戦闘姫 過去を知る
「私の罪を……聞いてもらえませんか?」
「罪?」
『過去に犯した過ちのことだ』
「過ち……?聖女様が、罪を?」
きつく目隠しをされたメアリは、デルタのその声に頷いた。そして、俯き大きく息を吸った。そして、小さな声でゆっくりと。だが、確かにデルタに言い聞かせるように、話し始めた。
「3年前……いえ、もう、3年半前になります。私には、大事な妹がいました。名前はデルタ。あの頃は、私達の力も強かったのです。お母様は、施設からデルタを助け出しました。その時のデルタは……デルタはボロボロで、とてもかわいそうだった。……孤児ならば、本国に送ったほうがいいといったマリーの言葉をお母様が遮りました。
デルタは……戦闘姫だと。マリーはそのことを聞き、ひどく驚いたあと、愛の仔として私の妹にしようと、言ったのです。
私は、」
悲哀と後悔に満ちた声が言いよどむようにわずかに止まる。ほんのわずかに口どもったメアリの口から出る次の言葉を、デルタは待った。それは、メアリの口からきかせてくれるのなら、どんな言葉でもいいと無言に行っているようだった。
「とても、とてもうれしかったんです。デルタが妹になってくれて、とても幸せで、こんなつぎはぎだらけの私を、姉と……お姉ちゃんって、呼んで慕ってくれるのを、とてもうれしくて。よくお庭で追いかけっこをしたり、庭園で冒険のまねごとをして過ごしたんです。とても楽しくてかわいかったんですよ。
こんな私でも、これだけ嘘で塗り固めていても、デルタの前では……デルタからは、お姉ちゃんなんて呼んでもらえて。
だから、私は、デルタの、本当のお姉ちゃんになりたかったんです。デルタといつまでもいられるように。一緒にいたかったんです。一緒に……
でも、護らないといけなくなってしまった」
メアリの言葉に、涙の声が混じる。
『どうする?デルタ』
「最後まで聞く。怖い。とても怖い。
だけど、最後まで聞く。」
目を開いて、デルタは、メアリを見つめた。記憶にあるメアリの姿はそこにはなかった。大きく尊大な態度のメアリはいなかった。いつも嫌味を言っているメアリはいなかった。
ただ、そこにいたのは小さく自信を無くしているメアリだった。
「暮らし始めて、2年が経つ頃……わたし達は、負けたのです。私達家族には、倒すべき敵がいて、共に敵に立ち向かうための力がいました。でも、……その中でも最大の力を持っていて、私達の精神的な支柱でもあったものが、敵に寝返ったのです。
そんなはずなんてない。あの御方が裏切るはずなどない。当時は、幾度となく……幾度となくお母様と、マリーが確認にあたりました。でも、真実だったのです。
本国に救援を求めることも考えました。しかし、デルタのことを考えると、そんなことができるわけもなく、
迷いが晴れないうちに、その日が来てしまったのです。私には、使命感や執念がありました。でも、お母様は言われた。
デルタを逃がすために、そして、帰ってこさせなくするために、記憶の改ざんを行おう。そう決めたのです。私は、……反対しました。でも。でも、」
「記憶の改ざん?デルタに、どんなことをしていたのですか?」
デルタは、メアリに問いかけた。すっと、見えていないはずのメアリは、デルタに、目を合わせてきた。
「デルタには、膨大に記憶が欠落した箇所がありました。そこに、虐げられていたという、偽の記憶を埋め込みました。そして、私達の言葉は半年間は、常に、悪い方へ、悪い方へとるよう、私は、私の力を使って、偏向の魔術も使用していました。デルタは、常に虐待されていた。常に虐げられていた。と。そして、そう見えられるように、見かけを整えた。私は、屋敷の皆は、間違えているとわかっていながらも、お母様と私に従ってくれた。マリーは、デルタを支えてくれるようにお願いした。
私達が、戦いに向かうときに、デルタが、この場所に帰ってきたいと思わないように。そして、デルタが、ここから巣立って……わたしのことなんか忘れて、無事に過ごせます様にと……
私は、生きていたかった。生きてデルタに、会いたいって思っていたのに、デルタは、死んでしまった。
私は、最後まで酷い姉だったんです」
「……、死んでいる?」
『おそらく アリアとライトが あの馬車の落下事件の情報をデルタが逃げやすいように 都合よく書き換えたんだろう
ただ 今回のことで デルタの記憶のサルベージと本来の記憶の間に これだけの違い生じていた理由が分かった 』
再びメアリは、俯くように顔を伏せる。
「……デルタは、使命というものに、並々ならない執着を持っていた。
断ってくれると思ってた。そんなのイヤだって言ってくれるって、思っていた。一緒にいたいって、わかってた。でも、
私達の使命のためにっていう言葉が、お母様からの口から出たときのデルタを、見てられなかった。
あれだけ、忘れるなんてイヤだって。私に、言ったのに。あれだけ、前に、一緒にいたいって。私に言ったのに。
私は無力だった。
あとは、そう。
お母様に言われた通り、デルタにできるだけ冷たく当たった。
偏向の魔術が聞いているはずだから、本当は、本当は。冷たく当たる必要なんてなかった。でも、もし、デルタがお姉ちゃんって呼んでくれたら、わたしの方が折れてしまいそうだったから。
だから、でも。
こんなところから少しでも離れて、デルタは少しでも幸せに生きていてほしい。
そう思っていたから。」
「……聖女様の敵って……」
静かに、何か重要なことを判断するように、メアリは口をつぐんだ。そして、意を決したように話し始めた。
「世界の理に縛られない者たち。物語の外にいるものよ。」
「物語の外?」
『ずいぶんと詩的な言い回しだな』
ゼクスマキナから、驚きが半分、からかいが半分の言葉がでるが、デルタは、そのまま、メアリの言葉に注力した。
「これから話すことは、この世界の真実の一端。世界の力の一部になります。もしあなたが魔属領の方でしたら、私よりも詳しいかと思いますが、ご了承ください。
この世界の力を一言で表すとすれば、それは、物語です。
物語を使うことで、この世界は、人間のものとなったのです。
自らの力で、物語の主を作り、そこで起こった奇蹟を世界に拡散し、配布。その奇蹟は、人類に対するありとあらえる困難、障害を取り除くための力となりました。
物語は、魔法とも呼ばれることがあります。そう言われるように、物語の起こす事象は非常に強力なものです。
例としてあげるとすると、竜殺しの物語があります。まず、人間が竜を倒せるなどというのはとんでもない思い上がり。そう、人間の傲慢です。人間は、人間の形以上のものを倒すようには作られていません。しかし、人間が竜を倒したという物語はごまんとあります。」
『確かに その通りだ 人間の筋力などたかが知れている 聖剣というものがあったとして それが持ちうる 強大な生命力 超えるためには どれほどの幸運が必要な事か』
「ですが……メ
……聖女様。人間は、竜を倒してきたではないですか?それは……」
その言葉に、おそらく、メアリは利き手であるデルタを魔属領の人間ではないと考えたのだろう。
「奇蹟の管理を行い、物語に大きく影響を与えるもの。それを、私達は、概念武装と呼んでいます。その概念武装を取り仕切るのは事象管理者と呼ばれる存在。過程に奇蹟により大きく加筆することによって、望む結果を得ることができる。そして、それは、物語の外にあるものに対しても十分に有効。……この世界最大の攻撃兵装。結果に、人間が事象管理者の奇蹟を得て、竜を倒したと書き加えれば、どんな強力な竜でも倒すことは可能。
その力を大いに振るって、教国と袂を別たである大帝国は栄えた。そして、いつしかいなくなった。
そして、世に獣が、蔓延った。その獣の正体が、お母様の考える通りだとしたら、私達に勝ち目なんてない。あるはずもない。
勝てるわけないって、知っていたのに、どこか勝てるなんて考えてた。
半年前もそう。勝って迎えに行けるなんて考えてた。
私達は、もう、敗者だ。物語で敗れてしまった敗者に過ぎない。
私は、無残に処されるだろう。それが、私の運命。
私はそれだけのことをしてきた。
デルタを殺してしてしまったのは私だ。マリーに守ってもらう価値もないのに、みすみす私の命を優先させて、無駄死にさせてしまった。
きっと、これは罰なんだ。これから、私は、デルタのいるところに行く。そして、伏して、謝らないといけない。」
決して大きな声ではなかった。でも、デルタには、それが聞こえた。悔恨を涙とともに、押し流しながら痛々しく、そして、弱々しく語る。その姉の小さな姿が。確かに聞こえた。
最後というように、メアリは顔を上げる。その頬には、涙の痕がくっきりと残っていた。
「ありがとう。私の懺悔を聞いてくれて。こんなことを聞かせてしまって。
貴公には感謝しかない。
これから、私に残された力で、あの子とあなたを脱出させる。
だから。」
「イヤです」
「!?」
デルタの口から出た確かな拒否の言葉に、大きくメアリは動揺する。そして、信じられないと、目隠しの下から、デルタの顔を覗き込んだ。
『さて デルタ 感動のところ悪いが アクティブソナーの結果により リ・デザイニング視覚を更新 脱出経路を作成 ドアの前に1人 階段の下に2人 階下に5人 対象の武装は 近接武器 剣又は短剣で武装していると思われれる すべてのドレス ハンガーアウト オールブルー いつでも着装・搭乗可能だ 行けるか?』
「助けます。……絶対に助けます。
だって、
だって、そのために来たのですから。
ゼクスマキナ。脱出の準備を進めて。対象の無力化を最優先する。自衛武装を構築。急いで。」
デルタはドアの方を見ながら、力強く宣言する。その時に、メアリがどんな表情を浮かべていることなど知る由もなかった。




