戦闘姫に新しい日常を 1
帝都郊外。馬車の扉が開く。そこから、降り立ったのは、女性が二人と男性が一人。そのうち一人は、帽子を目深く被っている。ただ、その振る舞いから、その子供のように見える。ただ、何も持たずに、2人の後をついて行く。その先には、おそらく没落した貴族のものと思われる古びた洋館。道行く人は、その共通点のない集団に、一瞬足を止めて、訝し気な視線を向ける。新興貴族か、平民の成金の家族が、帝都の屋敷を買ったのだろうと自らに思い。時間に追われるように、興味を失い、特に、気に留めることもなく立ち去った。
扉が開くと、意外にも、古臭い外見に見えた屋敷の中は、清潔さを保っていた。主の帰還がわかっていたかのように、エントランスに人が集まってくる。先頭にはオルテガ。全員が自らの前に並ぶのを確認して、アリアは口を開いた。
「オルテガ、ご苦労だった。」
オルテガが、一歩前に進み出ると、敬礼を取る。アリアが返礼する。アリアが頷くのを確認すると、そのまま、前に進み出て、ライトと子供の後ろについた。
「さて、疲れているところ悪いが、これからミーティングに入る。」
「准将。一つ質問を。いいですか?」
部隊員から手が上がる。アリアが、発言を赦すと、その部隊員は一歩進み出てまるで、値踏みするように子供に視線を向けた。
「准将が、養子を取ったと聞いていますが、今回の作戦にその子供が同行する必要があるのですか?」
アリアは、少し困ったように、眉をひそめた。それに気が付いたのか、子供が一歩前に進み出る。意外な挙動。ただ、ライトやオルテガが止めないことに、わずかに、部隊内にざわつきが起こった。
2歩
3歩
「あとで、アリア准将から皆さんに、紹介をいただく予定でした。ただ、疑問は当然だと思います。私の自己紹介をさせていただきます」
子供が、すっと止め紐に手を伸ばし、その帽子を右手に取る。零れ落ちたのは、空色の髪。そして、帽子の中から現れた瞳孔は空の蒼に染まっていた。帽子を、胸の前に持っていき、左手は、自然に下げると、すっと頭を下げた。その瞬間、子供の姿は消えて、銀色がまぶしい少女騎士の鎧のように見える何かが、床からわずかに浮かんで存在していた。
部隊員の中に困惑が広がる。ただ、訓練を受けた潜入部隊。それが混乱になることはなかった。
「戦闘姫 イハーブ・デルタ12と申します。イハーブとお呼びください。……今後ともよろしく。」
「……き、緊張した。緊張した!もう、心臓が飛び出るんじゃないかって」
『エンジンのオーバーホールの時期はまだ先だったはずだが おかしいな』
無事に顔見せが終わり、自室に引き上げたデルタは、緊張の糸が切れたようにベッドに倒れ込んだ。
「そう言う意味じゃないよ。っていうか、エンジンって外部に出せるの?初耳なんだけど」
『そうだ 戦闘姫のオーバーホール時には エンジンを……全く 引くなイハーブ 冗談だ さて いつものルーティンをするか』
ほっとした表情を浮かべているデルタはうんと頷く。その映る視界は、色を失い、ただ、温度と体温のみを捕えるようになる。
「ドアの外に2人。あとは、1階の娯楽室にみんな集まっているみたい。熱源が近くにあって、人数は不明。6人くらいまばらに配置されてる。多分見回りかな?」
『アリアとライトは おそらくミーティング中か 集音機能を使用するか?』
う~んと、デルタが少し考える。そんな時だった。
「あれ?娯楽室に動き在り。一人が抜け出して……こっちに来る?」
『どうやらそのようだ 通常視界に戻すぞ』
デルタの視界が元の色を取り戻した。そのまま、腰掛けて待っていると、ドアの前にかすかな息遣い。そして、ドアが開く。
「お待たせ。退屈していなかったか?」
「いえ、大丈夫です。」
ドアから姿を見せたのは、オルテガだった。その服装は、先ほどの魔属領の軍服ではなく、カジュアルな服装になっている。
「よしっと。デルタ……イハーブは帝都は久しぶりだったな。こっちは少し長引きそうだから、案内をするようにって」
差し出された手をデルタは取り、ベッドから立ち上がる。少し懐かしそうな表情を浮かべるデルタに、オルテガはきょとんとした表情を浮かべた。
「どうかしたか?」
デルタは、首を少しだけ振るとオルテガの目をしっかりと見つめた。
「なんだか、オルテガに、手を引いてもらうのって、久しぶりだなって思って。具体的には6か月ぶり」
その声に、オルテガは驚いたようだったが、すぐに、笑みが浮かぶ。
「ああ、そうだったな。ずいぶん経ったように感じていたけど、まだ、半年前なのか……。帝都に、お帰り。
デルタ」
その言葉に、デルタも、笑みを浮かべた。
「ええ、ただいま」
石畳を、馬車が走っていく。デルタは、その小さな窓から、見たこともなかった世界を好奇心いっぱいに見ていた。
「すごい!あの大きな建物は何?」
「あれは、劇場だ。プロの歌手や役者で、演奏や歌、演劇なんかが、公演される場所。デルタは、あまり、興味がないと思っていた」
「歌?演劇?」
首をかしげるデルタに、オルテガは、苦笑を浮かべた。
「そうだった。イハーブは、なじみがなかったんだったな。まあ、簡単に言えば、芸術的な活動の場所で少し敷居の高い場所だ」
ふぅんと、デルタは、一通りの納得を得る。そのまま、劇場を通り過ぎる。その先には、整えられた路と警備と思われるたくさんの人が行き来していた。
「あっちは、タウンハウス。貴族の街だ。」
「貴族の街?……そっちに入ることはできないの?」
デルタの言葉に、オルテガは静かに首を振った。
「アリアやライトは、帝立学園の研究科付き客員教授だから、呼ばれることはあるみたいだけど、俺たちは学園付きの研究員っていう立場。爵位とかがないとあの門を、くぐることはできないな。残念だけど、あの先は、俺たちにとっても未知の領域ということだ。」
デルタは、その門から目を離せなかった。もしかしたら、その先の家から、メアリ義姉さまや、メルファ義母さま、そして、マリーが姿を見せる様な気がした。だが、その幻視は、叶えられることなく、残酷にもその門は視界から消える。
馬車は、そのまま、しばらく走ると。商人街に入っていく。
「じゃあ行こうか。」
オルテガに手を添えられる形で、デルタは、馬車から降りる。
『久しぶりといったところだな』
「うん。とても懐かしい」
商人街は、変わっていなかった。デルタは、ほっとしてその空気を吸い込んだ。人の香りがした。
いくつかのお店を回りながら、デルタは、買い物をしていた。オルテガは荷物持ちで付き合っている。
「うん、やっぱり商人街の活気はいいわね。魔属領も好きだけど、こっちのごみごみした感じも好き」
「はは。まあ、そうなんだろうな。なあ、イハーブ、言おうと思ったが、そんなに少ない買い物でいいのか?アリアから、自由に使っていいって、財布は預かってきているんだが」
「うん。今日は、自分のお金だけで過ごすって決めているから。なんだか、いつもだと悪いし」
デルタは、自分の財布を覗き見る。この1か月半、ダンジョン監視の謝礼金として、働いた対価をもらっていた。決して少ない金額ではないが、無駄遣いができるお金ではない。デルタは、安いアクセサリーや小物を中心に買っていた。
「あ……」
その足が、止まる。そこは、雑貨店だった。入り口の先にあるものに手が伸びる。それは、古色を付けたノートだった。
「どうした?」
研究科に戦闘姫になって帰ってきた後、デルタは、部屋の中を見せてもらえなかった。きっとショックを受けると言われ、そして、ここに、デルタが帰ってきていることを襲撃者に知られてはいけない。そう言われて、すぐに研究科を後にして、場所を転々として……
一つだけ気がかりだったのは、ずっとつけていた日記だった。あの頃は、アリアの買ってきたノートに、いつしか日記をつけることが習慣になっていた。
そう、こんなノート。値札を見る。
そこそこにいい値段がした。裏に小さく印が印字してある。
『どうやら、大倭の刻印のようだな』
散々に、あの戦場で見た旗によく似ていた。青に赤と白の線が交差している。確か、あの6機編隊の飛行機械の翼にあった。
「これが欲しいのか?」
オルテガの声に、デルタは、うんと頷いた。さすがに、自分のお金だけでは足りない。
「ああ、あと、俺も少し買い物がある。すこしだけ、ここらへんで待っていてくれ。」
デルタが、頷いたのを確認して、オルテガの姿が、店の奥に消える。デルタは、すこしだけ周囲に視線を巡らせて、止まった。
『立ち入り禁止区画か』
路地の一角に、停止線が張られている。すでに、捜査は終わったのだろう。そこ周囲に人影はない。
「何かあったのかも。少し見に行ってみよう」
『野次馬を責めることはしないが ほどほどにしておけ』
デルタは、その路地に近づくと、その惨状が見えてきた。
ごみ箱は壊れて、その金属の蓋は、路地の中で、何メートルも先にぐちゃぐちゃに曲げられながら落ちていた。ただ、その中でも異様だったのは、その上の方だった。
「何だろう、爆発でもあったのかな?」
『ゴミ箱を中心に 高熱が起こった そう考えるのが自然だろう』
デルタの視線の先、
石造りの屋根の一部が一度溶けて固まったようになっていた。そして、その石材を支えていたはずの木は、まるで、削り取ったようにその付近の箇所が無くなっていた。ただ、その先が、あったことを示すようなかすかな焦げ跡があるだけだった。




