(77)主役とモブの狭間~王都血風録
些細なキッカケで部屋を飛び出したグリゴリ王の第三姫アリーシャが行方知れずになった。
使い魔は居場所を捉えられず、探知系魔法も反応しない。
その事から何者かに【隠蔽】をかけられた可能性が考えられ、誘拐が疑われたが、知らせを聞いて駆け付けたクロムウェル卿の子息セザール少年がそれを否定する。
「アリーシャにかけておいた探知系魔法、全ての反応が同時に消えた!」
その中には探知条件が限定的だが【隠蔽】も効かない魔法も含まれていたため、普通の状態でないことは間違いない。
因みにいくつ魔法を仕込んだのか質したところ、十七個の探知系魔法がアリーシャや彼女の持ち物に仕込まれているらしい。
「今は非常時ですからスルーしますが……」
アリーシャの使い魔ニナは、セザールを完全に要注意人物と認定していた。
追跡した使い魔が最後に撃退されたのは王城の地下であったため迷宮区に迷い込んだ可能性が考えられたが、その扉は固く閉ざされ、侵入した形跡はない。
王妃ブリージダはすぐに迷宮区を調査するよう命じたが、執事長グリエルモ・セーバースはできないと王妃に首を垂れた。
「そもそも迷宮区とは何なのです!」
王妃が激昂するのも無理はない。
迷宮の存在は一般には秘され、王妃ですら立ち入ったことがない領域。
かつて【魔の領域】だったこの西方王国の王城において、その名残りを強く残す空間に、幼子が迷い込んだかもしれないのだ。
だというのに捜索隊は出せない、では話にならない。
「捜索隊が出せない、と申しましたのは文字通りの意味です。迷宮区の扉は封印され、認められた者以外誰も立ち入れないのです」
「誰の許可が必要だというのですか」
その誰何に一瞬躊躇った後、執事は真実を告げる。
「迷宮区の管理者、魔の領域【悪夢の城】の主、【悪夢の淑女】……デボラ婦人です」
「ならばすぐにデボラ婦人を連れてきなさい」
デボラとブリージダの仲の悪さはよく知られている。その彼女の驚愕すべき正体を知らされた王妃だったが、そんなことは歯牙にもかけずに最短で適切な指示を出した。しかし、
「居ないのです。どこにも」
王妃は即座に攻撃魔法【羽矢】を封印の扉に放つが傷一つつかない。
王妃は淑女にあるまじき表情で、ぎりっ、と歯を鳴らした。
* * *
アリーシャが姿を消して八時間、辺りはすっかり暗くなったころ。
手がかりもなく、アリーシャを心配した面々が集まる一室で、セザールが突然立ち上がり、
「捉えた!」
セザールが喜色を浮かべて叫び、王城の裏手を指さした。
「あっちの方、あ、いくつか反応が消えた。【隠蔽】を掛けられた」
アリーシャ発見を喜んだ者たちも、その言葉に色を失う。
「あ、アリーシャに誰か男が触れた。おのれ、浮気か!」
【隠蔽】の魔法さえ無効化する【貞節】の魔法は、対象に異性が触れると反応する探知系魔法だ。
浮気も何もお前のじゃないだろう、と誰もが思うが今は緊急事態。少年のストーキング行為も見ない振りをされていた。
そんなストーキング少年の襟首をニナが掴み、そのまま窓から飛び出す。
「うわああああああああ」
窓の外は当然外だ。城の三階から飛び降り、地面までショートカットする。
「どっち!」
泡を吹いて失神しそうなセザールに魔力を流して活を入れ、再度質す。
「あっち、いや、消えた。一瞬であっちにいった」
「……瞬間移動」
ニナは、ひえええええええええ、と叫ぶセザールを持ったまま、示された方へと夜の街を走った。
* * *
この時アリーシャは【麻痺】の魔法をかけられ、ずた袋の中で身動き取れなかったが、彼女の魔力と意思は健在だった。
魔力を広げるフィールドを、自分を捉えた黒衣の男に気づかれないよう極限まで薄くして広げていた。
そして知り合い且つ戦えそうな人を見つけると、その体に魔力を巻き付け誘導しようとしていた。
アリーシャが捕らえられた下水道口は王城正面から見て左側に位置していた。そして裏手には騎士団の駐屯地。
黒衣の男が瞬間移動の呪文を唱え、消えた一瞬後にその場に騎士団の大隊長シュラノ・アルトゥールがレイピアを手に立っていた。
「【瞬間移動】とは珍しい。しかし、やっかいだな」
カイゼル髭をしごきながら、見まわし、下水道の奥にたたずむデボラ婦人と目が合う。
「先ほどの気配、アリーシャ姫だな。そなたの仕業か」
「殺しはせぬよ。殺しは」
闇よりも深い何も映さぬ瞳は、そのまま崩れ去り、蚊の大群は何処かに消えていった。
「ふむ、よもや噂通り、魔物であったとはな……む、姫の魔力。あちらか」
街の方角を見やった直後、アルトゥールの姿もまた、この場から消えた。
* * *
キィン
アルトゥールのレイピアを黒衣の男は手甲で弾いた。
「見事」
アリーシャを入れたズタ袋を持ち、更には背後からの神速の一撃を受けられたことに、シュラノ・アルトゥールは素直な賞賛を送った。
「【穿貫】か。やっかいだな」
建物の屋根から屋根へ移動していた黒衣の男は、期せずして相手と同じ感想を口にした。
その声音は感情を感じさせないが、内心では焦りを感じていた。
【穿貫】
それは刺突剣の武器魔法でも初歩的な魔法の一つである。
効果は瞬時に距離を詰めての刺突、ただそれだけだ。
術者の選択で刺突直後に元の位置に戻るか、その場に留まるかが選択できるため一撃離脱が可能で便利だが読まれやすいとも言え、またそれ以外は特に特筆すべき点もなく、威力も低い。
しかし魔法を使えるものになった当時七歳のシュラノ少年は、初めて覚えたその武器魔法を気に入り、ただそれだけを使い続けた。
2mほどの射程距離が100mを超えるほどに。
レイピアで岩をも穿つほどに。
呪文を必要としなくなるほどに。
発動の意思を示した時には発動し終わっているほどに。
シュラノ・アルトゥール。【穿貫】以外の魔法はほとんど使えないが、その魔法一つで戦場で鬼神と謳われた男。
【穿貫】
それはシュラノ・アルトゥールの魔法であり、彼の二つ名でもあった。
「秘技 三段突き!」
突いて戻り再度突く、と三回ほぼ同時発動した【穿貫】を黒衣の男は飛んで躱すが、【穿貫】の魔法は空中の目標でも関係なく刺し貫く。
空中で動きの取れない男に迫るレイピア。
「そう来ることは判っていた」
黒衣の男はレイピアを辛うじて避けつつ、唱えていた【毒霧】の魔法を発動させる。
毒霧に飛び込む形になったアルトゥールは、それで動けなくなるほどヤワではないが、視力を奪われてしまった。
空かさず魔力のフィールドを広げて、反撃に備えるが、黒衣の男は距離を取り、【瞬間移動】で姿を消した。
「おのれ、卑怯者! 尋常に立ち会え!」
アルトゥールの悔し気な咆哮が夜の街に響いた。
* * *
この王都は【魔の領域】であり、瞬間移動などの一部の魔法の効果が著しく制限される上、瞬間移動は魔力消費も激しい。
黒衣の男の魔力では後一回が限度だ。
【穿貫】から距離が取れたとはいえ、まだまだ油断できない。
ずた袋を抱えなおし、街の外を目指して走ろうとした矢先、はるか遠くにいる女と目が合った。人影のない深夜の街に不似合いなドレスの女だ。
と思った次の瞬間、猛烈な速度で女が迫ってきた。
「速い!」
【飛行】の魔法よりも遥かに速く地を駆け、屋根を駆けて迫る女の埒外の身体?能力に驚愕しながら、距離を取るように逃げる。しかし女は微妙にルートを変えながら街の内側に誘導するようにしてくる。それに乗せられないよう注意しながら外への進路を探る。
速さは向こうが速く、このままではすぐに捕捉されてしまう。
「なぜこちらの位置が知れる!」
焦りを感じつつも、このまま【瞬間移動】しても逃げ切れるとは思えない。
周囲に広げていたフィールドの感度を上げると、自分以外の魔力を捉えた。それは気づかれにくいように極限まで薄くされた魔力。
「そういうことか」
【麻痺】では手緩かった。自分の甘さを痛感しながら男は手刀一閃、ずた袋の中のアリーシャを気絶させると、薄い魔力のフィールドも消えうせた。
それを確認して【瞬間移動】を唱える。
背後にはもうすぐ手が届きそうな位置にドレスの女が迫る。なぜか満面の笑みを浮かべている。
女の攻撃魔法【魔法の矢】と予め唱えておいて待機状態にしていた【仕置きの鎖】、更には右手から手裏剣、左手から投網がわずかな時間差をつけて黒衣の男に襲い掛かる。
「南無三」
魔法で拘束されると【瞬間移動】は無効化される。鎖を最優先で弾き、他は無視して魔法に集中する。
ずた袋を持たない右手に投網が絡まり、動きを阻害し、攻撃で傷を負うが、【防護】のお陰で致命傷にはならない。
「テレ、」
背後から別の者が襲い掛かってきた。
「、ポート」
その何者かは、黒衣の男の魔法に巻き込まれ、一緒に姿を消した。
その場に残されたドレスの女は先ほどまでの満面の笑みを消し、不愉快そうに眉を顰めた。
* * *
街の外にほど近い街区。
そこに現れた黒衣の男とメイド服の少女。
その顔には呪術紋による文様が描かれ、彼女が普通のメイドではなく、呪術による契約に縛られた存在であることが判る。
飛礫を放ちながらずた袋に手を伸ばす迫る少女の動きは、先の二人と比べるべくもない。
「未熟」
次の瞬間、少女の四肢は砕かれ、男の足元に倒れ伏した。
苦戦したとはいえ、先ほどまでの戦闘は緊張感があり、男を高揚させていた。
仕事を優先するために逃げの一手であったが、僅かに惜しむ気持ちが男にはあった。
それ故に未熟にして無謀な少女の存在は男を苛立たせていた。
彼我の戦力差も判らぬ未熟者の四肢を砕いたのも、そんな苛立ちゆえであった。
しかしそんな苛立ちをすぐに反省し、仕事の完遂に意識を向けた。
その時、男の右足に激痛が走り、バランスを崩す。
--何が起きた?
男は自らの右足に噛みつくメイド少女の姿を認めた。少女は自らの歯が折れることも厭わず、男の右足首に喰い付き、その肉を喰い千切った。
「ぐぅ」
思わず漏れる苦悶の声。そして燃えるような少女の瞳。
「……見事」
男は少女に心からの称賛を送ってから、深手を負った右足を一閃させて、少女の首をへし折った。
* * *
ドレスの女マリアとカイゼル髭の紳士シュラノ・アルトゥール。
二人の足元に一人の少女の死体が横たわっていた。アリーシャの使い魔ニナの死体だ。
「年端もいかぬ少女に惨いことだ」
アルトゥールの言葉にマリアが首を振る。
そしてねじれてへし折れた首を正しい向きに直し、真っ赤に血で汚れた口をこじ開けた。
「おい」
アルトゥールの抗議にも耳を貸さず、マリアは口の中に手を突っ込み、何かを摘み出した。
「惨い? いいえ。この子はわたくし達二人が止められなかったあの男に一矢報いたのよ。その戦果に相応しい死にざまよ」
取り出した肉片をハンカチに包んでアルトゥールに渡す。
「取っといて。これを触媒に追跡できるから」
「心得た」
「この子ね、思い込みの激しい子なのよ。素直というか、流されやすいというか」
ニナの茶色の頭を撫でながらマリアがつぶやく。使い魔を通じて部下に男の捜索指示を出すアルトゥールは、聞くとはなしに聞いていた。
「汚いと言われればそうかと縮こまり、虐められれば仕方がないと諦める。でもそんな状況でも、この子は自ら命を絶とうとはしなかった。それをニブさという人もいるでしょうけど、わたくしは好きよ、そういうしぶとさって。この子の境遇は知っているでしょう?」
一時期王都を賑わせた事件のことはアルトゥールも承知していた。男の肯定に、重畳、とにっこり微笑む女。その笑みに男の背筋が凍る。
マリアはインベントリから棺を取り出し、更に二体の使い魔を召喚した。
上半身裸で筋骨隆々のスキンヘッドの男と、ヤギの頭を持ったタキシードの男?。
「人核持ちの使い魔か。外法ですな」
「便利よ」
男の常識的な非難を全く取り合わずに女は二人の使い魔に命じてニナの死体を丁寧に棺に納め、更に保存系の魔法をいくつか掛ける。
「どうするつもりだ」
どう見ても埋葬のための準備とは思えない。
「貰っていくわ。王妃にはよろしく言っといて」
その言葉に思い当たることのある男は意外そうに、
「ずいぶんその弟子に甘いのだな」
「甘い? わたくしが? 面白い冗談ね」
「あ、いや、すまん」
心底意外そうな女の言葉に、思わず謝罪の言葉が出る。
「魔法にしろ、肉体にしろ、最後にモノを言うのは意思よ。知ってる? この子は王妃に命じられていたの。アリーシャ姫を守り、アリーシャ姫のために死ね、と。ほんと、思い込みの激しい子。この子はその思い込みで、今晩の戦いでもっとも強い意志を示したのよ。思い込みでわたくし達の誰よりも強い意志を示したのよ。わたくしは強者に敬意を表したいだけよ」
似合わぬ長語りに自嘲気味な表情をして、それでもなお言葉を継ぐ。この子への称賛を口にせずにいられなかった。
「正直、わたくしも驚いているのよ。この子がここまでのモノとは思わなかったから。わたくしの目もまだまだね」
使い魔に指示して棺を担がせる。
「王妃にはなんと?」
「この子は立派にその任務を果たして死んだ。彼女の罪は彼女の行動によって贖われ、使い魔ニナは死んだ。そう伝えて」
「承った」
マリアの背後に雷を纏った巨大な鳥が降り立ち、使い魔たちが棺を抱えてその背に乗る。
「何処へ?」
「北方大森林。あそこには世界樹があるからね。姫の事よろしくね」
そして雷の鳥は飛び立った。北を目指して。
明日も投稿予定です
本話の登場人物はほとんど脳筋です。




