(40)底抜けの使い魔
底抜けと書いて『零』とか『0』とか読んではいけません
「ふっか~つ!」
ふんす、と大きく鼻を鳴らしてアリーシャが立つ。
『女の子が鼻とか鳴らしちゃいけません』
兄さまならそういうかな、なんて思いながらアリーシャは自分を奮い立たせる。
見かけだけでも、見た目だけでもやせ我慢して頑張ろう。
* * *
目覚めた後は、ぐずぐず言って部屋に引きこもっていたアリーシャだったが、バルバラの説得もあり、少しづつ外に出るようになり、元気を取り戻したように見えた。
そんな彼女の元にニナが面会を求めてきた。
「ご快癒、お喜び申し上げます」
メイド姿のニナは入室早々跪き、妙に硬い口調で挨拶してきた。
「え、どしたの? それに顔や手のその模様?」
「娘共々アリーシャ様に救っていただきました御恩、この命に代えてもお返ししとうございます。罪に穢れた命なれど、どうかお受け取りくださいませ」
あれ? ニナってこんな口調だっけ? 傍らに立つ使用人のアンブロージアに物問いたげな視線を向けるが、肩をすくめられてしまった。使用人としてその態度もどうかと思う。
「わけわかんない。せつめーして」
「この度、アリーシャ様を害した罪により、人を辞め、アリーシャ様の使い魔として生涯お仕えする事となりました。不才の身なれど、この手足は御身の手足、この命は御身の盾、どうぞ使い潰し下さいませ」
説明聞いたら余計にわけ分かんなくなってきた。使い魔って何? にいさま、たすけて~、こんな時こそみんなのアドバイスがほし~よ~。
みんなを思い出し思わず涙ぐむアリーシャに慌てたニナが、
「な、何かお気に障りましたでしょうか。使い魔としてご主人さまのご不快の原因となるとは痛恨の極み。この命を以ってお詫びをば」
「あ~ん、ニナがおかし~」
当人たちは真面目そうだが、傍から見てるとまるで喜劇だ。
「てい!」
ニナとアリーシャの頭がアンブロージアのお盆で叩かれる。ちなみに平たいほうだ。
「……アン」
頭を押さえて、別の意味で涙目のアリーシャが恨めし気にメイドを見上げる。
「おのれ、ご主人様に手を挙げるとは、不届き、あ、痛っ」
自分のことよりアリーシャの心配をする奉公人の鏡のようなニナの頭を、再びお盆で叩くアンブロージア。ちなみに今度はお盆の堅いほうだ。
「まずは二人とも座ってください。お茶入れてきますから」
は~、やれやれ、と年寄り臭いことを言いながら下がるメイドを見送った後、二人で顔を見合わせる。
「座ろうか」
「……はい」
アンブロージアの入れたお茶(無論、調理魔法だ)とクッキー(無論以下同)をつまみながら、ニナの話を聞き、初めて刑罰として、アリーシャに一生を捧げる制約が彼女を縛っていることを聞かされる。
死罪相当というのはアリーシャが思っていたより重い刑罰だが、むしろ母と世話人が、底抜けである自分の身を案じた故とも思えた。アリーシャは何とも言えないモヤモヤした気持ちで、魔法の力で忠誠を制約されたニナを見ていた。
「もう、勝手に、リーはそんなのいらない。なんかヤダ」
モヤモヤの原因をうまく言語化できずに、出た言葉にニナの表情が落ち込む。
「申し訳ありません。ご命じくだされば、この命、いつでも捨てる所存。なれど、どうか我が子にはお慈悲を」
「それ、やめて。すぐ死ぬとか、命を捨てるとか。そういうのキライ」
自ら命を盾に赤ん坊を救ったアリーシャは自分のことを棚に上げてそう主張する。ニナはニナで正直な自分の気持ちを否定されたことに不満を感じていたが、主人の言葉に神妙に頷く。
そのニナの様を見て、彼女の肯定が、心の底からのものでないことを感じたアリーシャは、ようやくモヤモヤの原因が言語化できた。
--これって魔法で縛った奴隷だよね。
「マホーで、ううん、力で心を縛るなんてリーはイヤ。リーはニナを縛りたくない。そんなことのために助けようとしたんじゃない」
ご主人様の言葉に光明を見出し、ぱっと明るい顔を上げる忠犬。
「ご安心ください。私は最初から罪を贖ったらアリーシャ様にお仕えしたいと考えていました。その願いが叶ったのです。喜びこそすれ、厭うことなど何もありません」
尻尾まで振りそうな勢いで身を乗り出すニナ。
忠誠度MAXの奴隷メイド入りました~。う~ん、ほんと男主人公だったらテンプレだよなぁ、等と現実逃避をしても状況は変わらない。
かかさま達の気持ちと、ニナの気持ちと、アリーシャの譲れないもの。その辺で妥協するしかないか。
「……あい、判りました。でもいちいち跪かないで、あとその変な言い方もやめて、ふつーにして。あと赤ちゃんの世話はちゃんとしてね、っていうか出産からあんまり経ってないんだからまだ静養してないとダメ。ニナの体力回復と赤ちゃんの世話優先。これ、メーレーだから」
言い方を注意されてちょっと残念そうなニナ。練習したのに、という小さなつぶやきは聞かなかっとことにしよう。
六年分の虐待の傷跡、特に火傷の跡などが身体中残ってるだろうから、それの治療も考えないと、後はジョーの施した制約の呪術紋の解除か……いつかやっちゃる。
本来はニナがアリーシャを守る立場だが、アリーシャにしてみれば自分の庇護下にニナを入れた感覚でいた。その意識が彼女のやる気に火をつけ、結果的に行動の原動力になっていった。
「あ、そだ。ニナ」
「はっ!」
「……………」
ジト目で睨むと、ニナがしばし視線をさまよわせた後、なんでしょうか、と返事を返してきた。よし。
「そういえば赤ちゃんの名前は?」
「それなのですが……ぶしつけなお願いなのですが、その」
「なに? いいよ遠慮しないで言って」
「アリーシャ様に名付け親になっていただきたいのです」
「へっ?」
* * *
ニナは王城の一室、使用人部屋の一つを使わせてもらっており、そこに赤ん坊が寝かされていた
「一人で平気? あと夜泣きとか大丈夫?」
「他にも子供を育てながら王城で働く人がいますから、そういう子供たちがこの辺に集められて、交代で面倒を見てるんです」
もちろんニナもその交代班に組み込まれているという。
「託児所みたいだね」
「執事長のセーバース様の采配だそうです」
物珍しげに見る住み込み使用人の子供たちに手を振って挨拶しながら、アリーシャはニナの部屋に入る。何人かの子供たちが部屋にいて、指を出してはそれを赤ちゃんが掴むのを楽しんでいた。
「お守りをしてくれてありがとう」
ニナがインベントリから飴玉を取り出して、子供たちにあげている。
「ニナってまだ十四歳だよね」
「はい」
「なんかすっかりお母さんって感じ」
はにかんだ様な、困ったような表情を浮かべるニナ。
「あかちゃ~ん。リーのファーストキッスのお相手は美人さんだなぁ」
抱き上げた時の思わぬ重さに驚く。産まれた時と比べた重さの違いに嬉しくなってくる。
この子と引き換えに、にいさま達を失ったという言い方ができるし、そんな風に考えなかったわけじゃない。でもこうして赤ん坊の重さを実感すると、あの時の行動への迷いが自然と消えていく。
アリーシャのことが判るのか、機嫌は良さそうで、両目を開けてじっと見つめてくる。
その瞳に見覚えがあった。ニナを苛んだ六人の一人、おそらく血縁上の父であろう、フランク・ストーンによく似た青い瞳。
「……ニナ、この子の青い瞳がツラくない?」
「……思い出すことはあります。でも関係ないですから」
ニナの言葉に一瞬の逡巡を感じた。
「ん~、決めた。君の名前はフェリシアだ。青い瞳があの花の青に似ている。青い花の瞳を持つフェリシア。それが君の名前だ。どうかな?」
青い花の瞳のフェリシア、と呟き、泣き笑いを浮かべるニナにフェリシアを預ける。
「青い花の瞳のフェリシア」
我が子の瞳を見つめ、自分の心に染み込ませるようにその言葉を繰り返す。
「……良い名を……ありがとうございます」
ニナは幸福を抱きしめ、その重さを噛みしめた。
ニナ編は終わりといったが、あれは嘘だ!
使い魔に対するアリーシャの反応とか命名のエピソードとか書いてたら思いのほか文量が多くなったので、一話にしました。
ニナがメイド服なのは単純に趣味ですw
初めは使い魔にするつもりはなかったのですが、『奴隷』という言葉を使いたくなかったため、直感的に使い魔にしました。
で、そのまま気づかず書いた後に、「あれ? 魔法が使えない女の子の使い魔って……」と思い至り、悩みましたがそのまま行くことにしました。




