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(50)けっとー

「アリーシャの名にかけて、貴方にけっとーをもーしこむ」

「はあ?」

 男の子も取り巻きもニナさえも、底抜けの姫の言動についていけなかった。

「このまま殴り合いなどの騒動になれば大事でしょう? さっきみたいにこっちのお兄さんに『罰』を押し付けることもできないでしょうし」

 いや、俺はそんなつもりじゃ、と抗弁する男の子と、いやあ、と困ったような巨漢&取り巻き。

「でもお互いこのまんまじゃ収まりがつかない。訓練における模擬戦なら、例え事故で相手が怪我してもお咎めなしでしょう?」

 案内役の俺が困ります、やめてくださぁい、という声は無視。

「どうします? クロムウェル家の『若様』?」

「くっくっくっ、いいだろう。女だろうが容赦しないぞ、覚悟しろ!」

「決闘なんだからせめて名を名のったら?」

「そんなに知りたいならば教えてやろう。俺の名はセザール。セザール・クロムウェル」

「セザール・クロムウェル。貴様の墓碑銘にキチンと刻んであげます」

 殺すつもりかよ、と周囲が突っ込むが当人たちは気にしていない。

「ふん、やれるものならやってみろ、底抜け姫め、貴様の悪行もこれまでだ!」

 ふっふっふっふっふぅ、と睨みあう幼女と子供。

 なんかもう大丈夫かなぁ、と取り巻きたちもニナも思い始めていた。


「ではぁ、これよりぃ、セザール・クロムウェル殿とアリーシャ姫様の決闘、じゃなかった模擬戦を行いますぅ」

 見届け役を押し付けられた案内役の従士がそう宣言する。

 通常の模擬戦同様、二十mほどの距離を置いて対峙する二人。二人とも【防護】(プロテクション)の魔法が掛けられているので、めったなことでは怪我をしない。

「使用可能な魔法は【魔法の矢(マジックミサイル)】のみ。魔法が当たればセザール殿の勝ち。セザール殿の体に触れたらアリーシャ姫の勝ち。以上、異論はありませんね」

「あい」「はい」

 二人の声が重なる。因みに周囲ではいつの間にかギャラリーが集まり、トトカルチョが始まっていた。

「ニナ~。リーに賭けといて、千で~」

「俺にも賭けろ。二千だ!」

「ニナ、三千」

「四千だ」

「ニナ~」

 いーかげんにしろ! とギャラリーに怒鳴られ、双方四千を自分に賭けて、模擬戦(決闘)を始める。

「女といえども容赦しないぞ」

「是非そうして。負けた時に『女だから手加減してやった』とか言わないでよね」

「ぐっ、言うか、どブス」

「部下の威を借るヘタレ」

「チンチクリン」

「セ・ざ~るで、ご・ざ~る」

「変なアクセントで言うな!」

「い~ですかぁ、はじめますよぉ。はじめ!」

 二人の舌戦にいい加減キレ気味に従士の声が割って入った。


 即座に【魔法の矢】の詠唱を開始するセザール。

 【魔法の矢】はグリゴリ王の軍で最も一般的な攻撃魔法だ。攻撃力は小さいが射程は中程度。最大の特徴は『触媒を必要としない』という点にあった。

 魔力があれば繰り返し使用できるため、軍の継戦能力を高める重要な魔法であった。

 セザールにとって、まだ覚えたての魔法であるため、魔法の詠唱は【自動詠唱(オートキャスト)】頼りとなり、どうしても隙が大きい。

 その隙に真っすぐ走り寄ってくるアリーシャ。魔力を巡らせた四肢の速さに全員が目をむく。


--ち、早い


 後十mぐらいでセザールの魔法が完成する。

「【魔法の矢(マジックミサイル)】」

 しかし呪文の詠唱からタイミングを計っていたアリーシャが寸前で進路を変え、ギャラリーの中に飛び込む。

「はあ! そんなんありかよ!」

 訓練用に威力を弱めた魔法の矢が次々、アリーシャとの射線上にいたギャラリーに当たる。

「若様、ここです!」

 ギャラリーから声がかかると、

「ずるいぞ!」

「お、ここに居たぞ」

「その足元!」

 と、アチコチからホントかウソか判らない目撃情報が寄せられる。

「卑怯者、でてこ~い」

 次の魔法を準備しながらのセザールの叫びに、

「あい」

 と、思いのほか近くで返事が聞こえる。

 ギャラリーを踏み台に宙に舞ったアリーシャが、真っすぐセザールに迫る。


--バカめ


 空中では避けられない。魔法の発動の方が早い。

 しかしアリーシャの手から目一杯勢いをつけた短刀が放たれる。

「うわっ」

 防護の魔法がかかっているとはいえ、目の前に迫る白刃に思わず身体全体で避ける。

 呪文の詠唱は……大丈夫途切れていない。普段の訓練が実を結んでいたことに興奮しながらセザールは詠唱を続ける。

 さっきまでセザールが居た場所に降り立ったアリーシャ。彼我の距離1m。

 セザールはその姿をしっかりと捉えて魔法を完成させる。

「【魔法の矢(マジックミサイル)】」

 目を逸らすまいと見開いた視界が、痛みで塞がる。


--何をされた?


 塞がった視界でパニックになり、放った魔法がどこに飛んだかも判らない。

 そんなセザールの腹に小さな手が充てられる。

「つっかまえた~」


     *    *    *


「無効だ!」

 目に入った()を水で洗い流し、更に【治癒】も掛けられたセザールの第一声がそれだった。

 駄々をこねる男の子に、小さい女の子がこれ見よがしにため息をついた後、なんで? と尋ねる。

「目つぶしなんて卑怯だ!」

「戦場で死んだときもそう言うの?」

 ぐっと詰まったセザールは、ポン、と手を叩き、

「【魔法の矢】以外の魔法は禁止だ。【肉体強化】魔法を掛けてるだろう!」

「掛けてないよ」

「ウソつけ!」

「しんぱんさ~ん」

 従士が呼ばれるが、無理です、と逃げる。見物してた騎士の一人が、【解析】(アナライズ)を掛け、【防護】以外かかっていないと証言した。

「大体さ、年上で、力も強い男の子で、その上魔法まで使って、負けちゃうなんて只でさえかっこ悪いのに、その上ごねるなんて」

 六歳児が言えば言うほど、男の子の肩が下がっていき、最後には地面に両手をついてへたり込んでしまった。

「姫様、姫様、その辺にしてやってください」

 見かねた従士が二人の間に入り、セザールのお付き達もどう声をかけていいか判らず、顔を見合わせ苦笑していた。

「確かに。この辺で仕舞いにしましょう」

 大きくはないがよく通るバリトンに、訓練場にいた騎士、兵士が直立不動の姿勢をとる。

「どなた?」

「シュラノ・アルトゥール。騎士団の大隊長をやらせてもらっております」

 ピンと背筋の伸びたカイゼル髭のおじいちゃんが、口元に笑みを浮かべ、しかし、まったく笑っていない目で一同を見回した。

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