(22)三人で過ごす冬
グリゴリ王の第三姫アリーシャの世話人ジョー・ミリガン。彼女は安息日を除く毎日、ムティアとカシムを屋敷に招いていた。
表向きはアリーシャの為であり、合わせて二人の勉強を見るということにしている。神官から直接学べるとあって二人の親に是非は無かった。
しかし裏向きの理由ももちろんあった。
「さて、姫様。私が何を言いたいのか分かっていますか?」
アリーシャ、ムティア、カシムの三人はジョーの前で正座させられていた。正座自体はアリーシャが始めたことだが、叱られるたびにその格好でいたため、いつしかそういうものだとジョーも考えるようになり、ムティア達にも正座させている。
「えっと、二人に魔力を教えたこと?」
「そうです。本来魔力操作は神殿の神官たちの秘術でしたが、今は冒険者にも広まっていますし、グリゴリ王の戦術もフィールドなどの魔力操作技術を前提としています」
魔力を薄く延ばして周囲の状況を把握する技術はアリーシャも独自に編み出し活用していたが、一般的にはフィールドと呼ばれていた。
「しかし他人の身体を魔力で走査する技術は危険が多く、専門教育を受けていないと相手の魔力回路を傷つけてしまったりします。大体、」
そこでジョーは言葉を切り、アリーシャにだけ聞こえるように、
「そうした知識なく魔力操作したことが姫の底抜けの原因でしょう?」
ニッコリとした笑みに、は、はひぃ、と変な声で返事を返す。
「その為、他人の身体の魔力操作には第三種以上の神官免許が必須となっています」
「違反したら?」
「神殿騎士が捕まえに来ます」
「リーちゃん、捕まっちゃうの?」
カシムとムティアが心配そうに声を上げる。
「ええ、捕まります、投獄されます、牢屋に入れられます、裁判にかけられます、ずっと出てこれません」
淡々というジョーの言葉に段々顔色を無くしていくムティアとカシム。
「だ・か・ら! 魔力の使い方を姫から教わったと他人に言うことは禁止です。いいですね」
「「イエス・マム!」」
二人の声が唱和する。
「もし約束を破ったら……分かっていますよね」
「「イエス・マム!!」」
「【呪術】の神髄を知りたいですか?」
「「ノー・マァム!!!」」
二人の返事は悲鳴に近くなっていた。これって虐待かしら?
アリーシャは、ジョーの声音が本気じゃないのを感じ取っており、余裕の表情でその様子を眺めていたが、ジョーの視線がアリーシャに向く。
「わ・か・り・ま・し・た・か・?」
「イエス・マァム!」
釣られてアリーシャも叫んでいた。
「魔力操作のことを誰かに聞かれたら私から教わったと答えてください。いいですね」
「「「イエス・マァム!」」」
三人が声をそろえる。なんか楽しくなってきた。
* * *
「さて、アリーシャ姫に質問です」
改めてジョーが問う。
「二人の魔力回路に何をしました?」
しかし質問の意味が分からず、アリーシャは正直にそれを答える。
魔力制御は神官が得意とする技術だが、その神官でも常に魔力を流し続けるなんてことはできない。魔力を汲み上げ、それを循環させるには気力を使う。
しかし、アリーシャも他の二人も苦も無くそれを行なっている。
「姫の魔力回路は才能だと思っていました。ですがもし、誰でもムティア達の様にできるのなら、その価値は計り知れません」
実際、アリーシャは魔力を溜めることはできないが、常に身の内に魔力を巡らせおり、『溜めて放つ』瞬発力はないが、時間をかければ途轍もない魔力を生成できる。
【極大治癒】の儀式魔法の時に使った大量のマナ貨もそうやって準備したものだ。アリーシャの魔力をマナ貨に変換できる術者の協力と時間があれば、戦略級魔法に必要な魔力を一人で賄えるほどのポテンシャルを持っていた。
ムティアとカシムの魔臓の容量も既にジョーより深く、アリーシャほどではないが常に魔力を生成、循環させているため、瞬発力、持久力共に優れた使い手になれる素養を身に付けていた。
「姫君自身を手に入れるだけでも多くの財を手に入れられます。これまで神殿は魔力操作技術と、魔力結晶の供給を握ることで豪族たちに影響を与えてきました。もしムティア達の魔力回路に何をしたのか解明し、その技術を独占できれば、神殿になり替わることすら可能でしょう。そうなれば神殿も黙っていません」
ムティアとカシムは話しの半分も理解できなかったが、なにやら大変そうだということだけは理解できた。
「それってチート?」
「ちーと、というのが何かわかりませんが、現在の世界の常識がひっくり返るぐらいの衝撃はあるでしょう。それを理由に世界に混乱をもたらす【混沌】とされる可能性もあります」
なぜかワクワクした表情のアリーシャにジョーが真面目な表情でクギを刺す。
* * *
子供たちの異常性が表面化しないよう、常識的な魔力操作について教える一方、礼儀作法や身のこなしについても教えていく。
「使用人にしろ侍女にしろ、礼儀作法は大事です。もし本当に将来姫のために働きたいなら身に付けなさい」
まあ、冒険者になるなら必要ないでしょうが、と笑うジョーにムティアがムキになる。
「メイドを二人連れたお嬢様冒険者だっているもん。冒険者でメイドで侍女のスーパームティアになってやるんだから!」
「そう思うのでしたらまず、言葉遣いを気を付けなさい」
礼法や座学は、堪え性のないムティアが一番先に音を上げるが、一度覚えると一番優雅にこなして見せるのもムティアであった。しかしお嬢様然としたムティアに、意外~、と声をかけるとすぐに、ムキーッと怒ってしまいジョーに叱られていた。
* * *
自由時間もだいたい三人一緒だったが、それぞれが別のことをしていることが多い。
意外なことにムティアは本を読むようになっていた。『族長ヘンリル』シリーズを読み終えると、他の冒険譚等の物語を好んで読んでいた。
一方、アリーシャと並ぶ本の虫だったカシムは魔力操作に夢中になり、暇さえあれば魔力循環とフィールドの練習をしていた。
また、アリーシャはナイフを片手に木彫りの腕を磨き、ジョーから習った呪術紋を木彫りで再現することに挑戦していた。
雪が積もり外を出歩けない屋敷の中で三人は学び、遊び、笑い、喧嘩して、食べて、昼寝して、成長していた。
そして年が明け、雪解けが始まり、春の息吹が感じられる頃、グリゴリ王の第三姫アリーシャは六歳になった。
明日も投稿予定
現時点での評価を付けていただければ幸いです。評価は何度でも修正可能です。




