けられているのは文長(ふみおさ)だ。文方の長であり国内の行政を司り、王の相談役でもある。

「王より頂きましたお褒めのお言葉に不服などございません。ただ、先ほどのお言葉、わたくしは辞退させてくださいませ」

「俺の、お前への感謝の気持ちが不服と申すか」

 面白がるような声音を混ぜて、グリゴリ王が返す。

「これまであった文方の不手際はわたくしめの責。しかし王よりお褒めいただいた功はアリーシャ姫様の御知恵によるものです」

 先ほどアリーシャの専横を非難していた者たちがいた。それは取りも直さずアリーシャの影響が文方内にあったという何よりの証左。そしてそれこそが王が認めた功であると文長は言っていた。

 まさか底抜けごときが、そもそも幼い子供ではないか、と囁きあう声。しかしそれらの声を圧するように文長の言葉が続く。

「恥ずかしながら、わたくしめも姫君を底抜けと侮っておりました。しかし姫君のお知恵こそが魔法の如し。不見識をお笑いください」

「ああ、分かった、分かった。辞退などと言って俺に恥をかかせるな。姫には別に褒美を準備する」

「それでしたら一つ提案がございます」

「……聞こう」

「病に臥せっておられますアリーシャ姫の治療に必要な予算をつけることをお許しくださいませ」

 これまで王の第三姫アリーシャに歳費はなかった。母親の部屋に間借りし、彼女自身の魔力による財で賄ってきた。

 だが、バルトローメスはアリーシャが本当はどういう状態であるかを知っている。その()()に必要な予算とはすなわち……

「……分かった。姫が再びこの王城で元気な姿を見せられる手立てを探そう」

「は、ありがたき幸せ」

「……バルトローメス。礼を言う」

 立ち上がったバルトローメス翁が、あ、そうそう、とくるりと王を振り返る。

「わしの孫が今年四歳でしてな。どうでしょう、姫の婚約者に」

「ダメだ」

 老人の提案を父親は即座に却下した。


     *    *    *


「お父様。病なんて嘘を言わずに全国に御触れを出してアリーシャを探してください!」

 二番目の娘の突然の言葉にグリゴリは面食らった。

 もっと生真面目だと思っていたから、そのストレートな物言いに意外だと言うと

「淑女らしくなくてごめんなさい、でも!」

「ああ、待て待て。ブリージダ、説明を頼む。俺からは言いにくい」

 王妃が二番目の娘を連れて席を外し、暫くして王妃だけが戻ってきた。

「バルバラは?」

「気分が悪いから休むそうです」

「まだ十二歳か。妹が辱められる可能性に思い至らなくても仕方がない。ショックだったろう」

 王や豪族の縁者の女性が男に誘拐された。それは真実がどうあれ辱められたと取られる。アリーシャの将来を案ずるからこその措置であった。

 また留守居の騎士たちは比較的底抜け姫に好意的な者も多かったが、戦地にいた者や各地の豪族の騎士、戦士たちは底抜けへの偏見を普通に持っている。真実を告げれば却って捜査に穴が出る懸念があった。

「例えそうであっても、一刻も早く助け出したいのが正直な気持ちです」

 家族とごく内輪の人間だけになり、公人の仮面を取った王妃は憔悴した表情で良人の肩にもたれ掛かる。

「それでお父様。地下の様子は如何でしたか?」

 両親の甘い雰囲気をおっとりした笑顔で切り裂く一番目の娘に父は苦笑する。心なしか母も顔をしかめていた。

「デボラ、いやこの魔の領域【西方王国王都】の(ラスボス)、【悪夢の淑女(レディオブナイトメア)】と面会してきた。彼女によるとアリーシャは生きている」


「殺しはせぬ。そなたとの約定だ。我も我が眷属も人は殺さぬ」

「だが、貴様は娘の誘拐を手引きした。その結果殺されたら、間接的に貴様が殺したことになるだろう」

「わかっておるわ。じゃから、ゆうたであろう。殺しはせぬ、と」


「どういうことかしら?」

 デボラめ、とブツブツ言う母を無視して、魔物の意図を考える娘。

「不本意ですが、ここはデボラを信じるしかありませんね。でも彼女の守りは命に関することだけでしょうから、どちらにしろ急がないと」

「そういうことだ」

 デボラの意図が判っている体の両親の会話にヴィルジーニアが疑問を挟む。

「王のおっしゃる『間接的な殺し』もデボラはしないと言っているのです。それは他の脅威からデボラがアリーシャを守るという意味でしょう。まったく魔物は所詮魔物ですね。言葉を解しても考え方が理解できませんわ」

 自分が理解できなかったデボラの意図をあっさり見破った母に、ヴィルジーニアは驚きを隠せなかった。はっきり言えば軽率で考えなしだと思っていた自分の母の評価を少し上方修正した。

 失礼な娘である。


     *    *    *


 犯人の黒衣の男は雇われたプロフェッショナルであろう。

 その逃亡の痕跡を追うと王都から東に飛んでいた。そこでアリーシャが身についていた荷物は全て捨てられ、そこから何処かへと飛んでいた。

 考えられるのは北か東か南。すなわち北方大森林か、聖地神殿方面か、南西地方方面だ。

 そこで役立ったのが、ニナの口内に残されていた肉片であった。

 犯人である黒衣の男の体の一部は、追跡に効力を発揮する。【隠蔽(コンシール)】が掛かっているため、大まかな方向しか判らなかったが、それでも南に飛び、南西地方に入ったことは間違いなかった。

 しかし当時はまだ戦時であり、南西地方への兵士の派遣は行えない。そこで冒険者の一行を護衛に雇った女神官ジョー・ミリガンが単身南西地方に向かった。

 彼女は呪術の特種神官免許を持つ呪術の専門家であり、対象の持ち物や体の一部を触媒にした魔法を数多く習得していた。

 賊は魔の領域を選んで飛んでいるらしく、反応は途切れがちであった。それでも賊とアリーシャが同じ方向に向かっているのは間違いなかった。

 しかし、アリーシャ誘拐から十日後、アリーシャの反応だけ途絶えてしまった。おそらく結界の張られた場所か魔の領域に幽閉されたと思われた。

 だが、先を急ぎ、調査を行っていたジョー一行は、運悪くその土地の豪族に目を付けられ、追われる羽目となってしまい、調査を断念して西方に帰還した。

 その後、戦争が終わり西方と南西地方は相互不可侵の約定を交わした。

 改めて『宝を盗んだ賊を追う』為に西方王国の追跡隊が南西地方に入った。しかし王国の侵略に向けた予備調査を疑う各地の豪族に妨害され、それが両者の関係を悪化させ、半年ほどで双方が国越えを制限する事態になってしまった。


 そしてアリーシャが誘拐されておよそ九ヶ月後。

 聖地神殿に南西地方の要衝アンズーマリーに巨大な混沌が現れるとの神託が下った。

 それが各地の神殿に通達されるのとほぼ同時に、アンズーマリーの街に底抜け姫アリーシャが現れ、混沌の力を奮ったとの報せが届いた。

 神託と相まってアンズーマリーの街の神殿がアリーシャを混沌と認定し、聖地神殿はそれに追認する形でアリーシャを混沌と定めた。

 報せを受けた西方王国はアリーシャが死んだとして発表し、事態の鎮静化を図った。

 アリーシャの姫としての地位は、国の安定のために切り捨てられたのだった。


     *    *    *


「と、反対派は思ってるだろうから、今のうちにアリーシャ姫を救い出すぞ」

 とある冒険者の一行は、一路アンズーマリーを目指していた。

次の投稿は週末の予定です

『主役とモブの狭間』をもう一話投稿して、その次からアリーシャ登場です


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