(20)故郷
「そうですわ! いいことを思いつきました!」
王妃の言葉に嫌な予感しかしない。
「一応聞くけど、どんな考え?」
「実は少し前、ムティアとカシムがアリーシャに仕えたいって言ってきたの。二人も一緒に王都に行けばいいのよ」
ナイス名案、と自画自賛する王妃。
「因みにその時はなんて答えたの?」
「豪族縁者の紹介とご両親の許可が必要って答えたわ。わたくし自らが紹介しますし、ご両親だってわたくしが説得しますわ」
一般の民にとって豪族の、ましてや王妃の説得は命令に等しい。
「だめ!」
誰よりも早くアリーシャが異を唱えた。
「おじさんもおばさんもムーちゃんを可愛がってる。連れてったら悲しむ。カシムだってそう。かかさまは会いに来てくれてた。でもムーちゃんたちを連れてったら、カンタンに会えなくなっちゃう。かかさまよりずっと悲しい思いをする。だから、そんなの絶対ダメ!」
さすがにその事に思い至ったのか、王妃も言葉を失う。
「……いい方法がありますわ」
今まで黙って聞いていたバルバラが口を開く。
「お母様はアリーシャと一緒にいたい、一緒に冬を越したい、ですよね?」
冷静且つ静かな確認に頷く王妃。
「アリーシャは今すぐ村を出て、友達と離れ離れになるのは嫌。だけど友達を連れて行くのも嫌。間違いない?」
「あい」
大きく頷く。
「でしたら簡単ですわ。お母様がマテス村に残ればいいんです」
えっ、と声が漏れる王妃と、そりゃ名案だと頷く老夫婦。ジョーもニヤニヤ笑っている。
「いえ、いえ、そんなの無理ですわ。わたくしだってそうしたいですが、王妃としての務めもありますし、」
「急には無理、準備が必要?」
「そ、そうです」
「ならばアリーシャにも準備の時間を与えてください。それともお母様ができないことをこんな小さい子に強いるのですか?」
次女の言葉に天を仰ぐ王妃。次女の成長は嬉しいが、こういう確かめ方は不本意だ。
「ねえ、ジディ。わたし思ったんだけど」
砕けた口調で親友が口を挟む。
「自分が正しいと思ったら、周りがどう思うか関係なく『こうすればできる』『こうすべきだ』みたいな態度が、周りから信頼されず、軽んじられる原因なんじゃないの?」
「うっ」
散々、王都での自分の扱いについて愚痴を吐き出した相手からの思いもよらぬ反撃に、王妃はついに白旗を上げた。
アリーシャはこの冬をマテス村で越す。
王妃は王都でメイドのことを調べ、調査がまとまったら一度アリーシャは王都に来て、確認を行う。
その後、王都に留まるかはなりゆきだが、基本アリーシャの意思を尊重する(但し王の命令があった場合はそちらが優先される)。
話し合いにより、以上三点が決まった。
「アリーシャ」
明るい笑顔で出ていこうとする孫娘を老夫婦が呼び止めた。
「この先どうなっても、ずっとここに居ていいし、いつでも帰ってきていいんだぞ」
「ありがとう、じぃじ、ばぁば。マテス村がリーの故郷です」
アリーシャは満面の笑顔でそう答えた。
* * *
その夜のパーティはアリーシャを気遣う村人が多く、入れ代わり立ち代わり村人が訪れた。
アリーシャが村を離れるという噂も手伝って、想像以上にきた村人に財布を預かる侍女が少々青い顔をしていたが、アリーシャは終始ご機嫌だった。
スカートをちょっと摘まんで行うカーテシーを村人達に披露し、まるでお姫様みたいだ、いやお姫様だろ、と褒められ鼻の頭を膨らませていた。
ムティアとカシムにもこの冬は一緒に居られることを告げると、ムティアがわんわん泣き出してしまったり、実は既に両親の了解を取り付けたカシムが、王妃様に紹介状をねだったりしていた。
「で、結局このパーティってなんなの? アリーシャのお別れ会って聞いてきたんだけど」
「お別れは延期。メインは快気祝いだよ」
「えっ、あの子病気だったの?」
「それも違う。……胸糞悪くなる話だが、火傷だよ」
知らなかった者達はこの場で初めて事情を聞かされ、沈痛な表情を浮かべる。
以前だったら【底抜け】が相手なら仕方がないって空気になっていただろう。しかし実際に触れあった女の子がそんな目にあったことを、仕方がないと言える者は誰一人いなかった。
女達はアリーシャの装いに目が行っている。
アリーシャが自分で髪を結うことは知られていたが、今日の装いは多数のリボンを使った複雑な髪結いに見たこともない装飾の木の髪飾りをつけていた。
「一品もの?」
「噂のレアドロップって奴かなぁ。さすが王族」
そんな女達ににっこり笑って、
「ちがうよ。リーが作ったんだよ」
と懐からナイフを取り出す。
私にも作って、という声も多いが、ムティアとかかさまとねーさまが先、と一蹴されていた。
宴もたけなわとなったころ、デザートが準備された。リンゴである。
魔法をかけないように注意した後、ナイフでアリーシャが剥き始める。
初めは腰が引けていた村人たちだったが、侍女が【清潔】の魔法をかけ、子供たちや王妃付きの供回りまで手を伸ばす姿に、村人たちも食べてみると驚きが広がる。
今までリンゴといえば『こういう味』と決まっていたが、それとは異なるが、甘かったり固かったり酸味があったり、と味わいがあり【適正化】されていない食材への興味が広がっていく。
狩人のおっちゃんが村長にリンゴの樹の植樹と村の特産化についても話していた。
きっと数年後にはこんなリンゴが普通に食べられる日が来ることだろう。
* * *
「アリーシャ、一緒に寝ましょう」
その晩、枕を持った王妃と姉がアリーシャの部屋を訪れた。バルバラが一緒に寝たことを聞きつけた王妃が、じゃあわたくしも、となったのだが、バルバラも譲るつもりは無く、結果三人で川の字になって寝ることになった。
バルバラがアリーシャを抱き枕にし、その二人をまとめて王妃が抱き枕にしたところ、あっつい~、というアリーシャの訴えに抱き枕は諦める二人。
手を繋いで布団に入ってからも話が尽きず、三人のクスクス笑いは夜遅くまで続いていた。
翌朝、アリーシャもジョーもブリージダもバルバラもステラも、誰の表情も曇ってはいない。誰にとっても得るもののあったマテス村滞在が終わり、王妃たち一行は朝陽の方角、王都へ向けて飛び立っていった。
アリーシャのマテス村での最後の冬がすぐそこまで近づいていた。
* * *
「そうだんして良かった。キチンとお話しして良かった」
魔力のこと、魔臓を抜いたこと、そして村に留まりたいという気持ちのこと。
正しい、正しくないで言えば、正しくないかもしれない。
それでも、アリーシャの気分は軽く、幸せな気持ちでいられた。
「キチンと話し合おう。『にいさま』と」
明日も投稿予定
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