30話 大手通信会社社員、タルムン商店の裏側を知らない②
開いたドアに気付くタルナード。そして父に気付いた。
「――父さん」
「タルナード」
入った部屋は、貴金属や高価な商品を扱う場所だ。
部屋の中には6人の職員が働いている。皆、表情は渋く重い空気。
更に、タルムンとタルナードの間には誰も割って入れない重々しい空気が。
少しの沈黙の後――
「――久しぶりなのね」
父がまず口を開いた。
「ああ」
子はつれない態度で返す。表情には不満が満ちていた。
「今日は、何しに来たのね?」
「何しにじゃないだね。東支店はミスが圧倒的に多いから来たんだね」
「……ミス??」
「そうだーね! 過剰仕入れと経理のミスが他の支店に比べて圧倒的に多いだね!」
タルムンはなるほどと思った。
タルムンは基本的に予想より多めに仕入れるようにしている。
在庫不足で売れない状況を作るぐらいなら多少余らせたほうが良いと思っているからだ。
では余った場合はどうするかというと、投げ売りしたり、何かとセットで販売したりする。
加えてタルムンは決断スピードが速く、在庫は極力持たないような商売を好む。
そんな訳で朝は在った商品が昼には無くなっていたりする。
特に電話を取り入れてからは、他の支店からも必要に応じて取り寄せる事も増えた。
その皺寄せが経理にいく。経理がミスをしているのではなく、タルムンの無茶が経理のミスに見えているだけなのだ。
「そうかもしれないけど、売り上げは好調のはずなのね」
「売り上げがいいからって、ミスして良いとは限らないんだね!」
タルムンは自身の想定外のミスをしたことは殆ど無い。
故にタルムンは言い返したい気持ちがある反面、タルナードの意見にも一理あると思った。
そして何より――
(タルナードを……社長を立てるべきなのね)
タルムンは自身の影響力を理解していた。
社長はタルナードだが、まだタルムンの方が影響力があることを。
ここで言い返せば、タルナードの信頼に傷がつくかもしれないと考えた。
「確かにそうなのね。今後はミスを減らすように努力するのね。
でも、職員のみんなは萎縮しちゃってるのね。どうしてまた急に来たのね??」
「はぁー、今日は職員に文句を言いに来たんじゃない。父さんに言いに来たんだね!」
「私? なのね」
「父さんが昼出社だと聞いて、時間があったから見回っていたのね!」
「今日は診療所に行ってたからね、ごめんなのね。それでどうしたのね??」
タルナードはガリガリとこめかみを掻いた。
「ヒールスライムの件なのね!!」
タルムンは少しホッとした。昨日のうちに大方処理できる目途がたっているからだ。
「ああ、ヒールスライムジェルなら何とか捌けそうなのね」
「そういう問題じゃないのね! 売り捌けたとしても人件費を考えたら大きな損失なのね!
勝手なことをされると困るんだね!!」
事実赤字覚悟で大安売りしているので利益は殆ど無い予定だ。
人件費を考えれば損失は間違いなかった。
「それは……確かにそうなのね」
「東支店だけなら目もつぶれるけど、他の支店まで巻き込まれると迷惑なのね!
ヒールスライムは父さんの差し金だと聞いたのね! いつの間にかデンワなんていうよくわからない装置まで導入して……」
タルナードの発言に、マヤを筆頭にその場にいた社員たちの顔が歪んだ。
東支店にとって電話は一体感を生み出したシンボルになっている。
慌ててタルムンはフォローを入れる。
「デンワは関係ないのね。今回の件は単に私の読みが外れただけなのね」
「危ないところだったのね。偶然ヒールスライムを大量発注する情報を聞いてなかったらもっと大きな被害になっていたのね。
念のため、発注量を減らしておいて正解だったのね」
タルナードの発言に、タルムンは少し首を捻った。
「発注量を……減らしたのね??」
「そうなのね! 『会長からの指示ですので』なんていうから仕方なく7割にするように命令したのね!」
タルムンの中では1本の線が繋がった。
(そうか……、だから想定より簡単に捌くことが出来たのね……)
タルムンはヒールスライムジェルが国王軍に売れないことが分かった後、かなり厳しい事態に陥ったと思っていた。
量が量だけに、売り捌ききれない可能性も十分あった。
ヒールスライムジェルは時間経過で価値がどんどん下がるので、あと数日もすればただのスライムジェルになってしまう。
だが、予想以上に捌くことが出来た。タルムンは従業員の努力だと思っていたが、実際はタルナードが発注量を減らしていたというわけだ。
タルムンは事実が判明し納得した。
だが、タルムンの中で別の疑問が浮上する。
「タ、タルナード。まさかとは思うけど、発注日はズラしてないのね?」
「発注日? 納品日の事なのね?」
「そうなのね。予定では確か……」
「6日前の朝です」
マヤが手帳から正確な日時を伝える。
「ん? ズレたはずだね。確認作業を行ったから少なくとも1日はズレたはずなのね」
タルムンはガックリ肩を落とした。
ヒーリングスライムジェルが売れなかった事の原因が他ならぬ息子だったからだ。
「な、なんてことをしてくれたのね! 1日ズレたら売れなくて当然なのね!
国王軍がヒールスライムジェルの要望を出したのは5日前の昼なのね!
予定通りだったら、ちゃんと売れていたはずなのね!」
ドルゴ商店なら4日前の昼には掻き集めて持っていったはずだ。
南商店のサザランには『国王軍から連絡があれば、その日のうちに持っていくように』と伝えてあった。
タルムンの作戦通りであれば、問題なく全て売れていたはずなのだ。
「そんな博打みたいなことダメなのね! ちゃんと確認してからじゃないと危険なのね!」
「か、確認しているうちに商機は逃げてしまうのね! チャンスは待ってくれないのね!」
「だ、だからって――」
親子の争いの最中、部屋のドアが乱暴に開いた。
「ハアハア、い、いらっしゃった!」
オイヤーが息を切らしてやってきたのだ。
いつになく真剣な顔で、いつもと違いギャグも言わず。
「どうしたのね?」
タルムンはすぐに緊急事態だと理解した。親子喧嘩している場合では無い事も。
「み、南支店から先程デンワがありました」
「ッチ、またデンワなのね」
タルナードは小さく呟いた。だが彼もタルムン商店の現社長である。
緊急事態だということはわかっているので、聞こえない程度に小さく、小さく。
「それで?」
オイヤーは大きく深呼吸した。
「――国王軍の本部に立ち寄った馬車からの報告ですが、モンスタースポーンで何かあった模様です」
その場にいる全員が凍り付いた。
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