第9話「悪夢の中の夢」
悪夢のような襲撃事件から一夜明け、亮馬は未だ現実を受け止めきれずにいた。
恐ろしい化け物達が現れたり、自分が能力者だと分かったり、様々なことがあり過ぎて、頭の中の整理が追い付かない。
片桐と佐久間が訪れた後、母親の正美が見舞いに来た。
事件の後、しばらく意識不明だった亮馬は面会謝絶だったようで、ひどく心配していたらしい。
正美は病室にいる間、ずっと質問攻めで「怪我の具合は?」「どこか痛いところはない?」「気分は悪くないの?」などと大変な騒ぎだった。
正美が大騒ぎしている間も、亮馬の心はどこかうわの空で、フワフワと宙に浮いてるような感覚だった。
結局、襲撃事件は、表向きには地元の不良グループの犯行と公表され、インフィニターの存在は隠された。
インフィニターについての捜査はハイドシークが秘密裏に行うらしい。
被害者である生徒達や保護者にも、不良グループの犯行と説明された。
事件の真実を知るのは、亮馬だけである。
被害に遭った生徒達は事件後、病院に搬送され、治療が施された。幸い命に関わるような重傷者はおらず、入院が必要とされた生徒もすぐに退院できた。
亮馬も軽い怪我で済んだので、数日で退院した。
事件の現場となった学校では、インフィニターの痕跡を消す作業がハイドシークによって速やかに行われた。戦いの跡は消され、荒らされた教室は見事に元通りとなった。
今回の件を大ごとにしたくない警察や、学校の協力も得て、事件の処理はどんどん進み、“あの時”の痕跡は消されていく。痕跡が消されていくごとに、日常も元通りになっていく。
真実を知る“たった一人”を除いて。
★ーーー★ーーー★
「行ってきまーす」
亮馬は元気にそう言って家を出た。
今日は例の事件の後、初めて学校に登校する日である。
いつもの通学路。しかし、今日はいつもとは違う気分だ。やはりあの事件のせいだろうか。
通りに並ぶ街路樹、焼きたてのクロワッサンを並べるパン屋、いい香りを漂わせている花屋など、普段と何ら変わらない町並み。しかし、そこになびく風は、いつもより冷たく感じた。
★ーーー★
亮馬が学校に到着すると、教室からはクラスメイト達の声が廊下に漏れ聞こえていた。
いつも通りのワチャワチャしている声。
クラスメイトの安否を気にしていた亮馬は、少しだけホッとした。
「おはよう」
亮馬が爽やかにそう言って扉を開けると、教室には今まで通りの光景が広がっていた。
クラスメイト達はそれぞれ「おはよう」と挨拶を返したり、手を振り返した。
健太、大助、美代里もいる。
亮馬はすぐに三人のもとに駆け寄った。
「おはよう」
亮馬がさっきよりも大きい声で挨拶すると、大助が
「おはよー。さっきも聞いたわ」
と頭を掻きながら言った。
大助のツッコミ気質は相変わらずである。
「亮馬、おはよー」
「亮馬君、おはよう。良かった無事で」
健太と美代里も挨拶を返す。
(良かった……。三人ともいつも通りだ……)
三人の顔を見た途端、亮馬は安堵感に包まれた。あの日以来、事件のことをずっと考えてきた亮馬の緊張の糸が、今少し緩んだ気がする。
「みんな、無事で良かった。本当に……」
亮馬はしみじみと言った。
「ホントホント、まさかあんなコトになるとはな……」
大助の言葉の後、皆は少し黙った。
各々の脳裏に、あの日のことが思い出される。
「今回の事件、地元の不良グループか何かの仕業なんだろ? 何でなんの恨みも無い俺達を襲うんだよ。おかしーよな」
イラ立つ大助。
「本当に怖いよね。みんな、無事だったから良かったけど……」
そう言って、美代里は下を向いた。
「……」
健太は黙っている。
「ああ。本当だよね……」
事件の真相を知る亮馬だが、皆に話す訳にはいかない。皆に黙っているのは心苦しいが、ここは話を合わせるしかない。
「てかさー、亮馬。お前のこと、みんな心配してたんだぞ」
大助が唐突に切り出した。
「え? 何で」
亮馬はキョトンとした。
「何でって……。事件の後、お前だけずっと面会謝絶だったし、入院期間もみんなよりちょっと長かったしよ。結構ヤバいことになってんのかなーって。みんな話題にしてたんだよ」
「そうだったんだ……」
亮馬は大助の話を聞いて、申し訳ないと思った。一番の被害者である皆が、自分のことを心配していたなんて。あの日あの時、この場所で一番暴れていたのは、自分なのに。
「ほら、ほらほら。こーんなに元気よ! 僕! 全然ダイジョーブ! ダイジョーブ! 心配しないで!」
亮馬は皆の心配を払拭しようと、懸命に元気アピールをした。しかし、変なテンションの亮馬が逆に怪しい。
「お、おう……」
「……」
「亮馬君……?」
皆、少し引き気味だ。
「あ……」
四人の間に流れる、一瞬の沈黙。
「ま、まあ、お前が元気なら良かったわ!」
大助はそう言って亮馬の肩を叩き、笑った。つられるように健太と美代里も笑っている。
亮馬は心の中で、空気を変えてくれた大助に(ありがとう)と呟いた。
「あーあ、それにしても犯人の野郎……。本当に許せねぇ……。悔しいことに、犯人の顔とか、全然思い出せねぇんだよなぁ。みんなも、覚えてないって言うし……」
犯人に対し、大助は腹の虫がおさまらない。
すると、今日は珍しくずっと黙っていた健太が、突然口を開いた。
「俺、見ちゃったかもしれねぇ……」
「えっ!? 犯人の顔か!?」
すかさず、大助が反応する。
「いや、違う……。事件の時、俺、見たんだよ。人を襲う“化け物”を……」
健太が放った言葉に、亮馬は衝撃を受けた。
(化け物……!?)
「何かうまく言えないけどよ、机から足生えたみたいな、気味の悪いヤツがウロウロしてたんだよ。ぼんやりしてたから、よく覚えてないけど、アレは確実に人じゃなかった! 化け物だ!」
健太は興奮気味に自分が見たものを話した。しかし、そんな健太に対し、大助は
「お前、化け物とか、ありえないだろ。頭でも打って、混乱してたんじゃないの」
と茶化した。
それでも健太は一歩も引かず
「いや、アレは化け物だ! 確実に見たんだ! この目で!」
と、大きな声で訴えた。
「はぁ? じゃあ、化け物が俺達を襲ったとでも言うのかよ!?」
「とにかく俺は見たんだよ!」
二人はまた小競り合いを始めている。
(机のような化け物……。間違いない、あの日ここにいた化け物だ。健太はアイツらを見たんだ……)
亮馬がそんなことを考え込んでいると、今までの話を聞いていた美代里が口を開いた。
「実は……私も見たの、“化け物”」
美代里のまさかの言葉に、三人には強い衝撃が走った。
(美代里まで……!!)
亮馬は目を丸くした。
「ええー!? 美代里ちゃんまで!?」
大助は驚いた。
いつもオトボケな健太の証言と違い、美代里の証言となると話は変わってくる。
「ほらな! 言ってやってよコイツに」
健太は得意げである。
「でもね、私が見たのはもう少し違う感じだったな……。もっと獣っぽくて、大きい感じ。黒い毛に覆われてて、狼みたいな“怪物”だった……。私もぼんやりしてたから、記憶にあるのは一瞬なんだけどね」
美代里の証言を聞き、亮馬はさっきよりも強い衝撃を受けた。
(嘘だろ……ソレ、完全に……僕じゃん……!)
焦る亮馬をよそに、大助と健太は美代里の話に興味津々だ。
「マジかよ……。えっ、怪物はさぁ、何してたわけ?」
「教室で立ってたよ。普通に」
「へぇ……。牙とか爪とか、あった?」
「あった……と思う。よく思い出せないんだけど」
「マジかよ~。スゲぇな~!」
美代里の証言に健太は興奮している。一方、大助は中々信じられない様子だ。
「うーん。二人とも意識朦朧として、夢でも見てたんじゃないの? 幻覚とかさ。やっぱありえないだろ、化け物は……」
「じゃあ、俺と美代里が事件の時にたまたま同じ夢をみてたって言うのか?」
「いやぁ……。化け物のニュアンスも微妙に違うしなぁ。さすがに無理があるだろ……。なあ? 亮馬」
「ん? あ、あぁ。化け物はナイでしょ~。ナイナイ」
大助の問いかけに亮馬は上ずった声で答えた。額からは汗が吹き出し、表情は固まっている。“怪物”の真相にだけは、皆に触れられたくない。
四人の話が盛り上がっていると、それを遮るように、教室の扉が開く音がした。
ガラガラガラガラ……
「はーい。みんな、席について~」
クラスの担任の声が教室に響く。
健太と大助は「チェッ」という顔をして、それぞれの席に戻った。
亮馬は内心(助かった……)と思いながら、席に着いた。
★ーーー★
放課後、健太と大助は部活や委員会で忙しいらしく、亮馬は教室で一人、帰りの仕度をしていた。
「亮馬君。一緒に帰ろ!」
美代里の明るい声。
「うん」
二人は教室を後にした。
★ーーー★
学校からの帰り道。
幼なじみである亮馬と美代里は、この道を何度も一緒に歩いてきた。
健太と大助がいない二人きりの帰り道は、とても静かだ。嫌な静かさではない、それが心地良い。
「ねぇ、亮馬君」
「ん?」
「さっき、怪物の話、したでしょ?」
「あぁ……」
亮馬は正直、あまり怪物のことには触れたくなかったが、拒否するのも不自然なので、話を合わせた。
「私、怖くなかったんだよね」
「え?」
「怪物。怖くなかったの」
予想外の美代里の言葉に、亮馬は戸惑った。
「どういうこと?」
「牙もあったし、爪もあったし、すごく大きかったし、普通なら怖いんだろうけど。私、なんか全然怖くなくてさ、怪物のこと。」
「へぇ……」
「何だかさ……守ってくれてた気がするの。みんなのこと」
「怪物が?」
「うん……。一瞬だけ怪物の顔が見えたんだけど、その時の目が優しかったんだよね。なんか……悪い人だと思えなくて。私、怪物の背中見てたら、安心しちゃってさ、眠るように意識失っちゃったの。私、変かな……?」
「……うん。変だね」
亮馬は困ったように笑った。
「えー? もう。やっぱり夢だったのかなー?」
「夢……じゃないかな?」
亮馬がそう言うと、美代里は少し俯いた。そして、少しの間を置いた後、顔を上げ
「夢だったら、良い夢だったな」
と言って微笑んだ。
美代里の発言に、亮馬は再び戸惑った。
「え? 良い夢?」
「うん。だってさ、あの時私、怖くてたまらなかったのに、怪物のおかげで一瞬だけでも“大丈夫”って思えたんだもん。だから、良い夢。悪夢の中で見た、良い夢……。やだ、もしかして美代里、不謹慎?」
そう言って美代里はイタズラに笑った。
しばらく歩いて、分かれ道に差し掛かると、美代里は
「あっ! 私、コッチだから」
と言って、片っぽの道を指差した。
「うん。じゃあ、またね」
亮馬は美代里に手を振った。
「うん。またね」
美代里は亮馬に手を振り返し、優しく微笑んだ。
遠く小さくなっていく美代里の後ろ姿を、亮馬はいつもより少し長く見つめていた。




