似た物兄妹
最近インフルが流行ってて怖いですね。
「えーと……とりあえず無事か?」
俺に声を掛けられてハッとなる女騎士。呆けていた事に今更気が付いたのか、軽く頭を横に振る。
「あ、ああ、大丈夫だ……です」
「……なんで敬語?」
先ほどまでとは打って変わって口調も弱々しい。ああ、そういえば結構怪我もしてたしな。身体が弱ると心も弱るだろうし、無理もないか。
そう思った俺は女騎士の頭に向けて手を伸ばした。
「あ、あの……何を?」
「ん? 流石に傷ついたままってのはしんどいだろうと思って」
そう返して、女騎士の頭に手を乗せる。彼女の髪に手が触れた瞬間、身体がビクッと震えたのが分かった。
「綺麗な髪だな」
「へ?」
先ほどまでの男勝りな態度と、騎士という職業柄、それほど身の回りには気を使ってないと思っていたが、それは偏見だったと気付く。
元の世界ではあまり見ない銀の髪という物珍しさもあったし、触れた時の柔らかさも相まってそんな事を口にしていた。
「ちょっと痛むかもしれないけど、動くなよ」
女騎士に触れた手から聖術を発動させる。俺の手から淡い光が灯り、女騎士の身体を包んでいく。
「……っ!?」
恐らく痛むのだろう。女騎士の身体が僅かに歪む。だがこの程度の傷ならその痛みも一瞬のはずだ。ちなみに腹を掻っ捌かれた時は数十秒間痛みが続いた。出来ればあんな痛みは二度と御免被りたい。
時間にすれば1、2秒程聖術を使い、女騎士の身体を治す。回復と言えば"癒す"という表現が正しい気もするが、治療の際に痛みを伴うため、あまり癒すという表現は適切でない気もするので、あくまで"治す"という表現しかするつもりはない。どうでもいいかもしれないが。
まあそれでも古い傷でもない限り、外傷はなくなるのだから悪い話でもないと思う。
「はい終わりっと」
「あっ……」
女騎士の頭から手を放す。
手を放した時、なんとなく名残惜しそうな声が聞こえた気もするが……なんだろう。まさか痛みが消えて残念だとでもいうのだろうか。まさかドのつくMな方だったんだろうか。
「とりあえず傷は消えたと思うけど、細かいところは分からないから自分で確認しておいてくれ」
「傷が消え……!?」
バッ! という音が鳴りそうな勢いで、女騎士は自分の腕を、身体を見回す。
うん、確認してるのは分かるんだけど、自分の身体を見るのに胸元を開いて覗くのは止めてくれ。まだ俺が正面にいるんだから……ぬう、鎧を身に着けていたからか、外からは分からなかったが意外とあるな……
そんな俺の失礼な思考を知ってか知らずか、女騎士は興奮冷めやらぬような表情で俺の方を向き。
「先ほどの傷が全部消えている……貴方は一体?」
と、問いかけて来た。俺が何者かと。
「ただの学生です」
だから普通に答えた。だって別に何者でもないし。
「そ……」
「そ?」
「そんなわけあるかあああああああああ!!」
女騎士の絶叫が辺りに響き渡る。
「ただの学生が!! 私が手も足も出なかった魔族を易々と倒して!! あまつさえ見たことも聞いたこともないような回復魔法を使って!! そんな事出来るわけがないだろう!! しかもそれで戦闘スキルも魔法スキルもないだと!? ふざけるのも大概にしろよもおおおおお!! なんなのよおおおお!!」
あ、壊れた。
「って言われてもなぁ。別に嘘ついてるわけでもないし」
だって戦えないなんて一言も言ってないし、魔法が使えないなんて事も言ってない。もちろん聞かれてないから戦えるとも魔法が使えるとも言ってないが。
「弟子にしてください」
「は?」
いきなり叫び出したかと思えば、急にトーンを落としてそんな事を言った。
「ちょっと意味が分からないんですけど」
「弟子にしてください」
え? どういうこと? 弟子?
いきなりの展開過ぎて一瞬思考が停止する。
「どうされましたか? 師匠」
「いや、物凄く自然に師匠とか言ってるけど、弟子って何?」
「師から教えを受け、修行をする事です」
「違う、そうじゃない」
言葉を間違えたらしい。弟子という言葉の意味を答えられてしまった。
「先ほど魔族を屠った剣技、私の怪我を治療してくれた事、全てに感銘致しました。同時に自分の未熟さを痛感したのです。だからこそ貴方に教えを請い、更に強くなりたい」
「急にそんな事言われても……」
「もちろん対価は用意するつもりです。私もアリシア様の近衛という立場ですので、それなりに貯えがあります。そ、それに望まれるのであれば、その……身体で支払っても……」
「よしちょっと落ち着こうか」
そんな簡単に身体を差し出しちゃダメだろう常識的に考えて。
「私は冷静です。先払いでも構いません」
「冷静なのと全く関係なくね!?」
「何故です! 私の身体に魅力がないとでも!?」
「ちげぇ!? っていうかさっき貯えがどうとか言ってたけど完全に支払方法が身体一択になってるよねそれ!?」
初対面の時に感じた印象がガラガラと音を立てて崩れていく。もしかしてコイツはポンコツなのかもしれない。
「なんでしたら今ここで……っ!!」
「こんなところで何してんだお前は!!」
「あたっ!!」
いきなり鎧ごと服を脱ごうとしていた女騎士の頭に拳骨が落とされる。言っておくが俺じゃないぞ?
「に……兄様……?」
「全く、魔族が出たと聞いて飛んで来てみればいきなり妹が脱ぎだす場面に出くわすとは……」
兄様……ってことは女騎士の兄ってことだよな。またなんというか……よく分からない縁ってのはあるもんだ。
「ソータ殿、馬鹿妹が迷惑をかけたようで申し訳ない」
「まさかお前の妹だとは思ってもいなかったけどな……」
「兄様、師匠とお知り合いなのですか?」
「誰が師匠やねん」
またサラリと俺の事を師匠と呼ぶ女騎士。思わずツッコんじゃったじゃないか
「師匠……? ああ、なるほど。そういうことか」
「兄様?」
女騎士の兄--クラウスは何かを察したらしい。
「レナリス、お前魔族に負けたんだろう。それも相当こっ酷く」
「うぐっ!」
「そしてそれをソータ殿に助けられた」
「ふぐぅ」
「更に怪我まで治療して貰った、と」
「……ひゃい」
「そしてソータ殿の実力を見て、いきなり弟子入りでも志願したんだろう。全くこの馬鹿妹は……」
「ぐぬぬ……」
すごいなクラウス、まるで見てたかのように言い当てていく。対して女騎士--レナリスはクラウスが言い当てていく度に変なリアクションを取っていた。
「し、しかし兄様。兄様は何故師匠の事をご存じなのですか?」
「師匠言うな」
「私もソータ殿に手酷くやられているからな。そしてソータ殿が回復魔法……と呼んで良いのかは分からないが、同じように治療して貰ったからな」
あの時の事を思い出しているのか、クラウスが苦笑する。
「だからお前の気持ちが分からないではない。ソータ殿の格闘術はそれほどの物だった」
「兄様、師匠は魔族を剣で倒したのですが?」
「え?」
「え?」
どうやらクラウスは俺の事を格闘家か何かだと思っていたらしい。対してレナリスは俺の事を剣士だと思っているようで、お互い噛み合わずに、キョトンとした顔で俺の方を見てくる。
「ソータ殿……ソータ殿は剣術にも覚えが?」
「兄様を素手で……いくらなんでもそんな……」
両者共に抱いている疑問は若干違うながらも、複数の戦闘スタイルを持っている事に驚愕しているらしい事は分かった。この世界では得意武器は一つだけ、とか決まりがあるんだろうか?
「別にどれが特別得意ってわけじゃないけど、母さん達に教えられて剣と槍と短剣と弓と格闘術くらいは使える。あと教えられたのは魔法と罠と聖術くらいかな。一応戦術と錬金術も習ったけど……」
まあ別に隠す事でもないので、自分が使える武器くらいは教えても良いだろう。っておや、クラウスとレナリスが固まってるな。
「剣術と格闘術だけでも異常なのに、その上槍や弓まで……」
「で、でも師匠は剣しか持っていないようですが」
「え? あるよここに」
懐にしまってあったラノとルノを取り出した後、収納空間を開いて愛用の槍であるガロンを取り出す。続いて同じく愛用の弓--イチイバルを取り出した。
ガロンは何の装飾もない無骨な作りの長槍だが、魔力を籠めればなんでも貫けるようになるので、非常に使い勝手が良い。
イチイバルは魔力で作った矢を一度に何発も発射出来るので、大群相手に遠距離から先制攻撃をするのに圧倒的な火力を発揮する。ちなみに他の武器とは違ってイチイバルだけはその名前が神話に出てくる武器と名前が被っているが、恐らくシルヴィ母さんがどこかで耳にした名前を適当に付けたに違いない。
遠い目をして「アイツはなかなかしぶとかった……」とか言っていた気もするが記憶違いだ。絶対。
「……今どこから出したのです?」
「どこって、収納空間から」
「まさか時空魔法……?」
「あー、それミアも同じ事言ってたけど、ただの空間魔法だから」
時空魔法なんて聞いたことないけど、この世界にはある魔法なんだろうな。多分。でもクラウスが知らないって事は空間魔法は珍しいんだろうか。
俺が答えたっきり、クラウスもレナリスも黙り込んでしまったので、どうかしたのかと思ってクラウスの方を見ると、何か目に怪しい光を湛えていた。あ、この目見たことあるぞ。しかもついさっき。
嫌な予感がしたのでとっととこの場を離れようと判断した。
「さてじゃあ王都に帰」
「「「弟子にしてください!!」」」
目の前の兄妹のみならず、一言も発さず俺達のやり取りを見ていたミアまでそんな事を言い出すので、俺は思わずため息を零した。
ひょーかぶっくまーかんそーおなしゃー




