表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

第8話「悪夢のあと」


ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……


心音を計る電子音が、静かな空間に響いている。


少し重たくなった(まぶた)を開けると、ぼやけた視界は徐々に戻っていき、真っ先に目に入ったのは白い天井だった。体はズッシリと重たく、体中が鈍く痛む。全身、筋肉痛のようだ。


遠坂亮馬(とおさかりょうま)は病室のベッドで目が覚めた。

どうやら長い時間、このベッドで眠っていた様だが、亮馬はなぜ自分がここにいるのか、何をしていたのか、さっぱり分からなかった。


意識が戻った亮馬は、首だけを枕から少し持ち上げ、辺りを見回した。ここは病院の個室のようで、とても無機質な部屋だった。


部屋の片隅にはテーブルとイスが置かれた一角があり、そこには二人の男がそれぞれイスに腰掛けていた。


(誰だ……? あの人たち……)


亮馬が見知らぬ男達を見つめていると、片方の黒髪の男と目が合った。


黒髪の男は亮馬の意識が戻ったことに気付くと、バサッとイスから立ち上がり、ベッドに近寄ってきた。


「目……覚めたか……?」


男はベッドに横たわる亮馬を見下ろし、言った。

低く落ち着いた声。

男が亮馬を見つめる視線は冷ややかで、威圧感があった。しかし、敵意や悪意の様な不快なものは感じられない。


「あー、起きたぁー?」


もう一人の男も、後を追うようにイスから立ち上がり、ベッドに駆け寄ってきた。

黒髪の男とは違い、くだけた口調と軽い雰囲気を持った若い男である。


(何だ……この二人……?)


亮馬が疑問に思っていると、黒髪の男が


「君が遠坂亮馬だな?」


と聞いていきた。


「はい。そうですけど……」


亮馬は男の問いかけに答えつつ、モゾモゾっとベッドから上体を起こした。ちょっと体を動かしただけで、ズキズキと体中が痛む。


「あなた達は一体?」


亮馬は男に疑問を返した。


「俺達はこういう者だ」


男はそう言うと、スーツの内ポケットから警察手帳の様な物を出し、亮馬に見せた。


手帳には『特別組織ハイドシーク・保安課第1班班長・片桐東吾(かたぎりとうご)』と書かれていた。


片桐につられて、もう一人の男も手帳を出してきた。

そこには『特別組織ハイドシーク・保安課第1班捜査官・佐久間倫太郎(さくまりんたろう)』と記されている。


二人の手帳を見つめたまま、亮馬がポカーンとしていると、何かを察したように片桐が


「まあ、こんなの見せられても、何が何だか分かんないだろうけどな」


と言った。

そして、続けて


「俺達は君が関わった事件のことで、ここにいる。君の“異能”について話が聞きたい」


と話した。


「あの……僕、さっぱり何のことか分かんなくて……何で自分がここにいるのかも分かんないんですけど……」


記憶がない亮馬は、片桐の話に全くついて行けない。


「記憶がないのか……」


片桐がボソリと呟くと、その言葉を遮るように佐久間が目を丸くして


「えっ!? えっ!? 覚えてないの? なーんにも?」


と言った。


亮馬が何とも言えない間の抜けた表情で佐久間を見ると、佐久間は何か嫌なことを思いだしたようで、矢継ぎ早に言葉を紡ぎだした。


「君さぁ、ヤバかったんだよ!? マジで。怖かったんだから……!! 夜の学校でさぁ、目の前でバッサバッサ化け物倒しまくって……。爪で切り裂いてたのよ!? 牙で噛みちぎったりしちゃって! 怖いのなんのって……。あんなに暴れまくってたのに、1ミリも覚えてないわけ!???」


佐久間が発した言葉をきっかけに、亮馬の記憶が徐々に蘇ってくる。


(そうだ。僕はあの時……)


亮馬の脳裏には“あの時”の悪夢のような光景がフラッシュバックする。


倒れているクラスメイト……荒らされた教室……迫り来る化け物たち……。


しかし、亮馬が何よりも恐ろしかったのは、“野獣と化した自分だ”……。


野獣となってからの亮馬には理性も無く、記憶も断片的にしか残っていない。

だが、ほんの僅かに残された記憶からでも、“あの時”の異常さがまじまじと伝わってくる。


迫り来る化け物たちを次々となぎ倒し、爪で切り裂き、噛みちぎった。

敵の断末魔が今でも耳から離れない。


野獣になった自分がした所業に、亮馬は恐怖を感じた。しかし、なぜだろう、ほんの少しだけ興奮と爽快感も入り混じっている。


亮馬はあの時の感触を思い出し、震える手をおさえた。



亮馬の様子を見ていた片桐は


「思い出したようだな」


と言った。


「僕は……僕は、何であんな化け物に!? あの時何が……何が起こったんですか!?」


記憶が蘇ったことで、亮馬は余計に混乱した。

助けを求めるように、片桐に問いかける。


「落ち着け。単刀直入に言おう。君は、異能力者、“インフィニター”なんだ」


「インフィニター? 僕が異能力者?」


「ああ。そうだ」


片桐が静かに答えた。


「この世界には、感情で異能を操る“インフィニター”と呼ばれる能力者が存在するんだ。中々信じられないだろうがな……。人それぞれ様々な能力を持ち、感情次第でその力を変化させる、まさに“無限大の力”を持った能力者たち……。君はそんなインフィニター達の一人って訳だ」


「僕がインフィニターの一人……」


片桐の説明を受け、亮馬は自分の手を見つめた。


「あの、あなた達もインフィニターなんですか?」


亮馬が二人に質問する。


「まあな。俺達はインフィニターを監視、管理する特別組織『ハイドシーク』から来た捜査官だ。簡単に言えば、インフィニター専用の警察みたいなもんだな」


片桐がそう言うと、亮馬は


「へぇー、警察……。そっちの方も捜査官なんですね?」


と言って、佐久間の方を見た。

上から下まで見回し、佐久間の崩したスーツの着方と、チャラい髪型を確認している。


今まで黙って二人のやり取りを見ていた佐久間は、急に声を荒らげ


「ちょっと! 俺も捜査官だっつーの! そう見えないっての? 人は見た目で判断しちゃダメなんだぞ!」


と抗議した。


「あっ、すみません」


亮馬は申し訳なさそうに下を向いた。


「分かったならヨシ!」とばかりに、満足げな表情を浮かべている佐久間。


しかし片桐に「病院で騒ぐな!」と注意されると、すっかり大人しく黙り込んだ。


すっかり話が逸れてしまったのをリセットするように、片桐は「コホン」と咳払いをすると、真剣な表情で「本題に入ろう」と言い、話を続けた。


「遠坂君。俺達は君の学校で起きた事件を調べに来た。あの時、何が起きた?」


亮馬は曖昧な記憶を辿り、あの時のことを語り始めた。


「みんなで文化祭の準備をしてたら……突然、クラスメイトの悲鳴が聞こえて、目の前で倒れてたんです。それで周りを見たら、化け物だらけで、僕、パニックで……」


「そうか。あの時、君以外にインフィニターはいなかったか?」


「えぇ……」


片桐の言葉で亮馬の記憶がまた一つ蘇った。


「ああ!そうだ! いました! 変な男が三人! 一人はパンクファッションのいかにもヤバそうな男で……もう一人は背の高い男で、確か、鳥に変身したりしてました! あともう一人は……ごめんなさい。あんまり覚えてないや」


「男達は何か言ってなかったか?」


片桐の冷静な声。


「うーん……。僕のこと迎えに来たとか言ってましたけど。自分たちのこと『レボルター』とか何とか言ってたような……」


亮馬の証言に、片桐と佐久間は顔を見合わせた。


「“レボルター”……。やっぱりヤツらが関わってたか」


「厄介なことになりそうッスね」


佐久間は視線を落とした。


「やっぱり、アイツらヤバいやつなんですか?」


亮馬はそう言いながら、拳を強く握り締めた。


「インフィニターの中には、非能力者を見下し、自分たちに優位な世界を作ろうとする者もいる。彼らもその内の一つだ」


「そうそう。自分のことトクベツだ~って思っちゃってるイタいヤツらだよ。まったく……」


片桐の話に佐久間が軽い合いの手を入れる。

片桐は合いの手をガン無視し、話を続けた。


「『レボルター』も、強い能力者は仲間に引き入れたいはずだ。今回の事件では、君の能力が狙われたようだな」


片桐の言葉に、亮馬はハッとした。


(待てよ……それじゃあ、皆が襲われたのは、“僕のせい”じゃないか……!)


「僕の能力が狙われて……」


自責の念に駆られる亮馬。

口には出さないが、クラスメイト達への申し訳なさが募る。


そんな亮馬の様子を察したのか、佐久間は


「まあ、最近『レボルター』関連の事件増えてたしさー。この手のインフィニター同士のいざこざ? よくあんのよ。マジ日常茶飯事って感じ。だからさ、変に心配すんなよ?」


と言い、亮馬の肩に手を置いた。


すると片桐も


「今回の事件では、幸い死者は出なかった。襲撃した犯人達は我々が行方を追っている。君のクラスメイト達に関しては心配するな。皆、病院で手当を受け、快方に向かっている。全員、無事だ」


とフォローした。


「良かった……。皆、無事なんですね」


二人の言葉に、亮馬は胸をなで下ろした。

これでもし、誰か取り返しのつかないことになっていたら……。

後悔してもしきれなかっただろう。


しかしここで、亮馬にもう一つ新たな不安が生まれた。


「僕は大丈夫なんでしょうか?」


「えっ? 君? 君なら大丈夫だよ。ほら、ピンピンしてるじゃない。怪我の程度も軽いから、すぐ退院出来るぞ~!」


「あっいや、そうじゃなくて……」


佐久間のお気楽な答えを否定し、亮馬は


「またあの時みたいに怪物になったりしませんよね? もしまた変身したら、今度こそ誰かを……」


と続けた。


病室に少しの沈黙が流れる。


その後に片桐が口を開いた。


「君の能力名は『野獣〈ビースト〉』。まだ不明瞭(ふめいりょう)な点が多いが、恐らく、異形の獣に変身する能力だ。その力は恐ろしく強大。君が恐れるのも無理はないが、今は落ち着け。インフィニターは感情で能力を操る。君が能力に目覚めたのも、心の中で強い感情が爆発したからだ。今の君は、精神的に落ち着いているし、身体的な数値も問題ない。あれほどの大暴れをすることはないだろう。それに、ここは我々の息がかかった病院だ。インフィニターの扱いにも慣れている。だから、心配しなくていい」


片桐は亮馬の不安を取り除くように、落ち着いた声で話した。


亮馬も少しホッとした様子で「はぁ、良かった……」と呟いた。


「じゃあ、俺達はここで失礼する。今はとにかく休め。また後日、事件のことや君の能力について話を聞かせてもらうだろう。その時はこちらから連絡する」


「じゃ! そういうことで。またな」


片桐と佐久間はそう言うと、病室を出て行こうとした。


そんな二人を、亮馬が呼び止めた。


「あっ、すみません。あの……」


「何だ?」


二人が振り返る。


「お二人は、インフィニターの“警察”なんですよね?」


「まあ、そんなもんだな」


「だったら、頼みたいことがあるんです……」


「頼みたいこと? 何だ?」


「行方不明の生徒を探して欲しいんです」


「行方不明?」


片桐がかったるそうに聞き返した。


「今、うちの学校の生徒が二人、行方不明になってて……。生徒会長と副会長なんですけど。二人とも『鳥のような謎の何かを見た』っていうメッセージを残して、消えてるんです。最初は僕も何だろうと思ったんですけど、今思えばそれって、襲撃事件の時にいた、鳥に変身する男のことかなぁって……。テレビでは普通の失踪事件って言ってるけど、どうしても引っかかるんです。インフィニターの事件なら調べてくれるんですよね? お願いします! 調べてください! お願いします!」


亮馬は深々と頭を下げた。


二人は少し黙った。


(えーん。仕事増えるなぁ~。インフィニター関わってるかビミョーなラインだし……。片桐さん、どーすんのかなぁ? 仕事増やしたくねーなー)


佐久間の率直な心の声である。

佐久間の心の声は届くのか?


「分かった。調べてみよう」


(ギャッ! 仕事増えた!)


無念。届かず。

片桐の返事だけが佐久間の頭にこだまする。


「ありがとうございます!」


亮馬は安堵の笑みを浮かべた。



★ーーー★


亮馬の病室を後にし、廊下を歩く二人。


「いやぁ~、それにしてもモテそうなっ子スッね。亮馬くん」


佐久間が後ろから話しかけてきた。


「突然何だよ」


片桐は振り返ることなく、言葉を返す。


「だって、爽やかな空気振りまいてたし、声もイケボでしょ? 顔はバッチリ流行りのイケメンでモテますよ。そりゃ」


佐久間は「チェッ」という顔をした。


「オマケにさ、こんな状況でも人のことを心配する優しさまで持ち合わせちゃって。普通自分のことしか言わないッスよ。クラスメイトとか、行方不明の生徒とか心配しちゃってさ。イケメンで優しいとか……今どきッスね~」


「“優しい”か……。その優しさが、野獣の強さに関連してるのかもなぁ……」


片桐は何か考え込むように言った。


「えっ?」


佐久間の顔が曇る。


「人の痛みを自分の痛みのように感じられる人間は、その分怒りも深い……」


片桐の瞳は遠くを見ている。


夜の病院には、廊下を歩く二人の足音だけが響いていた。












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ