汗とネットとSweetheart。
靴底のゴムが床と摩擦を起こして、キュッキュッ、なんて音が体育館を満たしていく。
あ。バスケ部、練習試合を始めたんだな……。
左手で投げ上げたボールを右手の掌底で打ちながら、わたしは目の端だけで横を見た。並ぶバレー部の子たちの向こうに、オレンジ色のボールを追い掛けて走り回るバスケ部の姿が見えた。
ボールを保持しているの、長岡くんだ。どきっと胸が鳴ったのも一瞬。
「長谷部! よそ見しないのー!」
先輩から声が飛んできて、わたしは強引に現実に引き戻される。
はーい、と返事をした。負けられない。わたしだって、頑張らなきゃ。
わたしたちの中学校には、全員が必ず部活に入ること、っていうルールがある。
それでわたし、本当は吹奏楽や文芸にも興味があったんだんだけど、どちらも入部希望者が多すぎて入れなくなってしまった。
困ったわたしを受け入れてくれたのが、女子バレー部だったんだ。初心者大歓迎、部員が少ないからすぐにプレーできます! ──そんな上手い宣伝文句に釣られて入部したのが、去年の四月。
後悔はしていない、つもり。同じ部に入った栗原さんたちとも仲良くなれたし、そんなにキツい練習じゃないから体力のないわたしでもついていけたし。
問題があるとしたら、わたしは部のみんなの中でもとびきり弱いこと。……それと、同じ練習場所で男子バスケ部が練習に励んでるのが、いやが上にも目に入っちゃうこと。
十分の休憩を入れたら、今度はパス練。打てば何とかなるサーブと違って、パスは相手に渡るように考えてボールを扱わなきゃいけないし、ちょっぴりハードルが高いなって思ってしまう。
その相手には、同じ二年生の栗原さんと二本木さんがついてくれた。
「んじゃ、あたしから行くよー」
栗原さんが空中高く放ったボールを、二本木さんが綺麗に打ち返す。わたしに向かって迫って来るボールを、わたしは必死に目で追う。
頑張れ、わたし。かっこよくプレーできなくたっていいけど、かっこ悪いところだけは絶対に見せないんだから!
「はいっ」
声を張り上げながら跳ね上げたボールは、栗原さんの方へと弧を描きながら飛んでいった。
しまった、ちょっと右に寄りすぎたかな……。
わたしの心配も何のその、素早く横に移動した栗原さんは何事もなかったみたいにまた、二本木さんへパスを回していく。ぽんぽんとボールの跳ねる軽やかな音と、ゴム質の靴裏が床の上で滑る摩擦音が、ちょっとした音楽を奏でてる。
チームスポーツって、すごく大変だなって思う。体育の授業が苦痛で仕方なかった小学校の頃からすれば、今こうしてわたしがバレー部にいることだってびっくりするような出来事だ。
自分のパフォーマンスを最大限に考えながら、仲間のみんなのことも思いやる。誰もが簡単に言うけど、わたしみたいに自分のプレーも覚束ないような人には、それってやっぱりすごく高度なことで。
そういうことをスイスイとやってのける長岡くんは、やっぱりすごい人なんだな……って。
それなりに実力のあるバスケ部を引っ張る存在の長岡くんと、ろくに勝てもしない弱小バレー部のわたしとじゃ、比較にならないのは分かってるけど。それでもわたしには、体育の授業や部活に取り組んでいる時の長岡くんは憧れの人で、素直にかっこいいなと思える人で、……だけどわたしからはこれ以上、距離を縮められない人。
ガツン、と音がした。脳天から星が飛び出したかと思った。
「痛った……!」
額を押さえてわたしはうずくまった。ぼうっとしてたせいで、ボールが飛んできてたのに気付かなかったんだ。大丈夫!? って、栗原さんたちが駆け寄ってきた。うわぁ、最悪……。恥ずかしい……。
「ごめんね。うちのパス、強かったかな」
二本木さんに手を合わせられたわたしは、ううんと首を振る。わたしがふらふらしてたのがいけないだもの。
「痛くない? ほんとに大丈夫?」
「熱中症とかじゃないよね」
「もう大丈夫だと思う。痛み、引いてきた」
ならよかったけど、と栗原さんが笑ってくれた。わたしが立ち上がったからか、近寄って来ようとしてた先輩たちも持ち場に戻っていく。
ダメダメ、わたし。練習中なんだもん。長岡くんのことを考えてもいいのは、休憩中だけ。
深呼吸をして気合いを入れ直したわたしは、縒れたシャツを直して、また両手を組み合わせた。
長岡くんが頑張っている間は、わたしも一緒に頑張っていたい。種目は同じじゃないけど、同じ空間で汗を流していればいつか、心の距離も少しは近付けるような気がして。
だからわたしは今日も、苦手な運動に向き合う。
外を取り囲む木々の葉音やセミの鳴き声に、吹き出した汗も気持ちも、滲んでいく。




