力の開放 4
『デルタ 何かあったのか?』
明らかにさっきまでと様子の違う、デルタにゼクスマキナは不安げに問いかけた。デルタは、それに曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
「え?そんなことないよ」
『嘘をつけ 少しチェックをするぞ』
ゼクスマキナは、デルタの記憶を確認する。戦闘姫の機能の多くは、その共有記憶が機能発動のためのトリガーとなっている。その記憶を確認したゼクスマキナは、絶句した。そこにあったのは、
『どういうことだ』
「え?どうしたの?ゼクスマキナ?」
戦闘姫が単機で行える最大火力の兵装使用許可のための記憶だった。
『デルタ お前は お前は 空に落ちたか?』
「うん、とても蒼くて冷たくて、でもどこまでも広がる空に落ちる夢を見たよ。でも、不思議だな。あの時は、ドレス着てなかったと思うんだけど。でも、全然怖くなかった」
間違いないと、ゼクスマキナは、息をのんだ。一瞬躊躇する。でも、それを伝えないといけない。
「今度は、黒曜の翼に着替えるんだね。急がないと」
『デルタ 着替えなくていい もう少しだけ 白銀の銃で行くぞ』
えっという声が、デルタの喉から漏れた。デルタは、即座に、もうい一度残弾数を確認する。そこにあったのは、全力での戦闘は、あと、1分が限界という事実だった。
「でも、白銀の銃は、もう、残弾がほとんどないよ。ゼクスマキナ、私は」
『デルタ 説明をしていなかったが 白銀の銃には もう一つ武装が施されている 否 正確には 小橙の芽と新緑の枝以外のすべてのドレスにその武装は施されている そして 現状を打破するためには 黒曜のそれよりも白銀の方が 可能性が高い』
「ええと、それって、どこにあるの?」
デルタは、不思議そうに、各種のHUDをチェックする。その武装を示すような物は何一つなかった。
『ある だが 準備に時間が必要だ 一度陣地まで引くぞ』
速度を上げる。デルタの視界には、見たこともない武器や人々見えてくる。デルタは、ふと、視線を感じて、自分が飛び立ったコンテナの方を見た。だが、そこに誰かがいたような痕跡を見つけることはできなかった。
『どうした デルタ』
「ううん、何でもない。」
視線に多分に含まれていたのは、確かにデルタに何かを期待しているようなものだった。なぜか、それは、アマンダの視線によく似ているような気がした。
陣地の少し前で減速をして、向き直る。まだ相手は遠い。おそらく、斎藤さんたちが、足止めをしてくれているんだと思うと、心の中から何かが湧き上がるような気がした。
『さて 遅くなったな デルタその武装の名を伝えよう 武装名は『力の開放』という』
「力の開放?変な名前。ねえ、ゼクスマキナ、どこにそんな武装があるの?さっきから、ウエポンベイとか、オプションシステムを確認しているんだけど、私の知らない装備なんてどこにもないんだけど?早く、見つけないと、あれだけ大見得張ったんだから」
足元の陣地では、突然現れたデルタに対して、混乱が起きているようだった。
「戦闘姫、戻ったのか?」
無線から、司令官の声が聞こえた。デルタは、一度鼓動を落ち着かせると、その無線に応える。
「すいません。援護が入ったので、こちらの立て直しが完了したと思いました」
デルタの声に、無線の向こう側は、少し困惑しているようだったが、やがて、ふうっとため息を吐くような声が聞こえた。
「こちらの理解の範疇は超えているが、援軍が到達した。こちらは、体制を立て直しつつある。そちらは」
デルタは、ほっとしたのと同時に、すっとおなかの奥に冷たい何かが落ちていく。それは、もしかしたら、覚悟というものに近いものだったのかもしれない。いずれにせよ、今のデルタにその感情を言い表す手段は持たず、そして、きっと聞き入れてもらえるなどということは考えてもいなかった。
「迎撃は失敗。対象はいまだに移動中です。対象は召喚能力がある模様」
「召喚能力?それは、もはや、生物とは言えない。……まさか、噂は本当だったということなのか?管理者が……それで、お前は、逃げ帰ってきたというわけか?」
まさか、無線が筒抜けだと思ってはいないだろう。不穏な言葉があったが、デルタは、それを無視した。
『まさか 相手は こちらに無線が筒抜けだとは勘づいていないらしい しかし 管理者か 回答は デルタ任せる』
ゼクスマキナの言葉に、デルタは、頷いた。
「援軍から指示を受けて、こちらに準備のために退いてきました。これより、私の持っている最大の火力をもって、対象に攻撃を行ってみたいと思います。許可をお願いします」
その言葉に、司令はおろか、ゼクスマキナも黙り込んだ。永い沈黙が流れた気がした。だが、きっとそれは、たった数十秒のことだったのだろうと思う。
「戦闘姫、その武装は、どこにある?どのくらい準備がかかる。お前が継続戦闘能力が低いことは十分な弱点として、こちらは把握している」
当然の質問にデルタは返答に詰まる。さっき迎撃に出てから、既に10分近くが経過している。戦闘姫の継続戦闘能力は低いということは、十分に相手にばれている。デルタが、何とか言葉を出そうとした。そんな時だった。
「許可する。戦闘姫。」
それは、聞いたことのない声だった。無線の向こうから気が強そうな女性の声が聞こえた。司令の声が、一瞬ウキイワと発したのをデルタの耳は聴き取ったが、おそらく、それは、今無線で対話している相手のことなのだろう。
「司令は、こちらで説得する。主からの伝言だ。思い切ってやってみろ。お前たちが、あの時見せた力を再び見てみたいともな。
そして、それは、私も同じ思いだ。」
不意に、無線が途切れる。周りの声が耳に入ってくる。
『さて 許可は下りたが デルタ この状況はどうする』
えっとデルタは声を上げると、あたりを見回した。魔属領の兵士は明らかな敵意を向けていたが、見たこともない兵隊は、なぜか、興味深そうにデルタを見ていた。
「へえ、まさか、この作戦に俺たちの知らないヒーローが投入されているとは思わなかった。ニューヒーローか?いや、まだ子供のようだから、サイドキックっていう可能性が高いか」
と、興味津々な兵士から問いかけられて、デルタは、言葉に詰まった。ついさっきも同じことを聞かれた気がした。気のせいではなかったらしい。
「ええと、ええっと……」
デルタが、返答に困っていると、不意に、兵士は自らの耳のあたりに指を添えた。
「少し待ってくれ……ああ、すまない。ところで、その兵器はいつ到着予定だ。え、現状の報告か?現在は、敵からの圧力が弱まっている。近く?戦場に不似合いな奴がいたから、両親がどこにいるか聞いていた。え?これが?おいおい、これがその兵器だと?ヒーローごっこの子供でも、もう少し、ましな格好をしている。」
なんとなく、このちんちくりんという目を向けられたような気がして、デルタはむすっと膨れた。
『さて 状況はカオスと言ってもいいくらいだが デルタできるか?』
「ええと、できると思う。でも、やれるの?本当に――」
デルタは、ほんのわずかに首を傾けた。探したけど何も出てこない。そんなもので、何ができるのか?デルタはまだ何も知ることもできずにいた。
『ともかく移動する この陣地より防御の厚いところ……そうだな、あのコンテナのあたりがいい』
「わかった。移動する。」
「まて、移動するんだな。機動部隊は移動可能か?よし。了解した。NA海兵隊待機部隊は、コンテナ周辺に展開。急げ!」
部隊が動くのをHUDの表示が示している。デルタは、その手際と、練度に驚きながら兵士を見た。
「グッドラック。」
兵士は、それだけを言うと、前線に進んで行く。ただ、デルタは、その背中を見届けることしかできなかったし、それ以上のことができるなんて思っていなかった。握った拳は小さいけど、とても、ケツイに満ちた。
『さて 移動しよう 彼らに報いないとな』
「ゼクスマキナ……わたし、誤解していた。なんだか、誤解していのかもしれない。」
浮き上がりながら止まりがちに何とか紡がれるデルタの言葉に、ゼクスマキナは返事を返さなかった。ただ、それは、多分デルタの次の言葉を待っていたからだろうと思う。だから、デルタは、次の言葉を素直に発した。
「アリアさんしか私を見ていないって。私の人生に意味なんてない。本当は、そんなことはなかったんだ。力を持ったからかもしれないけど、皆が見ているんだ。簡単に失敗なんてできそうにないね。――――なんだか、怖くなってきた」
『降りてもいいんだぞ デルタにはそれだけの権利はある』
その言葉に、デルタは、目を閉じて首を振った。
「でもね、なんだか、何だろう、言葉にできないんだけど、怖いんだけど、みんなの声が力になるの。ふふっ。なんだか不思議。皆の為に力を使うことが怖くないの」
『皆の期待を任され 自らの責を果たさんとすること 人それを責任というか 』
その言葉に、デルタは、何かすとんと胸に落ちたようだった。
「そうか、責任……わたしって、忘れてたんだ。……アリアさんだけじゃない。みんな、そうだったんだ。ありがとう、ゼクスマキナ。あと、教えて。私はこの場で何ができるの?教えて。お願い。ゼクスマキナ。私たちは、何かできるの?」
戦闘姫の言葉。その言葉に、ゼクスマキナは即座に応えた。
『デルタ もう わたしは お前に お前が持つ力が何なのか隠すことはしない 力の開放は 武装ではない みずからの記憶 そして それから導き出される力だ 思い出せ そして 辿れ みずからの在り方を 在る意味を 見いだせ ……その先に それはある』
あいまいな言葉でも、不思議と力がみなぎるのを感じる。もう一度、さっきの記憶を見つめる。
何処までも大地に犯されない 蒼い空。孤独を感じさせながらも、決して途切れることなどない。蒼い、蒼くて寒くて、そして、ただただ、尊く感じる。それは、なぜなのか?その答えが出ないうちに、蒼の中に白が混じり込んだ。雲の白とも相容れない白。それが蒼い世界を喰らっている。戦う力もないデルタは逃げようとする。
逃げられない。どこまでも、白は追ってくる。デルタの家も、両親も白にのまれて消えていく。
声にすることすら否定されるような悲鳴が、デルタの喉の奥から漏れた。伸ばした手の先でなぜか、両親が微笑んだ。全てを飲み込んだ白の奥から、異形が現れる。招かれざる放浪者。
デルタは、始めて、怒った。青を塗りつぶす白に怒った。それは、拳になった。それは、怒号になった。力なくても、赦すことはできなかった。
「想い出した。戦闘姫の始まりを。」
コンテナの上に、すっと着地したデルタが両の眼を開いた。そこには、青よりも深い蒼が、まるで、深い空の底を表すように輝きを放っていた。
「ずっと、ずっとそこにあったんだね。わたしと一緒に。私たちの始まりは。蒼だったんだ。」
『今なら見えるな デルタ12 デルタステータスにそれはある 』
力強くデルタは頷いた。その瞬間だった。獣の咆哮が、陣地に届いた。戦闘姫の帰還そして、獣の咆哮に、誰もが陣中が混乱に巻き込まれるかと思った。その時だった。
蒼い閃光と衝撃波を纏った光がまるで、咆哮に対峙するかのように陣内から発せられた。
それは、黒と白が入り混じり、茶が入り込んだ戦場に、突如として蒼が産まれたような衝撃を与えた。




