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(42)本と書類と告発書

 王妃()に呼ばれたアリーシャは応接室に入り、来客と挨拶を交わした。

「先日は失礼しました。家人がどうしてもダメだと騒ぐものですから」

 苦笑しながらも六歳の女の子にキチンと謝罪するのは、アーノルド・バッコ騎士卿。先日、ニナを巡る一件でお礼回りに回った相手の一人であった。

「いいえ。リーは気にしてませんから」

「いやいや、そういう訳にはいかなそうなのですよ、姫君」

 くすんだ金髪の豊かな髭をしごきながら、バッコ卿は渋い表情を浮かべ、王妃の表情も曇る。

「なにかあったのですか?」

「先の一件、市井の間では中々に好評でしてな」

 そう言ってバッコ卿は一冊の薄い本を取り出す。表紙に漫画っぽいタッチで赤毛の女の子が描かれている。タイトルは『底抜け姫の大冒険』。

「うわ、なにこれ、恥ずかしい」

 肖像権の侵害だ、と叫びたいがこの世界にそんな概念、無いんだろうな。自費出版の同人誌らしいがパラパラと見てみると、まあ、中々よく書けてる。魔法のせいで工芸は全滅だが、文芸はそれなりに賑わっているみたいだった。

「私を含め大の大人が揃いも揃って役立たずだったというのに、傲慢な有力者で暴漢にして悪漢を小さい女の子がやっつけるというのは痛快ですからな。この本は市民の趣味人が書いた物です。けっこう売れているそうですよ。【底抜け】ということで眉をひそめる者も多いですが、それを差し引いてもアリーシャ姫の名は今の王都でよい意味で広まっています。ですが、」

 恥ずかしいけど悪い話ではないが、それだけでは無いらしい。

「実は事件直後に妙な噂が広まりました。王妃様と姫君を故意に貶めるような噂です。あまりに酷かったため、私を含め事件に関わった有志達が積極的に事実を発言し、先のような噂に変わりました。そして今回も」

「リーのお礼回りのこと?」

 バッコ卿は言葉を選ぶように言い淀んでから、

「はい。底抜け姫が重傷を負ったのはその場にいた者たちの対応が悪かったせいだ、補償しろ、と財の無心に訪れ、門前払いされた、と」

 思った以上に酷かった。偶然その場にいた人たちは寧ろ巻き込まれた口なのに、その人たちに補償を求めるロジックが理解できない。

「噂の出どころは?」

 アリーシャの問いに肩をすくめるバッコ卿。

「そこで少しでも悪い噂を払拭するためにこうして直接伺ったというわけですな」

「ありがとうです。バッコ卿」

「なに、礼を言うのはこちらのほうだ。底抜けに対する曇った(まなこ)が姫のおかげで晴れた。王に初めてお会いした時もそうでした。自らの不明を知り、この歳でなお発見が在るというのは、嬉しいものです」

 髭に覆われた厳つい顔が、少年のように破顔する様に、アリーシャも嬉しそうに微笑んだ。


 バッコ卿から貰った『底抜け姫の大冒険』を読み始めたアリーシャは、恥ずかしさのあまり、度々ベッドで悶えていたが、結局一気に最後まで読んでしまった。


     *    *    *


「随分分厚い手紙だな、『底抜け姫の大冒険』のファンレターか。あれは当たりだったなぁ。げ、誤字の指摘もある。ん、なんだこっちの束は……あの事件の詳細資料だ。色々ぼかしてあるけど、注意書き? アリーシャ以外の名前は変えるなどの配慮をしてください、か。まあ、豪族に睨まれると厄介だからって、アリーシャ姫だって王の一族じゃないか、そっちはいいのか。続きが書けたら送ってください、か。こんだけネタがあれば筆が進むね。ありがたいありがたい。一体君はどこの誰さんですかぁ、住所、王城。名前、アリーシャ……はいぃ?」

 王都の一角で、素っ頓狂な叫びが上がった。


     *    *    *


 所謂テンプレ展開というやつであった。

 所謂(いわゆる)と読むか所詮(しょせん)と読むかでニュアンスも変わるが、起きた結果は変わらなかった。

 アリーシャのお供をした女使用人(ハウスメイド)のアンブロージアと、二十代半ばの男の接触は、メイドのしりもちと、男の持った書類の散乱という結果を招いた。

「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません」

 アンブロージアが早口にそう謝りながら、そのままさっさと立ち去ろうとするのをアリーシャがスカートの裾を掴んで止める。

「なんですか、姫様?」

「あやまるんだったら手伝ってあげたら?」

「めんどくさいです」

 短い付き合いだが、自分の専属のイイ性格っぷりに言う言葉が見つからず、仕方なく書類を拾い始めるアリーシャ。因みにメイドはお付きらしく主の斜め後ろで立っている(だけ)。

「ああ、もうどうしてくれるんだよ。順番が判んなくなっちゃったじゃないか」

 男はガリガリと頭をかいて、書類の上下も確認せずにかき集める。

「まって、まって。ちゃんとカクニンしながら集めないと、よけいワケわかんなくなっちゃうよ」

「いんだよ。どうせいくらやったって終わるわけないんだから」

 書類を見ると物資の調達や輸送に関わるもののようだ。男は王国の文方(ふみかた)らしいが、その態度はずいぶんと投げやりだった。

「あ、ここ計算間違ってる。あ、ここも。あれ? こっちとこっちの記述が矛盾してるよ」

 後ろで欠伸をしているメイドに気づかず、アリーシャは書類の不備を次々指摘していく。

「マジ?」

「マジ」

 釣られてアリーシャが答える。

 男は急に静かになって、書類を集め、整頓してから、ひょいっとアリーシャを担ぎ上げて走り出した。

 因みにメイドは向こうを向いてストレッチしていた。

「あれ? 姫様は?」

 気づいたらいない主に、ま、いつものことか、とメイドは特に気にしないことにした。


     *    *    *


 王城内の小部屋に連れ込まれ、ベッドに降ろされたアリーシャ(六歳)。男は少々血走った目で、へっへっへっ、と虚空を見ながら笑った後、

「おじょうちゃ~ん」

 と振り返った男の股間に短刀の鞘が突き刺さる。

「ペドレイパーに人権なし!」

 倒れ伏す男と、ふんす、と鼻を鳴らすお姫様(六歳)。


 十分後


「誤解だ! 俺の好みは揉むと肉が余るぐらいのグラマーさんだ。誰がお前みたいなチビ、ガリ、ガキに欲情するか。自惚れんのも大概にしろ」

 まだうずくまっている男のこめかみにアリーシャの拳が決まり、男の意識が飛んだ。


 二十分後


「待て、話せば判る」

「もんどーむよう」

「いや、ホント待って。話が進まないから」

「誘拐犯と話すことなんか無い」

「誰が誘拐犯だ。ちょっと相談したいことがあるから部屋に招待しただけだろ」

 招待という言葉の意味を理解していないこの男が国の行政を預かる文方(ふみかた)とは……。ニナを苛んだ男の一人も文方だったよね。ダメかな、この国……。

「で、その自称招待者、他称誘拐犯のあなたがリーに何の用ですか?」

「リーちゃんっていうのか。俺はステファン。この国の官仕さ」

 どうだ、すごいだろ感が前面に出た挨拶に、いつも飲み屋とかでこんなこと言ってるんだろうなぁ、と容易に想像できた。

「で?」

 いー加減めんどくさくなってきたアリーシャが、話を促す。

「書類、手伝ってくれ」

「リーはまだ六歳です」

「関係ねぇ」

「プライドとかは無いの?」

「終わらねぇと帰れないんだよ。今晩は赤い風車のミランダちゃんに、絶対行くよ、って約束してるんだよ。男は約束を守らなきゃならねぇ、そうだろ!」

 キラーン、と擬音を自分で言いそうなウザさに、一周回って面白くなってきたアリーシャ。

 元より、こういう働くおじさん(お兄さんだ!)達の手伝いこそ、前世からの習い性であり、助けを求められると弱いアリーシャであった。


 見せられたのは物資の調達から輸送までの一貫した計画の承認書類だったが、上司から突っ返されたという。

「つっかえされた理由はなんて?」

「読むに値しない、って」

 なるほど、その上司はまともな人みたいだ。ちょっとホッとしたアリーシャは、計算ミスの修正、記述の統一、骨子となる説明と枝葉な説明のメリハリなど、あちこち指摘していく。

 途中、ジョーの使い魔が飛んできたので事情を説明すると、ニナがやってきた。ジョー曰く「アンブロージアは再教育中です」とのことだった。

 ニナの入れてくれたお茶を飲み、お弁当を食べ、おしゃべりをしながらステファンの泣き言に耳を貸さずにその仕事ぶりを監督する。

「疲れた」

【疲労回復】(リカバリー)かけて」

「腹減った」

【栄養補給】(エナジーサプライ)

「ちょっとトイレに」

【清潔】(クリーン)があるでしょ」

「いや、幼女と少女に見られながらとか、それなんてプレイ。変な性癖に目覚めたらどうしてくれる」

「もやす」

「………………」

「またはつぶす」

「サーセン、トイレだけは行かせてください」

「三分以内」

「イエスマム!」

 と、いう具合に滞りなく(?)仕事は進み、

「ありがとう、リーちゃん。()()()()()()

 という不穏なセリフを残して、ステファンはミランダちゃんの元に走っていった。


 それからも時々、

「タスケテ、リーエモ~ン」

 という使い魔がアリーシャの元に飛んで来ることになった。


     *    *    *


 部屋に戻るとアンブロージアが正座させられていた。

「姫を見失いながら、そのままサボるとはお付きの自覚がないようですね」

「あ、あのジョーさん。足が無いんです。痛みとか痺れとかそんなチャチなもんじゃあなくって、足が無いんです」

 アリーシャがステファンの部屋にいたのは約五時間。その間ずっと正座してるのかしら?

「あ、お帰りなさいアリーシャ姫様」

「ただいま。アン」

「はひぃ」

 すがるようなメイドに、

「ガンバっ!」

 サムズアップしてメイドを励まし部屋を後にする。今回は危険がなかったからいいが、やはりこれでは困る。アンにはその辺を自覚してもらわないと専属にした意味がない。

「アリーシャ姫様」

 しかしジョーに呼び止められる。

「ん? なにジョー」

「ここに座ってください」

 アンの横を指さす世話人。

「攫われたと言っても城内です。悲鳴を上げるなどすれば助けも呼べたはずです」

「で、でも【防護】の魔法がかかってなかったから、いけるかなって……」

「姫様!」

「はひぃ」

 そこから小一時間、ジョーのお説教が続いた。その間も横では引き続き正座させられているアンブロージアが、パワハラぁ、いじめぇ、おにぃ、あくまぁ、いかずごけぇ、等のうわ言を繰り返していた。


「……お邪魔でしたでしょうか?」

 ニナに案内されて入室した官仕のフェードルは、床に座ってうわ言を繰り返すメイドと、同じく座って説教を受けている姫君の姿に困惑した表情を浮かべた。

「おじさま、お気になさらずに。こちらへどうぞ」

 ニナがフェードルをテーブルに誘い、お茶の準備をする。

 何とかジョーを宥めたアリーシャもテーブルに着き、用向きを尋ねる。

「神殿から連絡が来ました」

 ニナとアリーシャの表情が引き締まる。

「審議の……」

「はい。告発の審議日程が決まりました」

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