睦月の……(一)
妻×××が失踪してからも、僕は出勤した。妻が、周囲の人々には「いなかったこと」になってしまって、苦しくて、本当は、こうして働いている一秒でも探索にあてたかった。でも、社会人はさ、どれだけショックな出来事に見舞われようが、穴をあけないべきなんだよ。顔に、言葉に、つらさを表に出してはいけないんだ。平常心で、いつも通りに仕事をする。こんな僕でも、社会人のふるまいができた。
土御門先生に、妻のことを話した。先生は、僕の言う事を信じてくださった。占ってやるから、名前・生年月日・旧姓・その他妻について知っていることを全部教えよ、と仰った。ちょっとは、心の重さが抜けた気がした。土御門先生に出会えて良かった。先生は、華族やからなといばっていて、人使いが荒いところがあるけれど、教え子のしたこと言ったことを疑わないでくださる。人間の根っこが腐っていないおじいちゃん先生なんだ。王朝文学講読会に、栄光あれ。
大晦日、僕は自宅で独り過ごした。×××がそばにいてくれた、あの家に。実家と、なぜか妻の家から「帰ってこい」の電話がしつこく鳴ったが、断った。妻の存在は皆の記憶から無くなったくせに、僕が婿だという認識は残っているらしい。ふざけんなよ。
元旦、日の出と共に起き、初詣へ行った。妻とつなぐはずだった右手を、コートのポッケにつっこみ、冷たい空気に当てられながら歩いた。無駄についた脂肪が、こういう時に役に立たなくて、ムカつく。願いは、わざわざ書く必要ないだろう。こんなつまんない生活の記録、捨ててやりたかった。でも、続けることにした。×××のためにも、残しておきたかったんだ。
ここからは、僕が覚えている限りのことを、僕の知っている限りの言葉で書く。
初夢にしておくには無責任で、現実にしておくには非常識だった、妻×××との再会を。
あとがき (めいたもの)
問:倭文野さんの奥さんの居場所は、しぼれましたか。
答:わたしの水占いは、超当たるのやと言うたやないか。居場所はな、説明がややこしうて、そちにはまだ早い。倭文野に知らせたかったんやが、帰りよった。倭文野のこっちゃ、自力で見つけようとしとるんやろ。とんだ愛妻家ですな。わたしの百番目にやがな。(今回も、土御門先生が回答しました)
改めまして、八十島そらです。スパイスを補給しないと、錆び付きそうです。初夢は、美女に頬を張られて「あんたなんか、あんたなんか」と叱られました。女難の相を表わしているのでしょうか。いや、モテたことあらへんで。




