(11)森へ行こう
季節は巡り、年が明け、グリゴリ王の第三姫アリーシャは、マテス村で五歳の春を迎えていた。
マテス村の子供、一歳年上の女の子ムティア(作戦名:ガンガン行こうぜ)と同い年のカシム(作戦名:ついていきます)、それにアリーシャ(作戦名:好奇心最優先)というストッパー不在の三人組は村の大人たちにとって目が離せない存在であった。
それでも五歳になれば色々と村の仕事を覚えていかなければならない。
「よりによってこいつらのお守りかよ」
森での採集と狩りを得意とする男(通称狩人のおっちゃん)について、三人は初めて森に入ることになった。
とはいえ、おっちゃんが自分を含めた全員に【獣除け】【迷い除け】の魔法をかけたので、普通の獣しか出ない人の領域の森では危険もないし、迷子の心配もない。
しかしアリーシャの世話人にして心配性のジョーは更に【鳥除け】【虫除け】【防護】【位置発振】【腹下し除け】をかけて送り出した。
本当は同行も申し出たのだが、過保護すぎんだろ、と断られていた。
三人は森で食べられる木の実や果物の生えている場所やキノコの見分け方などを教わっていく。
【獣除け】の魔法さえかけてもらえれば子供でもこの辺の採集は安全にできるようになる。
そうして採った物を家に持って帰ったり、売ったりして子供たちは小遣いを稼いでいた。
「特にアリーシャは底抜けだから、こうやって少しでも稼がないとな。でも誰かに【獣除け】かけてもらうんじゃ赤字か」
笑いながら言うおっちゃんの言葉に悪意は感じられなかったが、ムティアとカシムは何となく嫌な気持になっていた。
でもアリーシャが、「うんそうだね。おっちゃんもっと教えて」、と気にした様子を見せなかったため、何も言わずにいた。
森の中で赤い実をつける木苺の樹をみつけ、歓声を上げる子供たち。狩人の指示で実をもいでいくが、アリーシャが時々、採った実を口に入れ、ムティアとカシムもそれを真似て、籠3、口1の割合で木苺を採っていく。
「きたねぇ食い方すんなよ」
その様子に狩人が、文字通り子供を叱る大人の口調で3人を窘めた。
「ごめんなさい。マジメにやります」
子供たちの言葉に、そうじゃねぇ、と狩人。
「魔法を使わないで食うのはサイレント共の食い方だ、って底抜けなら当然かもしれねぇが、そっちの二人はちゃんとその辺弁えないとな」
その言葉に二人は露骨に不機嫌な顔をして、いつもニコニコしているアリーシャさえも、ちょっとムッとした顔で、
「ちゃんとおせーて」
と、頬を膨らませた。
「まあ、見てな。ステータスオープン」
狩人の前にうっすらと光る板状のものが現れた。
「みせて、みせて」
好奇心を抑えきれないアリーシャがせがんで画面を見せてもらうが、何も映っていない。本人しか内容を見ることができないのだ。
ぶーっ、と口を鳴らして不機嫌さをアピールするアリーシャを気にせず、狩人は木苺がなったままの枝を何本か手折り、インベントリに収納し、すぐに取り出した。
木苺の枝は収納前とは姿を変え、複数ある枝は実の付き方も枝ぶりも全部同じになっていた。
「食ってみな」
アリーシャが手渡された『インベントリから出した木苺』を枝からもぐと、手の中で光となって消えてしまった。
枝に付いたままの木苺をそのまま齧っても同じだった。少し酸味のある甘さも歯触りも感じられない。口の中で光の粒になって消えてしまったのだろう。
「なんで?」
「さいてきかされちゃったのよ」
ムティアが少し得意げに説明する。
狩人は別の枝に【食用】の呪文をかけて、再度アリーシャに渡す。恐る恐るもいでみると、今度は光にならず、手の中に紅い実が残った。食べてみるとほんのり甘酸っぱい甘さが口に広がる。だが、
「なんでわざわざ魔法をかけるの?」
「昔っからそうやってるからだよ。それに魔法をかけてないものを口に入れるなんて、ぞっとするね」
魔法を使うことが当たり前の人の感覚では、魔法を使わない物を食すのは不潔という感覚なのだろう。魔法を使えない者が、汚い、穢れているというされる原因の一つかもしれなかった。
考え込むアリーシャの手の中にあった【食用】がかけられた木苺の枝が光とともに消えていった。魔法の効果時間が切れたのだ。
「……魔法って、ほんとうにベンリなのかな?」
アリーシャは誰にともなく呟いた。




