(38)冒険者たち_1
【魔の領域】。
それは魔法によって生み出された【魔物】と呼ばれる存在が生息する場所で、普通の鳥獣や人が住むそれ以外の領域(人の領域と呼ばれる)とは区別してそう呼ばれる。
魔の領域は周囲と明らかに違う風景が広がり、真夏の森のすぐ近くに雪原に覆われた魔の領域があることもあり、魔の領域の中は違う世界であると主張する賢者さえもいた。
魔物は飲食を必要とせず、ただ魔物以外の生き物を襲い、殺すだけの存在である。その死体は普通の鳥獣と違い時間と共に光の粒となり消えてしまう。しかし消える前の死体に生贄の短刀を突き刺せば貴重なドロップアイテムを落とす。
何より魔物はリスポーンと呼ばれる現象によって、狩っても一定時間後にまた発生し、その速度は普通の鳥獣と比べ物にならない。そのため、魔物を倒せる実力のある者にとっては、貴重な収入源となっていた。
魔物は基本的に魔の領域の外に出ないが、例外が大きく二つある。そのうちの一つが領域内で見つけた獲物(人や鳥獣)を人の領域まで追いかけてきたときである。
鳥獣の場合はすぐに追いつかれてしまうが、中途半端|に実力があるくせに自分の身も守れない愚か者が魔の領域から人の領域まで魔物を引き連れ、結果として町が滅び、魔の領域になってしまったという話はいくつか伝えられている。
そのため、安全な生活を望む者にとって魔の領域に入ることは忌避すべきであり、そこに入る者は迷惑な存在であった。
そんな報酬のために危険を冒し、また周囲に迷惑視される者たち。彼らは【冒険者】と呼ばれていた。
* * *
西方地方、征服王グリゴリの支配域にあるクピドの町。この町で一番大きな冒険者の酒場には、駆け出しから中堅、ベテランの冒険者たちが集まり、騒々しい喧騒に包まれている。
普段ならば情報交換やアイテムのトレード、パーティーメンバーの募集などが盛んに交わされるが、この日は少々雰囲気が違った。
「BOSSが現れた。レイドを組んで討伐するのでメンバーを募集する」
薄汚れた神官服に無精ひげの男が、よく通る声で酒場中の視線を集めていた。
魔物の中には稀に【BOSS】と呼ばれる変異種が現れる。その事はステータス画面のクエスト欄でBOSSクエストが現れることで容易に知ることができた。
前述したとおり魔物は通常は魔の領域の外に出ない。しかし人の領域まで魔物が侵入するもう一つの例外、それがBOSSクエストであった。
BOSSクエストは発生してから一定期間以内に討伐されないと、多くの魔物を引き連れて領域の外に出てきて、人を襲い始める。その場合はトレインとは比べ物にならない被害が出る。
こうした事態を想定して普段から魔物狩りを行う冒険者の存在は、迷惑でありながらも受け入れられてもいるのだった。
今回現れたのは一般的な森型の魔の領域【魔蟲の黒森】に現れた【巨大不死芋蟲】であった。
「過去の記録によると普段【魔蟲の黒森】に現れる【麻痺芋虫】や【黒後家蜘蛛】を不死化して取り巻きにしている。攻撃に当たるものは浄化の魔法や神聖系魔法がありがたい」
その他、いくつかのBOSSに関する情報や、ベテラン勢からの補足など、具体的な話し合いが行われ、最後に、
「参加してくれるパーティーリーダーは俺に声をかけてくれ。攻撃、治癒、支援、合わせて最低20名は欲しい。出発は明日の朝日の出と共に。森は暗いが、それでも昼の内に片づけたい」
神官はまだ若いが、その説明は明瞭で判りやすく、ベテランたちからも特に反対の声は上がらなかった。
「質問があります」
上等そうな服を着て、偉そうに足を組んで聞いていた女、いやミドルティーンの少女が、手を挙げた。
「レイドの指揮はどなたが執られるの? もし決まっていないならわたくしがやってもよろしいわよ」
聞いていた冒険者たち--特に若手--がその言葉にいきり立つが、少女はまるでそよ風のように聞き流していた。
「BOSSクエストは遊びじぇねぇんだよ」
中堅やベテランたちに遠慮し、またBOSSに挑戦など恐ろしくて話し合いの間中押し黙っていた若い男が少女に詰め寄ったが、あっという間に組み伏せられた。
少女は指一本動かしていない。
少女の足元の影から飛び出したオオカミが、倒れた男の上に乗っている。その牙が男の首元に迫り、男は情けない悲鳴をあげ失禁してしまう。
「……指揮は俺が執る」
無精ひげの神官は火の消えた紙巻きタバコを咥えたままそう告げる。
「役者不足ではなくて?」
「俺は後方に立つ支援系だしフィールドも使える。アンタは複数の使い魔を使う前線要員だろう? どちらが全体指揮に相応しいかは言うまでもない」
「フィールドの範囲は?」
「100m」
「……私は【レイド】の発案者から直接指導を受けたことがあるわ」
「そうかい。ならアンタは前線に出ず、後方に居て俺の護衛と補佐をしてくれ」
護衛などという地味な役目な上、自分の直接指揮下に付くなんて絶対受け入れないだろうとアタリをつけて、神官は少女にそう返した。
少女は、そうね、とつぶやき、
「確かに前線の方が楽しそうね。いいわ、今回はあなたが指揮を執りなさい」
「光栄です」
神官は慇懃無礼に礼をしてみせた。
* * *
話し合いは解散になり、酒場の店主に酒を頼む神官に、少女が呼びかける。
「貴方、名は?」
「……人に尋ねる前に自分から、と言いたいところだが、アンタのことは知ってる。後ろの二人とセットなんだろ、【ウルフパック】さんよ」
少女の後ろには、二人のメイドが控えていた。どちらの服も質が良く、またその動きからよく躾けられた、いいとこのメイドであることが見て取れる。
「わたくしとしては【ヴァージニア・ウルフ】と呼んでほしいわ」
「ああ、そうかいウルフさん。俺はアストリアスだ」
「まあ、貴方があの噂の」
神官アストリアスは、軽く眉をひそめたが、それ以上聞く気になれなかった。会話を拒絶するようにカウンターに体を向けるアストリアスだったが、少女ヴァージニアは構わず、
「ねえ、王の姫の底を抜いたって本当?」
無言のまま不機嫌そうな雰囲気を漂わせる神官に少女は、
「おお、こわいこわい」
と、お道化るように席を離れ、
「そうね、一戦前に集中を乱すのは止めておきましょうね。明日の祝賀会で聞かせて頂戴。じゃあね」
と、答えも待たずにヴァージニアはメイドを引き連れて去っていった。
神官は一人酒をあおり、ここ数年口癖になった言葉を誰にともなく吐き捨てた。
「くそくらえ」
* * *
翌朝、中堅、ベテランのパーティー5組23名にヴァージニアウルフと神官アストリアスの計27名が冒険者の酒場の前に集った。
「既にBOSSクエストを受領してある。俺、アストリアスの名前の付いているクエストに参加してくれ」
アストリアスのステータス画面には次々とクエスト参加の申し込みが入るので、メンバーの名前を確認しながら申し込みの受諾を行っていく。時折、パーティーに参加していないのに申し込みだけする“タダ乗り”がいるので、確認は必須だ。
クエストに参加したことで、ステータス画面のクエスト欄に標的の大まかな方向と距離が表示されたのを確認する。
次いで空を飛べる騎獣、騎竜、騎鳥、騎虫等を各々が召喚し、27名のレイドは空に飛び立った。
「300m手前を目安に降りるぞ」
ステータス画面を見ながら天馬を駆るアストリアスが指示を出すと、その言葉を各パーティーリーダーの肩に乗る妖精が同じ言葉を繰り返す。
BOSSの通った跡は森の木々が枯れはて、幅10mほどの道が出来ていた。そちらに降りれば移動は楽そうだが、取り巻きに数で来られると押さえきれない可能性がある。まず取り巻きを釣り出し、減らしてからBOSSに挑むために、あえて遮蔽物の多い無事な森側に降り立つことにした。
目標までの距離を測り、少し森が開けた場所に降り立つ。予めアストリアスが魔力を薄く広げて周囲の状況を探るフィールドで安全は確認してある。
「いつもと雰囲気が違うな」
ベテランの一人が言う通り、普段ならば蟲たちの気配が濃厚な森であったのに、妙に静かであった。
「魔蟲の黒森のBOSSでありながら、アンデッドだからな。BOSSが通常の魔物を殺して、眷属にしているんだ。だからBOSSの周りに普通の魔物がいないんだろう」
アストリアスは説明しながら魔力を周囲に広げていく。
「俺のフィールドの感覚を覚えておいてくれ。そこから外れると状況が把握できなくなり、いざという時のフォローが遅れる。指示には従ってもらうが、意見は使い魔の妖精を通して言ってくれ。なるべく考慮する」
「アンタの指揮は何度か見てる。信用してるぜ」
いち早くベテランがそう言ってくれたことに内心感謝しながらアストリアスは、行くぞ、と全員に指示を出した。
深い森は歩きにくいが、フィールドとステータス画面のおかげではぐれることはない。パーティー毎に扇状に軽く広がり、真っすぐにBOSSに向かう一行。しばらくすると、
「キタゾ、チジョウ、クモ10、イモムシ5。ジュジョウ、クモ3」
ヴァージニアの耳元で妖精がささやく。
ヴァージニアもまた直径30mほどのフィールドを広げ、自らの使い魔である精霊狼の【風狼】【炎狼】【土狼】【水狼】各2頭。メイドはそれぞれが4頭の【魔狼】を従え、計2人と16頭の狼の群れを自らの指揮下に入れた。
樹上からの敵はフィールドで捉えていたので奇襲されることなく風狼が片付け、他の魔物も難なく退けられた。
しかし相手がアンデッド化しているため、攻撃が通りにくい。炎狼以外の攻撃は有効打とならず、戦闘が間延びしてしまったのが不満だ。
「アンナ、カンナ。武器を準備して」
ヴァージニアは二人のメイドに命じ、自らも魔法を唱え、光り輝く聖属性の槍を手にした。
「炎狼と私達がオフェンス、他の子達がサポートとディフェンス」
二本の短剣を持ったアンナとデスサイズを持ったカンナを従え、防護、肉体強化、飛行などの魔法を立て続けに唱え、スカートを翻して進軍を開始する。
「ジョウチャン、デスギダ」
妖精がささやくが知ったこっちゃない。
襲い掛かる不死の蟲共を槍で薙ぎ払いながら、ボス狼は群れの先頭に立ち、この森のBOSSを目指した。
第5話以来の登場アストリアスさん。すっかりやさぐれちゃってw
明日も投稿予定。




