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力の開放 7

 デルタを乗せた飛行機が、陣地に着陸する。即座に、魔属領の工兵と救護兵が、デルタに駆け寄った。しかし、まさか、戦闘姫を相手にするとは思っていなかったこの部隊には、適切な工具などあるはずもなかった。


「置いてある工具はこれだけか?こんなんじゃ、鋼鉄を素手で裂くより難しいぞ。」


「バイタル低下しています。早急な対処を」


 デルタを囲んでいる魔属領の部隊が、焦りを感じている時だった。不意に空から影が落ちた。そちらを皆が見上げる。そこには、見たこともない乗り物が浮かんでいた。地上を見ると、あの軍人たちが、その乗り物の着陸場所を確保している。その中には、浮岩の姿もあった。

 その乗り物が、着陸すると、中から、壮年の男性が2人出てくる。浮岩は、膝を折り、軍人たちは、敬礼をした。


「工具を持ってきた」


 その男の内、1人が、手に抱えた小さなカバンを目の高さまで持ち上げ、拙い魔属領の言葉でそう告げる。そのまま、立てかけてある梯子を片手で器用に上り始める。もう一人の男と浮岩、軍人たちのうち何人かも、それに倣った。


「ここは、一般人立ち入り禁止だ。」


 魔属領の軍人の一人が、制止するが、男は、それを振り切る。なおも制止しようとするその軍人の前に、浮岩が立ちふさがった。


「管理者補佐の浮岩です。彼は、関係者です。」


「はっ?管理者補佐?なぜこんなことろにいるのです?」


「今は、大倭の補佐として、ニューアルカディアの専属顧問を承っています。ここは彼に任せてもらえませんか?」


 軍人は、不承不承と言った表情を浮かべたが、それ以上の反論をすることは止めた。その成り行きを見守ることにした。


 

「さて、まずは構造の確認からするか。リリィ」


 男はそう言うと、その箱を開くと、手元の箱のふたを左右に開き、右手を置くとその箱がまるで変形するように男の手に装着されていく。あっという間に、男の右手は、青い色の装甲に包まれる。男は、その手を少し物悲しい表情で見つめると、2、3回ゆっくりと閉じたり開いたりした。


「まずは定番の確認からしようか」


 男は、そう呟くと、デルタのヴェールに右手を当てる。その手から、光のような漏れで始める。


「スキャン開始。ふむ……基本構造は、あれと一緒か。リリィ、ナノテク使用の可能性はあるか?ふむ……なしと」


 男は、必要な情報は得たという様に、一度立ち上がる。


「リッチマン。これから、彼女の救出作業に入る。すまないが、邪魔が入らないように周りを固めておいてくれ。あと……彼女をこちらに頼む」


 その声に、もう一人の男性は頷くと、軍人たちに的確に指示を出す。魔属領の側からは、情報が遮断された形になった。


「どうなっているんだ?」


 戦闘姫を抱えながら降りてきた飛行兵が声を上げた。


「大丈夫なの?」


 心配そうに祈念士が浮岩に問いかけた。


「こんなやり方、問題になるぞ。」


 司令補佐が眉をひそめて声を上げた。


 その声に、浮岩が口を開こうとした時だった。



「少しは、黙っていろ」


 

 落ち着いた声ながら、よくとおる声だった。魔属領の軍人たちは、そちらを見て、魔属領の敬礼をする。その場に、司令が副官を伴って現れた。


「司令。しかし」


 司令補佐の言葉に対して、すっと司令は手を上げた。その意味を察して、司令補佐は口を閉ざした。


「貴君らは忘れているかもしれないが、我々は、つい数時間前までは、装備、人員共にひっ迫した状況だった。そして、現在止むに負えないとはいえ、無理に陣地の再構築を行った結果、部隊の余力は低い状況となっている。


 現状でこの有様だ。」


 司令は、まるで自分に言い聞かせるように一度言葉を切ると、戦闘姫がいるであろう場所に視線を向けた。おそらく、その人垣の向こうでは、懸命な作業が行われているのだろう。


「我々に今できることは、少ない。だが、できることがないわけではない。それは、彼らの作業が滞りなく終わるように、その行動を阻害しないこと。そして、我々ができることを進めておくことこの2つに過ぎない。油を売っている暇はないぞ。諸君。」


 その指令の言葉に、司令補佐は、頷くとすぐに支持を出していく。飛行兵たちは偵察任務に戻り、祈念士たちは、次の祈念の準備のために、癒の陣地へと引き上げていく。司令補佐も、残った部隊の内必要な人員を残し、その他の工兵、救護兵に通常任務に戻るように指示を出す。兵士たちも、それに従い、機から降りる。


 そのごたごたの後、元は、30人近くが密集していたフライングパンケーキⅡの機上に残ったのは、リッチマンとNAの部隊員、浮岩、司令、そして数名の魔属領の部隊員だけだった。


「協力感謝する」


 リッチマンの声に、指令はふっと笑みを浮かべる。


「当然のことをしただけだ。それよりも、任せても大丈夫なのだろうな?」


「当然だ。彼は、私たちのリーダーだからな」


 リッチマンは、そう言って言葉を切ると、作業の様子を覗き見る。そこには、リリィとともに、所定の工程を行っているチェアマンの姿があった。


 

「なるほど、ほとんどが事前情報の通りだな。だが、ずいぶんとノイズが多い。ああ、リリィ、それは、最短の道だ。そして、賢い選択だが、それをここで使用するわけにはいかないだろう?」


 リリィの出した結論に対して、チェアマンは一度首を振って拒否した。


「今はその時ではないさ。さて、最も遠回りかもしれないが、構造は大体理解した。一つ一つこなしていく。リリィ、まずは、右肩部の脱着から始めよう。ダイレクトダイブの準備。なに?その行動は、あまり好きじゃない?それについては、全く同意するよ。」


 リリィが、チェアマンの意図を組んで、ドレスにリリィのダイレクトダイブによるクラックを仕掛けようとした時だった。


『誰かそこにいるのか?』


 リリィとチェアマンのディスプレイに同時に文字が表示された。リッチマンが眉をひそめた。予定とは違う。


「リリィ、ダイレクトダイブ中止。戦闘姫は、どうやら、人工知能を使用しているようだ。」


『人工知能……物は言いようだな』


 リッチマンは、その言葉に、わずかに驚きの表情を浮かべた。その直後に納得の表情を浮かべる。


「あなたは、戦闘姫――デルタの人工知能か?」


『まあ そう言うものだ  汎用型戦局兵器群補佐電脳集合体(ゼクスマキナ)と呼んでくれてかまわない  そちらはリリィと呼んでいいか?』


 その言葉に一瞬苦笑いを浮かべたチェアマンだったが、


「ああ、それで構わない。まず、状況の確認をしたいのだが、デルタは、無事か?」


『一時的にエネルギー不足を起こして 休眠状態に入っているだけだ  ただ 現在のデルタの装備では 自力での回復は難しい』


 淡々と告げられる言葉に、チェアマンは、次の言葉を考えた。


「協力してもらえるか?ゼクスマキナ」


 ほんのわずかに沈黙があった。次の瞬間だった。

 

『ああ もちろんだ リリィ  デルタを助けるために 協力してほしい』


 チェアマンは、まず、自力での解除が可能かゼクスマキナに問いかけた。答えは否。少なくとも、それには、デルタの意識領域の確保とデルタが、意思を示せる状況にあることが重要になるとのことだった。


 次に提案を行ったのはリリィだった。ゼクスマキナ側からデルタの覚醒を促すことはできないかと問いかける。これも、否だった。ゼクスマキナは、現状の役割は、あくまで戦闘姫の補佐として役割以上与えられていない。との回答だった。



 結局残ったのは、マニュアルによりドレスを解除してく方法だけだった。NAの工兵と魔属領で残っていた工兵が集められる。


「さて、ゼクスマキナ。始めてくれ」


『了解した 右腕部制御開始』


 右腕部を守っている金属に、わずかに蒼い光が奔ると、接続部が自然な形で現れる。そこにあった工具をNAの工兵が入れ込み、丁寧に解体を始める。他の部分も同時進行で進められていき、残すは、ヴェールだけになった。


『協力感謝する これから ヴェールの脱着工程に移る』


 その言葉と同時に、いくつかの接続が緩み始める。チェアマンは、そのまま、そっとヴェールを持ち上げる。まだあどけなさを残した少女がそこにいた。


(血の色が蒼い?)


 口と鼻から蒼い血を流しながらその子は眠っているようだった。だが、それも瞬き一つの間だった。流れている血は次の瞬間には、赤に変わっていた。チェアマンはあたりを確認するが、声が上がっていないのを確認する。内心でほっと息を吐いた。


 うぅ……


 外の空気に触れたからか、かすかに少女……デルタから声が漏れた。チェアマンは、残りの作業を救護兵たちに任せるとその場を後にする。


「ああ、リリィどうだ?通信はつながっているか?」


 リリィの回答は少し残念そうなニュアンスを多分に含んでいた。


「抽象的だな。全くらしくない。しかし、ゼクスマキナか……」


 それだけを言うと、チェアマンは後を浮岩に託すと、フライングパンケーキⅡから飛び降りる。そのまま、リッチマンの待つ車に乗り込んだ。それは、現れたときと同じく、あっという間に空へと消えていった。




 う、うん……デルタは、起き出すと身の回りを確認した。粗末な服、粗末な部屋そして、粗末なベッド。小さな窓から、外を見ると空は雲に包まれていた。


「ゼクスマキナ?」


 呼びかけるが、返事はない。でも、どう見ても、そこはデルタの部屋だった。それで、悟る。ああ、これは、夢だ。と、


「ああ、夢なんだ」


 そう考えつくと、デルタは、好奇心が沸いてきた。そっとドアに手を掛ける。いつもは鍵がかかって決して開かなかったドア。それはたやすく開く。すぐに階段が見える。デルタは、音を立てないよう慎重にゆっくりと降りていく。会談が終わった先にドア。デルタはゆっくりとそのドアに手をかけて開いた。


 そこは、空き部屋だった。当然、中には誰もいない。ほっと息を漏らして、ドアを閉じ、音を立てないようにゆっくりと歩いていく。また、ドアがある。それを開くと廊下に出た。周りに人影がないことを確認して、ほっと息をつく。


「イヤよ!イヤ!!そんなのイヤ!」


 確かに声が聞こえた。フォルフォード家のプライベートスペースとして使われる娯楽室の方向だった。


「メアリ?」


 デルタの耳朶を打ったその声は、確かにメアリの声だった。強い拒絶を感じた。


 ごくっ


 デルタは、なぜかその声に強い不安を感じた。生唾を飲み込む、それでも、口の中はからからだった。まるで、そこが夢であることを忘れてしまうほどに、心臓を締め付ける様な緊迫感が、その方向から漂ってくる。


 デルタは、暗い廊下の中、微かに漏れ出ている明かりに向かい、歩いていく。そして、決意を秘めて覗き込んだ。


「メアリ――その気持ちはわかるわ」


 部屋の中には、見知った人物が4人見える。メアリ養姉(お姉さま)、メルファ養母(お母様)、そして、マリー。もう一人はデルタだった。


「お母さま、イヤです!イヤです!そんなの惨いし酷すぎます。この2年半を……この2年半。せっかく救い出したこの子に……わたしの妹に、そんなひどいことをするのですか?」


 その言葉に、メルファは、眉をひそめた。言わなくてもわかっているという様に、見える。メルファの反応を見て、メリアは、マリーに縋りついた。


「マリー。貴女ならどうにかできるでしょ?この現状を覆す……」


「残念ですが、お嬢様。もうこの事態になってしまった以上、私にもできないことがあります。私も、メルファ様の言うことが正しいと思います。メアリ様。デルタ様を護りたいのでしょう?でしたら、どんなにつらくても、飲み込まないといけないことはあります」


 そんな中、デルタは、ちょこんと座っている。思わず、ドアの外のデルタは自分の姿を確認する。座っているデルタは、皆からは少し劣るかもしれないけど、きちんとした服を着こんでいた。


「デルタ、イヤだよね?イヤだよね?」


 メアリは、涙こそ見せていないものの、声の端々にすでに悲哀のような物が見えている。それを見て、何を思ったのか、デルタは、椅子から立ち上がって、メアリに近づいた。


「メアリお姉さま。今までデルタを可愛がってくれてありがとうございます。デルタは、これから、どんな目に合おうと……平気です。」


 嘘だ。ただの強がりだとわかる声で、デルタは、メアリに告げる。メアリの眼が、はっと大きく開かれる。デルタの接続部が露出している。


「デルタ、嘘下手すぎるよ」


 メアリが、悲しく笑みを浮かべる。デルタも苦笑するように笑みを浮かべた。


「御養母(お母様)。今までありがとうございました。受けた御恩は決して忘れません。」


「デルタ。バカ。あなたは、今からその御恩を忘れてしまうのよ。そして、とてもひどい目に合うのよ。それが、あなたを生かすために必要だって言っても、私たちはあなたにとても酷いことをするのよ。本当は、大好きなあなたに」


 デルタは、照れたように笑みを浮かべると、マリーに向かい合う。少し視線を合わせるとマリーは頷いた。


「デルタ様の決断に敬意を払います」


「素直に受け取っておくわ。ありがとう」


 デルタは、メアリにそっと近づく。メアリは、既に、覚悟を決めたようだった。


「お姉さま、お願いします」


 その言葉に、そっと、メルファは、デルタの震えて接続部がむき出しになっている小さな手に自らの手を重ねた。

 

「……デルタ。こんなことしかできない。無力な私たちを恨んでもいい。でも、もし生きて……」


「養母様(お母様)。きっとお母様とメアリお姉さま、そして、マリーの3人ならできます。その先の言葉は、本当の意味で再会したときに聞きます。お姉さま。お願いします」


 メアリは、頷くと手に魔術を準備する。魔法陣が、メアリの手に生まれた。それをデルタは、しっかりと見つめている。いや、もしかしたら、その魔法陣の向こうの今までの楽しかった思い出すべてを見つめていたのかもしれない。


 

 デルタのあまりの苦痛にあげた悲鳴が、部屋の中に木魂した。そのまま、床に倒れ込む。



「デルタ!」


 誰かの声が、聞こえた気がした。

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