出会いには別れも付き物
お兄様との最高の同居生活!
そんな事ばかり頭で巡らせながら、小躍りしつつ纏めた荷物の最終チェックをしていく。
ふと控えめなノックが部屋に響いた。ドアは開けずに声だけで返事を返す。戸の向こうから聞こえたのは、聞き慣れた侍女の声だった。
「お嬢様、出発のお時間です。」
その言葉を合図に準備していた手荷物を持ち、ドアを勢いよく開けて部屋から飛び出す。二階の廊下から下を除くと、一階は私の見送りの準備をする使用人達で賑わっていた。
「お兄様の時もこんな感じだったわね…。」
お兄様が学園に入学した二年前の今日を思い出して懐かしくなる。一年生の頃は休みの度によく家に帰ってきたお兄様だったけれど、進級すると生徒会の仕事が忙しいと言って滅多に帰ってこなくなってしまった。
「久しぶりにお兄様の顔を見るのが楽しみだわ!」
最後に見たお兄様の顔を思い浮かべながら、しばらく使うことの無い螺旋階段を駆け降りる。
玄関に着くとドアマンの手によってシドレーヌ子爵家の大きなドアが開いた。眩しい太陽の光と緑の新鮮な空気が一気に流れ込む。
久しぶりに全身で日差しを浴びてから、思い切り外の空気を吸い込んだ。学園に向かうために用意された馬車の近くでは、見送りの両親と使用人達が待っていた。
「テラ、学校でも健康には一段と気をつけて過ごすのよ。」
「もちろんよ、お母様。」
「私の愛しのテラ!学園は危険がいっぱいだ。やはり学園に通わず家で過ごすか?」
「お父様、もう後戻りは出来ないわ。」
お母様もお父様も不安気に私を見つめている。後ろに控える使用人達からも声があがる。
「お嬢様!お腹が空いたら戻ってきてください!美味しい料理を沢山作って待っておきます!」
「お嬢様は制服姿もお似合いです!どうか学園生活を楽しんで下さい!」
「ありがとう、みんな!私たくさんお勉強してお腹を空っぽにして帰ってくるから!」
馬車の窓を開けて言葉を返すと、皆が手を振っているのが見えた。両親は涙ながらに手を振っている。その姿に自然と少し困った笑顔になって、手を振り返す。
「もうお父様とお母様ったら…嫁ぐわけでもないんだし、すぐに帰ってくるのにね。」
「それでも親は子が心配なものなんですよ。」
独り言で小さく呟いたはずの言葉に、隣で出発準備をしていな御者から返事が返ってきた。思わぬ声に少し驚いて御者の顔を見つめていると、初老の彼と目が合った。彼は私の表情に少し目を細めたあとで言葉を続けた。
「旦那様と奥様は、お嬢様の事を大変愛されておりますから。」
「…ええ、そうね。」
私は窓の外に向き直し、今度は16年の感謝を込めて満面の笑顔で手を振り返す。それを見た両親の涙の粒が大きくなったのは、きっと気の所為ではないだろう。
そうしているうちに、ゆっくりと馬車は動き出す。あっという間に生まれ育った屋敷の影は見えなくなっていく。別れを惜しむ時間はもう過ぎた。向かうは私の新たな人生。進む準備は万端だ。
いざ行こう、アラン様とお兄様のいる王国立サンルーナ学園へ!