Worrierは目も合わせられない。
やっと……やっと、部活が終わった。
頭にボールの一撃を食らうこと三回。ゲーム中に転ぶこと二回。一年生の子たちより情けない姿を晒しちゃったけれど、際立って大きなケガはなかったから、今日はよしとする!
着替えを終えたわたしたちは、校門で先輩や後輩たちと別れて自転車に乗った。
目指すは、東。八高線の箱根ヶ崎駅のあたりに建つ、わたしの家。
さして広くもない歩道を自転車で走ると、どう頑張っても二列縦隊が限界だ。……二列で走るのもルール違反だった気がするけど、知りませんでしたって言えばお巡りさんは許してくれるみたいだって栗原さんが語ってた。いったい何をやらかしたんだろう。気になる。
その栗原さんは先頭に立って走って、わたしは二本木さんと一緒に最後尾を行く。
西陽の差し込んだ帰り道は明るくて、なんだかペダルを踏み込むだけでウキウキしてくる。一日の終わっちゃう悲しさと、嬉しさ。二つがマーブルみたいに混ざり合ったこの気持ちを感じられるのは、夕方の特権だなって思う。
もっと部活が早めに終わればいいのに。そしたら、毎日五時半の防災無線の『夕焼け小焼け』を、この道で夕陽を浴びながら聴いていられるのにな。
「こら男子ども、ちんたら走らないでよ!」
先頭で栗原さんが叫んでるのを聞いて、二本木さんがくすっと笑みを漏らした。
「あの子の元気、衰えないよね。練習後なのに」
「わたしはもう、へとへと……」
「見れば分かるよ。てか、いつものことじゃん」
ぐうの音も出ないコメントをされて、わたしは沈黙してしまった。これってやっぱり、わたしにはまだまだ体力も技能も足りないってことになるんだな……。相も変わらずさんざんだった今日の練習を思い返して、そりゃそうか、なんて呟いてみる。
長岡くんならあんな練習、苦にも感じずにこなしちゃうんだろうにな。
「後輩にも才能ある子はたくさんいるし、うちらだって負けてらんないよね。次の練習も頑張らないと」
どこか遠くを眺めながら、二本木さんが独り言のように言って。わたしも何となく、その視線を追った。
丘と山の間に開けた平地の端にあるこの町は、周りを見渡してもぽつりぽつりと家やお店や工場が点在しているばかり。基本は畑ばっかりだ。その平らな畑の向こうから差し込む陽の光は、くたびれたわたしの姿も、迷ったり揺れたり落ち着かないわたしの心も、ぜんぶぜんぶ見透かしているような気がする。
わたしの家に続くこの道は、長岡くんの家路でもある。わたしは駅前だけど、長岡くんは町役場の方だったかな。詳しく聞いたこともないし聞く勇気も出ないけど、確か、そう。
同じ道を走るわたしたちは、きっと同じ風景を享有しているんだ。踏み切りを通り過ぎる四両の電車の音も、沿道の営業所を出入りするバスの地響きも。あのオレンジ一色の空の下で、わたしたちは平等になる。
なのに、遠い。
あの人の隣を歩いて帰れたら、わたしは満足するんだろうか。
「…………」
ダメだ。考え込んじゃ、ダメ。
首をふるふる振って意識を手元に戻したわたしは、ついでに遠くで泳いでいた視線も引き寄せて、左斜め前のあたりに据えた。
そこに、長岡くんがいて。
息が詰まりそうになった。
「あ」
先にそう口にしたのは、どちらだったんだろう。とにかくその音節しか頭に浮かばなかった。あれ、さっきまでのわたし、何を考えていたんだっけ……。
とにかく何か言わなきゃ。そうだ、あいさつ! あいさつだよ! フリーズしかけの頭をフル回転させて、こういう時に適切なあいさつを思い出そうとした。こんばんは、でもない。こんにちはでもない。違うよ、そんな他人行儀じゃなくてもっと自然な……。
けれどわたしの努力は、間に合わなかった。
「長岡くんじゃん、部活お疲れー」
わたしの横から顔を覗かせた二本木さんが、長岡くんの意識を連れ去ってしまった。
ああ、長岡くんが二本木さんの方を向いちゃった……。
がっかりするやら落ち込むやらで、視線のやり場を失ったわたしはため息をついた。『お前ら、オレたちの方にあんまりボール飛ばしてくるなよな』『それ、うちらのセリフでもあるからね』──二人の交わす言葉たちが、視界の外でぽんぽんとボールみたいに跳ねる音がした。
今さら改めて話しかけてもな……。目を合わせるのでさえ、今になってみると恥ずかしくて仕方なくて。
結局、それ以上は何もしないまま、わたしと二本木さんは長岡くんの前を通過してしまったのだった。
あーあ。
今日もまた……ダメだった。




