(31)テンプレの魔法
主人公久々の登場
ニナを連れ去った若者たちの特徴は、彼女を執拗に虐待し続けた六人のそれを思わせたが、確証がない。
王城の官仕フェードルは、そのうちの一人、面識のある若い文方の男に向けて使い魔を飛ばすが、その魔法は失敗した。
苛立ちを振り払うように、更に数羽のハトの使い魔を召喚し、空に放つ。
「有翼の悪魔の聞き込みをし、情報を集めろ!」
声に出す必要はない。だが何となく、そう叫びたい気分だった。通行人が振り返り、近くの馬車も何事かと止まる。
さらに触媒を取り出し、使い魔を召喚する。
「アリーシャ姫の元へ行け、いそげ!」
大きく手を振り、使い魔が王城に向けて放つ……が、くるっとUターンし、フェードルの背後に飛んでいく。
「リーに何か用ですか?」
馬車から降りたアリーシャの頭にハトが停まり、くるっぽー、と鳴いていた。
一瞬自分のオーバーリアクションを見られたことに恥ずかしさが込み上げ、落ち込みそうになるが、そのおかげで早く合流できたと前向きに捉え、何よりそれどころではないと自分を奮い立たせるフェードル。
「ニナ嬢が攫われた。豪族かそれに近しい有力者らしい者と例の六人に似た男女です」
一瞬で表情を改めるアリーシャが問う前に、二時間前ですと告げると、更に表情を歪める小さな姫君。
周囲では市民たちが何事かと足を止め、注目を集めていた。
誘拐犯を乗せた有翼の悪魔は富裕街方面に飛び立った、と意識して大きな声で言うと、周囲から俺も見た、との声も上がるが生憎具体的な情報はなかった。
「アン、ジョーとじいちゃん、それと兵舎に使い魔を飛ばして事情説明」
「しかし男親が訴えを出していませんが?」
専属メイドのアンブロージアへのアリーシャの指示にフェードルが突っ込む。
「関係ないよ。妊婦の少女が無理やり連れ去られるのを見た。それだけで十分だよ」
親の了承のもと連れていかれたのならば事件にならないが、そうした事情を伏せれば事件になる。
「それに犯罪を告発された者に似た者達に、その被害者が攫われたとなれば、動かざるを得ないでしょ?」
なんとなく事情を察したやじ馬達も、小さな女の子のその知恵に感心し、またその犯人たちの悪質さに、なんか判ったら兵士に伝えるよ、と声をかけてくれた。
やじ馬達に簡単に礼を言ってから、馬車に乗り込み、富裕街を目指して走らせる。
「王妃様にお伝えしなくてよいのですか?」
「かかさまとニナの関係は微妙だから……、そうだ、フェードルさん。ニナに使い魔を飛ばして。場所が判るかも」
「多分無理だと思います」
言いながらも言われた通りに飛ばすが、ハトはクルクルと上空を飛んだ後、すぐに戻ってきて消えた。
「【隠蔽】です。定番の方法ですね」
なるほど、そういうものがあるのか、と自分の知識不足を反省してから、再度、使い魔を飛ばす指示を出す。
「フランク・ストーン、パオラ・ウルケル、」
更に四人の名を告げる。
文方の男には既に使い魔を飛ばしたが、【隠蔽】によって失敗したと答える、
「他の五人にも」
アリーシャが急かすが、それができれば苦労はしない。苛立たし気にフェードルがムリです、と答える。
「それはなぜ?」
「知らない者は目標にできないからです」
魔法の使えないアリーシャの疑問に、苛立ちを隠さずフェードルが答えた。
魔法はステータス画面で選択、習得し、発動の意思により魔力と触媒を消費して自動詠唱される。その効果は基本的に一定であり、定型化されている。
しかし一方で、詠唱を練習することで効果が高まったり、呪術紋で特定の効果を高める柔軟性も持っている。
魔法使用できないが、ジョーから呪術紋を習ったアリーシャは、魔法には一般的に認識されている定型以上の余地があると考えていた。
「彼らのことは良く知っているでしょう? フェードルさん、あなたは彼ら六人のことを、ここ五年間の行動を、とてもよく知っている。やって見て」
ニナへの心配と触媒と魔力と時間を無駄にする理不尽な言葉に怒りのあまり気持ちが高ぶり脚がカタカタと震える。しかしその振るえる脚にアリーシャの手が添えられ、温かい魔力が注がれ、全身を巡るにつれ、落ち着いていく。
「いま、やれることをやってみよう。ダメなら別の方法を考える。でも今は早さが最優先。貴方は優秀な文方です。文章や記録から相手の人となりを想像できる」
魔法は決められた通りにしか発動しない定型のもの、それが常識だ。
「やって見て」
もう一度力強く言われる。
常識を持った男は、非常識にして優秀な上司のその言葉に、落ち着きを取り戻した。
--思えばこの上司は、私に無駄な業務をさせたことがなかったな
フェードルは深呼吸して、告発書に記した者達のことを思い出した。とても量が多く、細かい部分を思い出せるわけではない。しかしその全てに目を通し、概要を作り、詳細を作ったフェードルは男たち、女たちの所業、言動、周囲の評判、年齢、家族構成、等々、彼らを構成する要素を、会ったことは無いが、鮮明に思い出せる。
それらの要素から、姿かたちは判らなくても相手のイメージの核のようなものを掴み、呪文を唱え使い魔を放つ。
飛び立った五羽のハトの内、二羽はイメージしきれなかったのか、はたまた【隠蔽】のせいか、魔法に失敗して戻ってきてしまったが、残る三羽は同じ方向に飛んでいく。
「追って!」
富裕街を目指して飛ぶ三羽のハトを追う馬車は、ほどなくある屋敷の前に到着した。




