32話 大手通信会社社員、アテンナの活躍を知らない①
国王軍の基地の惨状にフェルナンドは立ち竦んだ。
ちなみにモンスタースポーン討伐に従事している国王軍の基地は10近くある。
フェルナンドが現在訪れている基地は物資の保管がメインとなる後方支援基地だ。
それ故に唯一特別な許可無く接近を許されている基地である。勿論無断侵入は出来ないが。
物資の搬入などのため必要に応じて一般人を招き入れる可能性のある基地であり、モンスタースポーンから1番遠く安全な場所になっている。
つまりフェルナンドが今いる基地は後方支援目的の基地であり、本来医療目的の基地ではない。
フェルナンドは何度が通常時の基地まで来ている。普段の様子を知っていた。
だからこの場所に負傷者が溢れていることは、フェルナンドは異常事態だとすぐに気づいた。
(やっぱり、タルムン会長の判断は正しかったんだ!!)
フェルナンドは意を決して基地に無断で立ち入る。通常であれば拘束されるべき行動だ。
だが、入り口を警護している人間は誰もいない。
そこには2種類人間、負傷者と救護者だけしかいなかった。
「タルムン商店です!! 医療品を持ってきました!!」
フェルナンドは叫んだ。その声は震えていたが、熱量があった。
役に立ちたい! 役に立てる! 役に立たねば! そんな使命感がフェルナンドに力を与える。
すぐに近くにいた3人の救護者達が走り寄ってきた。
「ど、どうしてここに?」
「それより、医療品だって??」
「どれぐらいだ?」
立て続けに喋る救護者達。
「馬車5台分です! 積み荷を降ろすんで、入り口近くのスペースを空けてください!
あと、足りない物資を教えてもらえれば、街まで戻って追加で持ってきます!」
「わかった! 俺とヨハネスで物資搬入の手伝いをしよう」
「任せる! 君はこっちに来てくれ。救護班の隊長がいるから」
「わかりました」
フェルナンドは負傷者達の隙間を縫うように進み、救護班班長のもとに連れてこられた。
「アテンナ隊長!! タルムン商店の方たちが医療品を持ってきてくれました!」
「なんだとぉ!?」
医療班班長アテンナは驚き振り返り、フェルナンドを見つける。
そして近寄り一言。
「君がタルムン商店の方か!?」
「は、っはい」
アテンナは目を見開き、握手した。
「本当に助かる!! ハッキリ言ってこれだけのピンチは初めてなんだ!」
「あ、はい」
フェルナンドは目を逸らした。アテンナが美しく委縮してしまったのだ。
170センチ以上あるフェルナンドとほぼ同じ背丈で、長い真紅の髪と吸い込まれそうな真紅の瞳。
端正な顔から熱い視線で見つめられ、力強い握手でフェルナンドはほだされそうになっていた。
だがフェルナンドは途中から違和感を感じ出す。
目の前の麗人から、蛇に睨まれているような圧迫される感覚。
アテンナの圧迫感のある視線は、フェルナンドを見ているのか、それとも彼の奥の何かを見ているのか。 フェルナンドはどうしていいのかわからなくなる。
「え、えっと……」
「おっとすまない! ちなみに何を持ってきてくれたんだ?」
「あ~、包帯とか治療薬がメインですね。あって困らないものをメインで持ってきました。
後は鎮痛剤、解熱剤、あとは魔石ですね」
「魔石!? すぐに魔石が欲しいな!」
「私が持ってきます!」
フェルナンドを連れて来た兵士は走って魔石を取りに行った。
「必要なものがあれば、再度持ってきますよ。
そ、その、第2陣はもう出発してくれていると思いますし」
「素晴らしい!! なんて迅速なんだ!」
アテンナは目を輝かせる。
(か、可愛い……)
フェルナンドはドキドキが止まらない。
さっきの圧迫されるような感覚は忘れ去ってしまった。
「必要なものがあれば再度持ってきてくれると言っていたけど、君が持ってきてくれるのかい?」
「え、ええ。早馬を走らせるのは僕が一番早いから……」
「ううむ! 優秀な男なんだな君は! では必要物資を伝えていいだろうか?」
美人に褒められて、フェルナンドは体が熱くなった。
フェルナンド19歳、青春である。
「どうぞどうぞ!」
「うむ! まずはギルドに連絡して戦える者と回復の出来る人物を手配して欲しい。それが最優先だ。
あとは医療品よりは魔石が欲しい。医療結界を作ったほうが早そうだからね」
医療結界は、特定の範囲内を治癒の魔力で蔓延させる結界だ。
過去にアイシャが西のダンジョンで一定範囲を浄化し、休憩場所を確保していた。あれの上位版だ。
「わかりました! もしよかったら負傷者を馬車で連れていきますが……」
「それはありがたいが、後回しでいい。物資優先で構わない」
「わかりました! じゃあ、街まで戻ります」
「すまない! 感謝する!」
フェルナンドは急いで馬に戻ろうとする。
そんな時――
「くぅー、本当はヒールスライムジェルがもっとあればなあ!」
フェルナンドは振り返る。
「ヒールスライムジェルなら……沢山ありますけど」
「な、なにぃい!!?」
(何せ売れ残ってますから。あれ? 売り捌いたんだっけ? まあ倉庫にいっぱいあったし)
「全て貰おう!」
**
その後、フェルナンドは早馬で街へ。使命感に駆られた青年は、最高速度で街まで駆ける。
フェルナンドは走った。フェルナンドは風になった。
フェルナンドの報告で、国王軍が欲している物資や、戦力と回復要員が必要な事がタルムンに伝わる。
そこからソロモンシティの管理局に伝わり、緊急事態として物資確保や人員確保に動き出す。
だが、タルムン商店以外の商店はもたついた。準備も出来ていないし、急過ぎてどこまで準備していいかわからない状況だ。
ギルド関係者も、結局誰を連れていけばいいのかわからず、結局タルムン商店頼みになった。
結局、タルムン商店の独壇場となったわけだ。
****
国王軍医療班隊長のアテンナは医療結界の準備をしていた。
手にはタルムン商店が持ってきた魔石が。
「ほほう! これは素晴らしい純度の魔石ではないか!」
アテンナはタルムン商店が持ってきた魔石を見て感動する。
医療結界を維持するには大量の魔力が必要なので、魔石はいくらあっても足りないからだ。
結界作成を手伝っていた男は、ひと段落したことを確認した。
あとは、四方から魔力を注ぎ込めば医療結界が完成する。
「これからどうされますか?」
「うむ! 手の空いてるもの……などいないが、回復魔法が使える人間を集めて医療結界起動してくれ
! 基礎は構築済みだ」
「わかりました」
そしてアテンナは長い髪を纏め縛った。
アテンナは癒しの顔から戦いの顔に変わった。
「向かわれるのですね」
「うむ。負傷者を助けても、防衛線が崩壊すれば終わりだからな」
「なるほど。どちらに行かれるんですか?」
選択肢は二つあった。
一つ目はモンスタースポーン攻略のため、突き進んでいる精鋭部隊。
伝令を一名走らせているが、アテンナ自身が攻略組に合流すれば多少の無理な帰還を可能に出来る。
もう一つは突如敵が溢れ出してきた東側の防衛ライン。
「東だな。攻略組は問題ないだろう。ウッドブレスもいるし、なにより隊長がいるしな!」
「そうですね」
国王軍は大まかに攻略組と防衛組、そして医療班と物資搬入班に別れる。
モンスタースポーンはとある特性から、時間が経過すればするほど破壊が難しくなる。
しかしモンスタースポーンは無尽蔵にモンスターを輩出してくる。
やみくもに討伐に向かってはいつの間にか退路がモンスターで塞がれ、そして孤立し物資が足りなくなる可能性がある。
迅速かつ計画的に攻略しなければならない。
そんな状況を考慮して、モンスタースポーン討伐のスペシャリストである国王軍はフォーメーションを考案した。
まずはモンスタスポーンを中心に扇形に防衛ラインを引き、魔物が防衛線を越えて溢れ出すのを防ぐ。
これはソロモンシティのようなモンスタースポーン周辺の都市を護るためだ。
そして国王軍の中でも特別優秀な精鋭たちで構成された攻略組がモンスタースポーンに向かって進軍する。
進行が成功する度に前線基地を押し上げていく。そして前線基地に引っ張られるように防衛ラインが押し上げられていく。
扇状だった防衛線が、徐々にモンスタースポーンを包囲するような形になっていくのだ。
そのため移動用の大型テントが重宝されている。
大まかに言うとこの方法で多くのモンスタースポーンを攻略してきた。
だが今回は、防衛線の手薄になったところにモンスターが湧き出してしまった。
更に運が悪いことに攻略組は前線に向かっていたタイミングで。
まるで狙っていたかのようにモンスターが湧き出したわけだ。
今回の唯一の救いだったのがアテンナが攻略組に参加していなかったことだろう。
彼女は、医療班隊長でありなら攻略組に属している。
彼女がいなければ死者はもっと増えたであろう。
不幸中の幸いと言える。
そんな彼女が防衛線を死守するために、戦場に向かえる状況になったのはタルムン商店の援助のお陰だ。
仮にタルムン商店が来なければ、アテンナは戦いには出れなかった。
そうなれば防衛線は崩壊していた可能性が非常に高い。
それだけアテンナは強力な戦力である。
攻略組の面々は歴戦の猛者である。だが戦況を一変させれる人物となると数えるほどしかいない。
1人は総隊長。もう1人は【万里眼のウッドブレス】。そして【回復狂いのアテンナ】である。
(タルムン商店。感謝するぞ)
アテンナは心の中で最敬礼した。そして――
「じゃあ! 行ってくる!」
アテンナは駆け出して行った。魔石だけを持って。
「御武運を」
そう言って送り出した兵士は思った。
これで防衛線は問題ないな、と。




