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いつかの彼女たちの出会い ―エレン―

彼女との最初の出会いはあたくしが12歳になる3日前の日のことだった。当時、彼女は確か10歳だったはず。


叔母に招かれて、母と共に王宮のお茶会にお呼ばれした際、夫人たちのおしゃべりに疲れ、こっそり抜け出して庭園を散策していたときに巡り合ったのだ。


彼女は茨の茂みにはりつけにされていた。


美しい銀髪が蛇のように葉と枝と棘に絡みつき、その足元には鋏が彼女の手の届く範囲のぎりぎりの外に置かれていた。一目で虐めに遭っているのだと分かった。


髪を引きちぎられる痛みとこのような目に遭ったショックでだろう、彼女は目のまわりまで真っ赤にして泣きはらしていた。


「何をなさっているの?」


「お、お願いします。助けてください……」


少女の声は恐れのあまりか細く震えていた。まるで彼女の生死をあたくしが握っているかのように。


一部の愚かな子たちは彼女によって相当嗜虐心をそそられたことだろう。


「動かないで頂戴」


ご丁寧なことに置かれていたのは剪定用ではなく裁ちばさみだった。何をか言わんやである。


あたくしはそれを手に取り、目を瞑って覚悟を決める彼女の周囲にはさみを入れた。


「もういいわよ。あとは使用人を呼んだ方がいいわ」


目を開けた彼女は周囲に散らばる緑を見て、さっきまで泣いていたのも忘れ、あたくしの行動に当惑気味に言葉を紡いだ。


「枝を切ったの?」


彼女は、あたくしが髪を切らず、代わりに王室の薔薇の枝を落としたことに驚いていたらしい。


「髪を切ったら勿体ないじゃないの。とても綺麗なのに」


「きれい……? わたしのかみの毛が?」


「ええ。あたくし、真っ黒でしょう? 武骨な父譲りよ。父は将軍なの。だから、あなたのような髪に憧れるわ。ご存じ? 物語の中では、大抵こういう色の女は魔女だったり、悪女だったりするの。勘弁してほしいわ」


大真面目に言ったのに、何が面白かったのか彼女は笑いだす。


そこへ、きゃあという叫び声が上がる。


王室の使用人があたくしたちを見つけたのだ。正確には、あたくしが切り落とした枝を。


「エレンディール様、なんてことをなさったのですか!?」


「かしましいわね。あたくしに文句があるのなら、叔母様に告げ口なさいな」


使用人は本当にその通りに叔母に密告した。


まもなく所業は彼女の耳に入りあたくしたちは王妃殿下の私室に呼び出される。


「ご機嫌麗しく存じます、王妃様」


スカートの端をつまみ、深くひざを曲げる。


銀髪の少女があたくしを見倣い、同じようにお辞儀する。


「エレン、お前が王家の所有物に手を出したというのは本当なの?」


「はい、王妃様。相違ございません」


「お前、()()()というものを知っているのかしら?」


「存じておりますわ。かつての名残りの悪法ですわね」


あたくしの返答に呆れたように叔母はため息をつく。


「か、かのじょは、悪くありません! わたしのせいなんです! ――も、もうしわけございません」


許しも得ずに勝手に口をはさんでしまったことに気が付き、彼女が慌てて先ほどよりも深く頭を垂れる。


「そなたの名は?」


「ソ、ソフィー・ダンブリッジです」


叔母が息を呑んだのが見なくても気配から分かった。


そしてあたくしも、彼女がなぜ虐められていたのかここにきて理解した。


ダンブリッジ家、数年前の火事により屋敷とほとんどの財産を焼失した貴族。彼女はその娘、その生き残り。火事の焼け跡からは、屋敷に住む使用人全員と当主と夫人の遺体が見つかっていたはず。


ただし、醜聞は火事そのものからではない。


検分の結果、夫人の遺体には首がなく、焼ける前に殺されていた可能性が濃厚だったのだ。それだけではなく、さらに左の手首から先もなかった。また、使用人たちは地下の彼らの部屋から上階に上がる戸口の前で折り重なるように倒れており、逃げようとして逃げられなかったことが判明していた。


一方、1階に倒れていた当主とその周囲がもっとも損傷がひどかったこともあり、当主が自ら屋敷と己に油を撒いて火をつけたと思われるというのが警備隊の見解だった。


ダンブリッジ卿は夜会でなんどか夫人と諍いを起こしていたとの目撃証言から、その晩も夫人と言い争った際に怒りに我を忘れて夫人を傷つけ、己のしでかしたことに気が付いて錯乱したのであり、使用人たちを巻き込んだのは、火が回り切る前に騒がれ、消されないために戸口をふさいだのだろう、と。


事件の少し前に兄夫婦を亡くしていたのも、精神的な不安定に拍車をかけたのではないかと言われていた。


そして夫人と思われる首はその当主の腕の中から見つかっている。彼は妻の首を抱きかかえるようにして焼け死んでいたのだ。


遺された令嬢と令息は精神的な後遺症で、事件に関する記憶がないのだと聞く。


そして彼女に関するうわさがもう一つ。


彼女は決して肌をさらそうとはしないそうだ。


確かに、今日も陽光の下にいれば汗ばむような陽気でありながら、首元までしっかりと覆われたドレスを着用している。


火傷の痕が酷いのだという話だった。確かめた者はいないけれど。


「そなたがアンナの娘なのね」


彼女が何者か知ると叔母の声は少しだけ柔らかくなった。


「おかあさ……母のことをごぞんじなのですか?」


「オーガスタの侍女だったでしょう? 私とオーガスタは仲が良かったの」


「は、はい。前王妃さまには大変よくしていただいたと母からうかがっております。おいしいおかしを何度もいただきました」


可愛らしい感想だった。あたくしなら決して口にすることのない、実に子どもらしい感想。


そのことに叔母はふっと表情を緩めた。そして、彼女の乱れた髪に目を留める。


言い訳をするなら今がいい機会だわ。


「恐れ多くも申し上げます、王妃殿下。彼女もまたお茶会に招かれた客人のはず。その客人が狼藉を働かれたのは、管理の目が行き届いていなかったということではございませんか?」


叔母はあたくしの言葉に彼女から目を離し、こちらをじろりと見やる。


「管理者の問題だと? 王族に向かってよく言えたものね。親の顔が見たいわ」


「主に優秀な叔母上に薫陶を賜りました」


「おべっかをつかっているつもり?」


「事実を述べているだけにございます」


「相変わらずよく回る口だこと」


まるで家にいるかのような応酬に彼女がおろおろとしだす。


「ははっ、まぁいいではないですか、義母上」


明るく爽やかな笑い声が挟まれる。


太陽のように眩い金色の髪に青い目の少年が部屋に入ってくる。この国の王太子、ルーカス殿下である。


彼はあたくしたちを庇うように前に出て、


「それにあの茂みは枝が伸びすぎていて、切る必要があると仰っていたのでは?」


「従妹だからとエレンを甘やかす必要はありません。そなたは王族であり、いかに大将軍を父に持つとはいえ、この子自身はただの小娘に過ぎないのですから。それから、私の記憶が確かならば、切るべきだと言っていたのはそなたではありませんか?」


「おや、そうでしたか? では、そういうことです。――ということで、君たちは解放だ!」


彼がくるりと振り返り、あたくしたちに笑いかける。


助かったわ、というお礼をこめてあたくしも笑みを返す。


ソフィーは目をぱちぱちさせて、あたくしたちのやり取りを見守っていた。


物語のように遠い存在のはずの王子様があまりにも気易くて驚いているのだろう。


この国の次期国王であり、唯一の後継者である彼がてらいもなく笑いかけられるのはあたくしが姻族であるからだ。


血の関係もあり、また貴族の権力の偏重を抑えるためにも、2代続けて同じ家から妃の輩出は認められていない。つまり、あたくしは彼にとって唯一玉座の横に立つことができない女、何の気兼ねもなく安心して共にいられる異性というわけなのだ。


「ルーカス、彼女たちを会場へ案内なさい」


叔母が、なんの装飾品も身に着けていない手で戸口のほうを指し示す。多分、ソフィーへの気遣いだろう。ルーカス殿下が連れて登場したならば、今日のこのお茶会で彼女に手を出す者はいなくなる。


まぁ、あたくしがいるからもとよりそのようなことはさせないつもりだけれど。


庭に戻ってからはソフィーの髪を触らせてもらったり、反対にあたくしの髪を編んでもらったりして、彼女のおかげで飽きることなくお茶会を楽しむことができた。


楽しい時間ほど過ぎるのは早い。


迎えの馬車を前に彼女との別れを惜しむ。ソフィーの馬車はまだのようだった。


「さようなら、エレンディールさま」


「エレンよ。また会えるかしら、ソフィー?」


彼女は指をもじもじとさせて、こくりと頷く。


「約束よ、あなたに会えるのを楽しみにしているわ」


頬を染め、きらきらとした目があたくしを熱心に見つめる。


「わ、わたしも楽しみです……エレン」


それが、あたくしたちの最初の出会いだった。

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