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 見渡す限り、山と畑しかない辺境にある小さな村である。だが、先日この村から勇者が誕生したのだ。王都からたくさんの騎士を引き連れた神官がやって来て、俺の幼馴染を勇者だと宣言した。何でも、神託が降りたらしい。ご立派な事で……。


「さあ……今日も頑張って耕しますか」


 幼馴染が立派でも俺はただの農夫である。それは別にいい。俺は魔王を倒す旅など絶対に嫌だ。のんびりと過ごして生きたいのだ。なので……。


「ヴァン! 一緒に魔王を倒す旅に行こう!」


 幼馴染のこんな誘いなど、絶対に乗らない。鍬を持った俺の側をウロチョロする彼の名はロキ。平民なので性はない。だが、見た目は貴族さながらである。サラサラの銀髪に整った顔立ち、それに手足が長い上に背も高い。だが、俺も身長は負けていない上に体格も俺の方が良い。普段の畑仕事で鍛えているからだ。しかし、そんなロキは先日、勇者として王都に迎えられた筈なのだが……何故か、今は俺に付き纏っている。それも、一緒に魔王討伐の旅に行こう! と。


「ロキ。何度も言うが、俺は行かない」


「どうして? 俺と旅をしようよ。勇者パーティなんて、きっと色んな人からチヤホヤされるよ」


「別にされなくていい。俺は、のんびりと過ごすんだ」


 そもそもの話、俺は前世の記憶がある。そのため、この世界はゲームの世界で、目の前の男が主人公である事を知っている。魔王討伐を目指す旅の道中に仲間を増やしながら、物語が進んでいく。その間に聖女との恋愛や街娘との恋愛などもあるのだ。まあ、RPG要素と恋愛要素を交えたゲームである。社畜だった俺はそのゲームでストレス発散をしていた。だが、過労で亡くなると、このゲームの脇役に転生していた。それも、主人公の幼馴染である。しかし、それはある意味いい。俺はのんびりと暮らしたいとずっと思っていた。脇役なら、魔王討伐に参加しなくて良い。幼馴染の主人公に全てを任せれば世界は平和に終わる。そのため、俺は彼の誘いに全力で拒否した。


「一緒に行こうよ! 俺が側にいなくてもいいわけ?」


 正直、別にいい。何故なら、こいつはモテる。モテすぎて、村の年頃の女性は皆、ロキを好きになる。そのため、小さな村であるここで俺が結婚できないからだ。ロキには悪いが、魔王討伐に行き、聖女と結婚して欲しい。


「…………そんな事はない。だが、ロキを待っている人は大勢いるんだ。こんな農夫なんて連れて行くな」


 だが、その言葉にロキは不服そうにした。きっと、この後、彼は拗ねてしまう筈だ。それが面倒くさいと思った俺は彼の横を通り過ぎて畑へと向かった。


「ヴァンは俺の物なんだよ……俺の側にいないと駄目なのに」


 ロキは表情を無くして、ヴァンの方に視線を向けた。

 そんな彼の表情に気づいていない俺は畑を耕している。


「さてと……そろそろ休憩にするか……」


 草むらに座り、持って来ていた昼食を取り出した時に彼は話しかけて来た。


「ヴァン」


「ロキ……」


「ヴァンは魔王討伐の旅に来てくれないんだよね?」


「そうだな。そもそもの話、神官が言っていただろ? お前には他にも仲間がいるって。聖女や騎士、魔導士……とか。その中に農夫はちょっと……違うだろ?」


 俺は勇者パーティの中に農夫がいたら嫌だ。皆が剣や魔法で魔物を倒す中、鍬で俺が倒していたら、勇者パーティのイメージが壊れる。


「わかった」


 ロキはにっこりと笑い頷いた。その事に驚いた俺は一瞬、返事が遅れてしまった。


「……ははっ……そっ、そうか……?」


 彼の見惚れるような笑みを浮かべているのに、俺は何故か寒気がした。彼がこんな簡単に諦めるなど正直な所思ってもいなかった。だが、流石に彼も魔王討伐の旅に農夫の俺を連れて行く事はできないと気づいたのかもしれない。


「俺のパーティのメンバーにヴァンを認めさせればいいんだよね?」


「えっ……?」


 そもそも、この村から出て旅をしなければ、仲間には出会えないんじゃないか? 俺のそんな疑問など知らないと言うようにロキはさらに言葉を続けた。


「だからね。俺……少し、この村を離れるけど、ヴァンはどうする?」


「どうするって……畑仕事をするだけだけど……」


 俺はこの村に残って、過ごすだけだ。そのまま彼に伝えたのだが、先ほどまでの笑みを消し、ジッと俺を見据えた。その事に息が詰まりそうになった。


「だよね? ヴァンは畑が好きだからね」


 だが、彼はすぐににっこりといつもの笑みを浮かべた。


「でも……俺がいないからって……浮気は許さないよ」


 その声色は、ねっとりと俺の耳に残りそうなほど低い重低音だった。


「……はっ、はは……浮気って……」


 俺は冷や汗が止まらなかった。そんな俺の気持ちなど知らない彼は俺の頬に触れた。


「そうだよね? ヴァンに彼女はいないからね」


 その彼の手をやんわりと払い、俺は立ち上がった。


「村を出るなら、準備があるだろ? 俺も、仕事があるし……」


 その言葉に彼は頷き、立ち上がった。


「じゃあ、明日から少しだけお別れだね」


「そうだな」


 もう戻ってこなくても大丈夫だぞ。魔王を倒したお前は聖女と結婚して幸せになってくれ。


 それは言葉には出さなかった。俺の心の内だけで彼に向けた本音だ。


「またね」


 彼は手を振ってその場からいなくなった。その姿はまるで、また明日、とでもいうような軽いものだったので正直、少しだけ驚いているが、やっと物語が進む事の方が嬉しかった。


 そう思ったのだが、四日前の事だ。そう、まだ四日である。


「ヴァン。ただいま〜」


 彼は笑顔で俺の家へと訪れたのだ。その後ろに勇者パーティのメンバーを揃えて。誰が、メンバーを従えて戻ってくると思う? しかも、まだ四日だ。ロキは瞬間移動でもできるのかもしれない。だが、その魔法が使えるようになるには物語を多少は進まなければいけないはずなのだが……。


 俺は彼の後ろにいる三人に視線を向けた。


「ロキ。彼らは……?」


 一応、確認しておく。もしかすれば、勇者パーティのメンバーではないかもしれない。そんな希望を込めての言葉だったのだが、その問いにロキは笑った。


「ああ。俺と()()()以外の勇者パーティの人達」


 しれっと俺の事をパーティメンバーに加えてやがる。


「ロキ。俺は魔王討伐に行かない。それに、農夫がメンバーに加わるのはお前以外は嫌だと思うんだ」


 その言葉にロキはさらに笑みを深くした。


「そんな事はないよ。皆んなもヴァンと一緒に行きたいと行っているから」


 彼は後ろを振り返り「ねっ?」と首を傾げた。その言葉を聞いた三人は首を勢いよく縦に振った。


「ほらね。ヴァン。一緒に魔王討伐に行こうよ」


 俺の両手を握りしめたロキ。


「俺は絶対にヴァンと一緒がいいんだ……ずっと、ずっと、ずっと……一緒にね」


 その言葉はねっとりと重く俺の耳に張り付いてくる。それに、彼は笑みを浮かべているはずなのに、その瞳には光がなかった。


 俺はその様子に苦笑するしかなかった。

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