レコーディングのために東京へ
昨日はどうなったんだろう。そういえばお風呂に入ってから記憶がないんだけど、どうなった?そんな風に考えながら、目を開けると真横に優斗が寝ていた。久しぶりにこの寝顔見たけど、やっぱりかっこいい。男らしくて、かっこいいのに無防備な格好を晒しているというギャップがいいのだ。
せっかくだから、お味噌汁でも作ろうかと思ったけど、勝手に材料使うの躊躇して、やめた。いつもは私の寝顔見てるんだから、私が眺めていても悪くはないよね。やっぱりかわいい。せっかくだから悪戯したいな。
そう思って、男もすなる”おはちゅん”なるものを女の私もしてみんとてするなり。さてまずは胸元に鼻を近付けて服の上から匂いを嗅ぐ。次に優斗の胸元に入り込んで生で匂いを楽しみながら、優斗の胸を愛撫する。その後いよいよメインディッシュだよね。
夜這いをするつもりはなかったし、寝込みを襲う気もなかったんだけど、起きないし寂しいし、可愛いから許してほしい。怒られたら謝ろう。
さて、朝から元気な優斗のエクスカリバーを手で弄る。せっかくだから触っていた手の匂いも嗅いで、優斗のエクスカリバーの匂いも嗅ぐ。最後にペロリと舐めて、胸で挟んでみる。そろそろ起きるかな。元に戻して、横にピタリとくっ付いておく。また眠たくなって来たかも。もう少しだけ、横で寝よう。
「おぁよ。元気?」
「おう。よく寝れた気がするわ」
どうやら朝の私の所業はバレなかったようだ。可愛いな。
「そうだ、飯いつものでいいだろ?」
そう言っていつものメニューを持って来た。やっぱり作ってくれたんだ。流石優斗。褒めてあげないと。
「うん。いつもありがとう♡」
「お、おう。俺が返せるのはこれくらいだからな」
「それが嬉しいんだよ」
「そうか。そういえばレコーディング行くんだろ?何時に出る?」
「徳島を13時24分発だから、ご飯食べてすぐに空港に向かう感じかも。準備が必要なのはパソコンと下着ぐらいかな。パジャマ臭くない?嗅いでほしい」
「そうか。匂いも別に変じゃないと思う」
「ありがとう。服も2着入ってるし、歯ブラシはここに入っているし、シャンプーとかは借りれるだろうし、ドライヤーもあるはず。何かいりそうなものあるっけ?」
「俺に聞かれてもしらん」
「それはそう。よし、NAOに聞こう」
結局足して必要なものはなかったので、朝ごはんを一緒に食べて、優斗の家を後にした。ちなみにキスは15分ぐらいの間に何回もした。
「レコーディング終わった後何かするのか?」とTXTが来たのを見たのは飛行機に乗る30分前だった。私は「特に何も。明日の夜には帰ってるから。あ、でも明後日バイトかも」と返した。我ながらスケジュールバカすぎると思う。レコーディングして喉を枯らした翌日に午後からバイトってどないやねん。
いよいよ東京でのレコーディングの日がやって来た。今日はどんなボイスを撮るのか楽しみだ。東京の羽田空港でNAOと待ち合わせ、レコーディングの場所に向かう。いつもお世話になっていたところだから、待ち合せなくてもよかったかもしれないけど、入れ違いと言うか待たせるのって良くないと思うの。
レコーディングの場所に着き、「お疲れ様です。本日はよろしくお願いします」と挨拶をする。
「お疲れ様。性別変わったことは聞いてるよ。では、さっそくボイスを撮っていこうか。まずはクリスマスのボイスから行こうか。これ台本ね」と手渡された台本を見て、「私かよ」とツッコみそうになった。
「ハッピーバースデー、ジーザス」とハイテンションで言うと、「いいね。それそれ」とノリノリで返された。あの、メリークリスマス言わないの?
「えっと、メリークリスマスも撮りませんか」と提案すると、「撮ろうか。それでは、3,2、1、キュー」と早速録音を開始していた。
「メリークリスマス。これ、プレゼント。受け取ってくれるよね?」
「良いね。今までのstrengthとはまた違った良さが出ているよ」
全部一発撮りでいくのかな。早くない?私が展開の速さに驚いていると、「次は英語版2つ取っていこうか。男版と女版のリスニング音源で」と注文が入った。え?どこ向けの需要?
まずは男版のリスニング音源で「Merry Christmas」と音源を撮る。何してんだろう。急速に頭が冷えていくが、気にしないことにして女版でも撮ることにする。
「Merry Christmas」
クリスマス過ぎてない?クリスマス過ぎてからクリスマスのボイス撮るの面白い。なんてことを考えていると、クリスマスの親父ギャグボイスを求められた。
「この3つのロースから好きなロースを選ぶのじゃ。サンタクロースだけに、三択ロース」
「苦労したのじゃぞ。サンタクロースだけに。サンタ苦労す」
立て続けに撮ったけど、これは何だろう。冷静になった頭はどこまでも冷え切っていた。冬だけに。親父ギャグ言うときは、頭をからっぽにしていないと恥ずかしすぎる、と思う。
「いいねぇ。やはりstrengthと言ったら親父ギャグ。これは鉄板だからねぇ」
私は過去の自分を恨んだ。美少女のブランディングに親父ギャグは必要だろうか。
「なんでだよ。過去の私めぇ」と吐き捨てると今まで黙っていたキーボードのNAOが「良いと思うよ」とフォローをくれた。付き従ってくれているフォロワーだからだろうか。流石私のフェロー(仲間)だな。
違うんだよなぁ。美少女が親父ギャグ言うのを見たいのは私であって、私が親父ギャグ言っても需要がどこにあるかわかったもんではない。確実に1人、私と言う需要は満たせるんだけど。自給自足かよ。
「さあ、次は正月行ってみようか。まずは、いつもの年始挨拶から3,2,1,キュー」という合図の後、「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」、「あけおめ。ことよろ」、「謹賀新年」と立て続けにボイスを撮る。何しているんだろう。
「いいねぇ。次はバレンタインのボイス撮ろうか」と促されて、マイクの前に立つ。
「写真撮るから褌つけて。バレンタインでしょ♡」と媚びた声を作ると、NAOが「なんでだよ」とツッコミを入れてくれた。可愛い声で何をしているんだろう。まぁいいや。さて次は煮干しかな。
「これ、煮干し。一緒にお味噌汁作ろうよ」
考えれば考えるほど空しくなって、考えることをやめた。
「見て、凄い見事な野面積み。多分秀吉の時代かな?1580年付近かな。カッコいい」
「打ち込み接ぎもいいよね。ここから石の隙間が減っているから、ここは後から作られたのかな?」
「この切り込み接ぎ凄い。見て。ほら、ここ」
美少女のボイスとしてこれでいいのだろうか。果てない疑問の花畑が眼前に広がる。その様子が不思議に思えたのか、NAOが「黙ってるけど、どうした?」と聞いて来た。
私はおしゃべりマシンじゃないからね。皆私の事何だと思っているの?
「歌手で小説家で配信者のおしゃべりマシン」
「え?もしかして口に出てた?」
「うん。出てたよ」
どうしよう。おしゃべりマシンを否定したいけど否定する言葉が湧いて来ない。つまり、おしゃべりマシンと言うことか。否定しろよ、私。
「次、撮るか」
そういって監督に渡された台本をみて驚愕した。
「え?本当にこれするんですか?」
「もちろん」
そこにあったのは1人恋愛ボイス。しかも、学園祭での仮装している設定で。
「今日は待ちに待った文化祭。張り切って憧れてた卓球部の鞍雲智也先輩を誘っちゃった。彼は横回転の使い手なんだ。智也先輩のYGサーブかっこいいんだよなぁ。誘ったけど、2人っきりでデートなんて緊張しちゃうなぁ」
ここで声色を男性に変えて「後輩の夢幻桜に誘われたから来たけど、誰か空いてるやついないのかな。俺なんかよりいいやつもっといるだろう」と返す。
そのまま男ボイスで「おう。夢幻桜。相手はいないのか?俺なんかでいいのか?特にかっこいいところないだろ?」とあくまで「俺知りませんよ」を貫く。
「先輩の横回転かっこいいんですよ。あの曲がり具合、私、できないですから。流石です」
「そうか。ありがとう。で、文化祭回るんだろ?どこから回る?」
「うーん。お化け屋敷とかですかね。先輩は?」
「なら、お化け屋敷行くか。俺も夢幻桜が怖がってるの見てみたい」
「先輩ひどいですよぉ~。そんなに怖がりじゃないですから」
「そうか」
次は女ボイスで「こうして、お化け屋敷に来た私だったが、驚きすぎて先輩の腕を抱きしめるのだった」とナレーションする。
「さすがだな。声の切り替わりが他とレベチだからな。歌はそこまで上手いわけではないが、相変わらず差別化が上手いな」
「ありがとうございます」
「続きとって行くか。お化け屋敷の場面からな」
「はい」
こうしてまたマイクの前に戻り、撮り始める。まずは男の声で。
「夢幻桜、怖くないか。手でも繋ぐか?」
「大丈夫です。まだ、怖くないですから」
「そうか」
ここは残念そうな声を意識する。
「きゃー。先輩怖いです。抱き着いていいですか?」
「お、おう。柔らかいな」
「先輩、変態さん、ですね」
「すまん。手でも繋ぐか?お姫様」
「お願いするにゃん」
「やめろよ、照れるだろ」
物凄く可愛いけど、「何してんねん!!」と本音が溢れ出した。しかも、マイク入ってたし。どうしよう。
「良いね。「何してんねん」まで採用」
「レコーディングってこんなんでしたっけ?今までもっときっちりしてた気がするんですが?」
「きっちりしなくても売れそうだし。そっちの素のほうが面白いことに気付いたからな」
適当過ぎるだろ。
「いいんじゃないかな。やっと、素の面白さ出してくれたからな」
ちなみにこの後が更に長いのだ。
ナレーション用のボイスで「お化け屋敷で疲れ果てた私は、学祭のカフェでゆったり先輩とお茶をするのだった」とナレーションする。一体何をしているんだろう。出てくる人全て歌手自身のシチュエーションボイス集。しかも、これがCDの特典になるらしい。
おかしいだろ。どれほど撮るのだろう。この後、めちゃくちゃたくさんのシチュエーションボイスを撮った。
帰る頃には空が真っ暗になっていた。それでも、東京の街はネオンが光り輝く眠らない街だった。すやすやの街、徳島とは全然違う。
ここからスカイツリーの方に向かって帰る。意外とちらほら東京にも田舎がある。いや、町かな。人があまりいない場所。
「今日うち泊まるんだよね?彼氏さんには伝えてるの?」
幼馴染でキーボードのNAOに言われて、彼氏である優斗の事を思い出していた。なにぶんスケジュール管理が苦手で、直前まで忘れかけていたのだ。
物凄く裏切ってしまった気がした。私は「うん。伝えてる。この前のライブに来てたし、大丈夫かなって。あ、でも、優斗が不安になるか。どうしよう」と後悔に苛まれていた。
「今は未だ自制できてるけど、何年もされると保証はできない。だから、やめたほうがいいよ」と飽くまでも冗談みたいな声で忠告された。
たしかに男の子と部屋一緒になるかもしれないし。どうしよう。あ、ご家族に女の子になったの説明しないと。
「えっと、私が女の子になったのって伝えてる?」
「もちろん、伝えた。妹と同じ部屋で準備してるらしい」
「ありがとう」
ふと、自分の携帯に目を落とす。今まで見たこともないほどの通知の数だった。こんなに心配かけてまで何で1人で来たんだろう。予定合わせていっしょに来ればよかったのに。
自分の行いを悔いながら、重い足取りで友人の家に向かう。これ程までに気の重い友人宅訪問があるだろうか。しかも、たった1度もケンカしたことのない幼馴染の家に行くのだ。
彼氏が居るのに。私ももともと男でわかっていたつもりだった。それでも、昔からの知人だし、襲うようなひとじゃないし、彼の家族もいるし、大丈夫と高を括っていた。
そう思って携帯を開くと鬼のように「大丈夫か?」とか「襲われてないか?」とか「心配だから手が空いたときに連絡くれよ」と来ていた。私は申し訳なくなって優斗に通話をかける。
「変な時間にごめんね。今収録終わったよ」
「そうか。お疲れ。飯作りながらになるけどいい?」
「いいよ。優斗の声聞きたかった。優斗が心配しているのと同じくらい私も心配だったんだよ」
「そうか。疑ってすまんかった。でも、これからは俺も連れて行って欲しい。心配だから」
「ごめんね。今度からは一緒に来ようね。どんなところでも。お風呂もトイレも」
「風呂はそうだな。銭湯は女湯に入るわけにはいかないし、トイレは違うだろ」
「そうだよね。優斗だったら何を見られても怖くないけどね」
「そうか」
こんな会話をしているけどNAOは何も言わず、ただ横を歩いている。と、思ったらふいに「彼女さんは無事預かっています。何もしないし、する気にもならないから絶対無事に帰すと神に誓います」と優斗に言っているのがとても印象深かった。
久しぶりに1人で入る風呂はとても広かった。
夜、こっそりとトイレで妄想してしまった。優斗のやや太めで平均的?なエクスカリバーとしっかり引っかかるピンク色の部分と持つと重い璧の部分を。平均でも慣れてないと刺さった時痛いんだけどね。
会いたい。熱を分かち合いたい。
おやすみ、私。そびえ立つ東京のビルの中、顔に降りたひとひらの雪が枕を濡らす。




