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力の開放 ~幕間~

 コンテナの上でその光景を見ている者がいた。

 要望は、女性のように見える。黒い肌に、決して動きやすそうと言い難い、タイトで華麗なドレスを着て、ヒールの高い靴を履いている。

 その左胸の上から、紅い光がまるで自己を主張するように、零れ落ちている。

 女性の眼には、ダンジョン方向から押し寄せていたプレッシャーが、目的を失って、分散して消えていくのが手に取るようにわかっていた。それは、この短い氾濫(フラッド)が終わったという証であった。再度、もっとも遠くに、戦闘姫が配置したセンサーをジャックし得られたデータを映像に変えて、確認する。そこに動くものはなく、これ以上の増援はないと判断した。

 ふぅっと小さく息を吐くと、自らの右手をまじまじと見つめる。そこ右手は、まるで、内から避けたように大きな傷痕ができ、そこから胸のものと同じ、紅い光が、皮膚の奥からにじみ出ている。

 ただ、女性は痛みを感じているということもないらしく、その様子にふっと笑みを浮かべると、傍らに置いてあるバッグから、バンテージを取り出す。それをくるくると手馴れているように左手の甲に巻き付け、右手も、同じように巻き付ける。


「全く、やるじゃないの。――戦闘姫。」


 誰に言うのでもなく、女性は口に出すと、ふっと笑みを浮かべた。いつしか、女性が来ていた服は、ドレスから、トレーニングTシャツとハーフパンツに変わっている。足元も、ずいぶんと履きなれているシューズに変わっている。

 まるでアップするように、2~3回ジャンプすると、軽くステップを踏みながら、髪を後ろに束ね、ゴムで縛った。そのまま、後ろを振り返る。何の気配も感じることのできない虚空が、そこには広がっているだけだった。ただ、


「出てきなよ。遠慮はいらない。――たしか、今はリッチマンって名乗っていたよね。」


「まだ、3回目の邂逅だというのに、良く調べているな。」


 こちらも、いつも間にか現れた全身黒づくめのボディアーマーを着こんだ男性……リッチマンに、女性は、ふっと笑みを浮かべると、おどけたように肩をすくめた。ただ、その身から隠す気もなく、溢れて出ているものは、明らかに敵意そのものだった。


「知り合いにあなたたちのファンがいてね。そう言う話題を振ったら止まらないのよ。全く、もう少しレディを楽しませてくれる話題を作ってってお願いはしているけど、聞いてくれないの。我儘だから」


 リッチマンと呼ばれた男は、特に感想を述べることもなく、両脇にだらりと下げていた両の拳を握りしめ、全身に力をみなぎらせた。それを見た女性は、うれしそうにも見える表情を浮かべる。


「王都シャンダラの討伐ギルド受付嬢……アマンダ。」


「あら、よくご存じで。私って、結構な有名人なのかしら?サインが欲しいのなら、そのボディアーマーに書いてあげようか?」


 その言葉に、アマンダは軽い笑みを浮かべると、おどけたような口調で、応えた。

 

「どうやってここまで来た?」


「仕事できたの、後は娯楽っていったところかしら」

 

 その言葉に、ふふっと、アマンダは笑みを浮かべると、ウォームアップを止め、表情を引き締めた。それは、開戦の合図に見えた。二人の間にある空気が一気に冷えていく。


「乙女に秘密を聞くときには、それなりの礼儀が必要。そう御両親から教わらなかったかしら?」


 アマンダは、拳をあごの高さに持ち上げ、ファイティングポーズを取ると、刺すような眼光を投げかけてきた。


「残念だが、両親からそのような教育は受けていないな。だが、こういう極悪人に対する礼儀(対応)は、慣れているつもりだ」


「あらそう?それは楽しそう」


 アマンダは、その言葉が、言い終わるか終わらないうちに、体勢を落し、一気に加速する。それを目に捉えたリッチマンは、迎え撃つように初めて構えを取った。




 コンテナの上、リッチマンは、手に残ったバンテージを握っていた。


「あら?もう終わったの?」


「セリアか。」


 おどけたような声が、リッチマンの背後から聞こえた。セリアの声に、リッチマンは、そちらを見ずに応えた。すっとバンテージを見ると、そのまま、それを、懐の格納箱にしまい込む。そして、改めて、セリアの方へ向き直った。


「仕切り直しだ」


「逃したの?珍しい」


 セリアの言葉を無視して、リッチマンは、無線機のスイッチを入れる。

 

「チェアマン。リッチマンだ。目標を逃した」


「チェアマン了解。閣下がお待ちだ。一度状況のすり合わせをしよう。」


「了解した。通信終わり」


 短く通信を終えると、ボディアーマーのデバイスを操作する。


「セリア。なぜここにいる?」


「あなたが行くところに私が行くのは、当然のことよね。いつものように追いかけてきたの。私、退屈は嫌いだから」


 方法を問いただすのを、リッチマンはあきらめる。すぐに、スポーツカーのフォルムに似たモービルが、コンテナの上に現れる。


「さて、行くんだろ?」


「いつもならそうね。でも、今は、あなたよりも興味を引かれるものがここにあるから、そっちを見に行こうって思っているの」


 そう言うとセリアは、コンテナから飛び降りる。リッチマンは、いつものことだというように、ふんと、微かに声を出すとモービルを発進させる。その後には何も残っていなかった。




「しかし、早かったわね。あっちは大したことなかったの?」


 右手だけ、バンテージを巻いているアマンダは、頭の上に手を組みながら、目の前を杖を持ちながら歩いている15歳くらいの男の子に話しかけた。一瞬だけ、男の子は怪訝な表情を浮かべた。


「ああ、対象が思いのほか理性的で助かったよ。それに今回の件は、こちらの私的な用事だ。」


「あら、作戦の要を成す重要人物に関する問題を解決するっていうのは、私的な用事とは言わないんじゃない?」


「お前が、その重要人物を徹底的に苛め抜いて、ボロボロに(無力化)して、何もかもを奪い取り、その存在価値すら危うくした。そのことはわかっているのだろう?」


「あい、反省しています。でもさ、強がっているかわいい子をいじめるのって楽しくない?」


 その言葉に、呆れたような表情を浮かべた男の子だった。ただ、すぐアマンダは、そう言うやつだと思い出したように、深いため息をついた。その声が聞こえているのか、それともいないのか、アマンダたちは、目的の場所に一直線に歩いていく。


「……しかし、異世界の力は、すさまじいという言葉に尽きるな」


 目の前は、きれいに整地されているように見えるものの、足を踏み込むと、それは、全く異質なものだということがわかる。そこに見えているものは、岩のように見えていたものの、踏み込むと、泥よりふわふわとした感じで、微かに靴底が沈み込む。ただ、滑る感じはない。


「あと、5分もしたら、修復されると思うけど。……さてついたわ」


 何もない場所。そこに、二人は立った。アマンダに視線で促され、男の子は、前に出ると、背中に担いでいる杖を抜き放つ。と、空に、くるっと回し、何かを描き出す。光を纏いっているそれを、杖と同時に大地にたたきつけた。かすかな振動を感じ、そこから、わずかな時間が過ぎる。


 大地の中から、ポコッと間抜けな音をたてて、光に包まれた黒い塊が、2人の眼前にまで浮かび上がってきた。


「回収完了。危ないところだった。さて、アマンダ。どうする?」


 アマンダは、特に感情のこもっていない目でそれを見つめた。考える様なしぐさをすると、男の子の方へ向き直る。


「私が持ってもいいけど、問題が発生する可能性があるわね。ミト、あなたが持っておいて」


「承知した。」

 

 ミトと呼ばれた男の子は、珍しいなとつぶやき、その言葉に頷くと、まだ輝いている塊を右手で掴む。そのまま、無造作に見える動作で、バッグに放り込んだ。アマンダは、その様子を見届けると、背を向けた。


「さて、長居は無用ね。そっちのフォローはとりあえず任せるわ。」


「心得ている。――


 アマンダ」


 去ろうとしているアマンダをミトは引き留める。アマンダは振り返らずに、次の言葉を待っているようだった。


「気負い過ぎだ。言えた義理ではないが、焦って行動するような愚は犯すな。あと、決して無理はするなよ。」


 その言葉に返答することなく、アマンダは、去っていく。その様子を見ているミトの表情は決して穏やかとは言えなかった。その瞬間狙ったのか、バッグの中が鳴動した。


「全く。無理をしているのは、みんな同じということか。」


 ミトは誰に言うのでもなく、そう呟くと、光に包まれながら消えていく。一瞬だけ、その姿は、ひげを蓄えた壮年の男性のようにも見えた。



 獣との戦いの翌日、捜索隊が、浮岩の指示のもと、魔属領とNAの間で組まれ、周辺の調査が行われた。調査の結果、ダンジョンの非活性化が確認できた。それは、一時的にこの地域に平静が訪れたことを示しているようだった。

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