戦闘状況は変わる
時刻は少し遡り、また、場所も少し動く。
魔属領軍陣地より、20キロ北方。湖のほとり、荒れ地を慣らし、地面を平坦にして、滑走路に近いものを作り上げた。
「よし、整地はこれくらいで十分だろう。」
そこに、湖を調査に言っていた兵団が戻ってきて、調査結果を報告する。その結果に、整備兵長はにんまりと笑みを浮かべた。
「よし、開店するぞ。まもなく、最初のお客さんが来る。滑走路要員は、所定の位置につけ」
整備兵長の怒号が飛ぶと、あわただしく整備兵たちが動き始めた。あるものは、誘導灯を取り、あるものは無線機に耳を澄ませた。やがて、無線から、声が聞こえ始めた。
「あ、あ、あーあー。こちら、NAーUSーA44着陸許可を願う」
「聞こえています。NA-USーA44、スティーブ機。貴官の着陸を許可します。」
「それじゃお言葉に甘えて。」
スティーブ機は、滑走路に進入すると、お手本のような短距離着陸を見せる。
「スティーブ機。着陸完了。整備補給班は、所定の手順を行うように」
スティーブ機が、側方に移った時だった。不意に無線に大量に声が入り込んでくる。
「NA-USーC1、着陸許可を願う」
「NAーJPーWC2、湖への着水を行う。つづいて、NAーJPーWC3、NAーJPーWC4も同じく行う」
「NAーENは、上空にて待機する。」
「NAーCHも、上空にて待機する。こっちは大所帯なんだ。早くしてくれ」
空いた滑走路は、次々と輸送機が着陸し、誘導。中から、兵士たちと戦闘車両、戦車が運び出されてくる。
やがて、小一時間も経つと、全ての輸送機が着陸を完了し、その中にあったすべての戦闘車両と兵士を吐き出していた。その数、2個大隊に匹敵し、その隊員が使用する武装なども、それに見合う数が、用意されていた。
全員が整列し見守る中、大倭の国王補佐官である、浮岩が壇上に登った。
「まず、皆さまに申し上げたいのは、今日、我々がようやくにして帰還するきっかけを作っていただいたこと。このことに感謝を申し上げます。我々と皆様の道が交わって、5年の月日が経過しました。皆さまのご尽力、そして、友好に感謝を申し上げる所存であります。
ただ、5年の間に大倭とニューアルカディアは、これだけ親密になったというのに、今のところ、両陣営を結ぶようなカップルがいないことは、悲しいことです。
もし、そう言う、いいお話があれば、是非にお聞かせ願いたいものです」
兵士たちの間に、一瞬だけ笑みが生れた。それを見た、浮岩は、ほっと息を吐くと、言葉を続けた。
「これより、本隊は、先行する大倭軍、並びにニューアルカディア先遣隊の戦術支援を行います。
ですが、この戦闘。単に勝てばいいというものではありません。我々の力を、魔属領の主軍に見せつけて、圧倒することこそが、この派兵の意義であります。
すでに、大倭のヘイゼン親王閣下とチェアマンは、上空の鵬にて待機し、我々の働きを見守っていらっしゃいます。
各員、死力を尽くしこの新天地に、新生大倭とニューアルカディアがあるということを知らしめようではないですか」
浮岩はそこまで言うと、大仰に両手を広げた。
「閣下より、直言を賜っています。
諸君。我々の一挙一動が、この世界に生きようと、後を進む者たちの導となる。
諸君。ここから、歴史を始め給え」
鬨の声が上がるのを見計らい、浮岩は、壇上から降りる。周りは、すでに、指示の声が飛び交っているが、浮岩の周りは静かなものだった。そんな中、一人の男が、拍手をしながら、浮岩の近くに寄ってきた。
「大倭と、ニューアルカディアの混じったいい演説だった。評価としては、70点ほどといったところかな」
「リッチマンか。手厳しい評価どうも。」
「及第点と言っているんだよこれでも。」
そう言うと、リッチマンはおどけるように、肩をすくめた。
「ふん、ニューアルカディアの恐怖の象徴が、何を言うか。まあ、おぜん立ては果たしたぞ。こっちはこっちで、現地指揮官との対話がある。ところで、どこまでついてくるのだ?私の着替えに、興味でもあるのか」
リッチマンは、ふっと鼻で笑う様な仕草を見せた。
「管理者の体質には興味があるが、そっちには全く興味がない。まあ、俺がここにいるのは、腐れ縁の見張りのためといったところだからな」
「仲いいのね。少し妬けるわ」
その言葉に対して、リッチマンは、ほんのわずかに眉をひそめ、車を回してくる。と言うとだけ告げて、その場から立ち去っていった。浮岩は、その背中を見届けると、テントに入り、トランクを開ける。そこには、大倭管理補佐戦巫女”浮岩”の証と言ってもいい、翠の服があった。それは、かつて、地の主になる可能性を持った大イノシシを屠り、その返り血で染めたその服は、その後の想いもしなかった使命に十分の応えてくれた。
だが、この20年もの間は、両手の指で足りるくらいしか袖に手を通していなかった。
「あの時も大変だったけど、本当、この20年間、退屈とは無縁の生活を送ってきたんだね。
私も、お前も。
そういえば、あいつは元気かな?今のあの管理者候補のもとで、司書騎士をしているのか……生きていたら、もう、50前か。さすがに、退職していることだろう。」
そう愚痴ると、今着ている大倭の軍服を籠に脱ぎ捨てる。その服に手早く袖を通し、いくつかの紐を結ぶと、あっという間に、それっぽい服装になった。すっと、ポニーテールにしていた髪をとくと、髪飾りを一つつけた。5本の銀糸の髪飾りは、静かに揺れていた。その紙飾りを指ではじく。澄んだおとが、天幕の中に響き渡った。
「行ってきます。姉さま。見守っていてくださいね」
浮岩はその天幕を後にする。目の前には、往年のスポーツカーを魔改造したような車が止まっている。浮岩は、少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して、その助手席に乗り込む。
「似合っていない軍服も素敵だったが、その服もなかなかに素敵だな」
「あら、お褒めにいただいて光栄ね。まさか、あなた自らが、護衛をかって出てくれるなんて、明日、槍でも振るんじゃないかしら?」
「……ふん、さして面白くもないジョークだ。笑えないな」
リッチマンは、それだけ言うと、車のキーを回す。ロケットエンジンの轟音が、一瞬響き渡った。
「私、知らない男の人の車には乗らないように。って言われているんだけど、」
「これは、車ではないさ。
おしゃべりはここまでにしておくか。では行こう。彼らより先につかないと格好がつかないからな」
リッチマンが、レバーを操作すると、その車は下部噴出装置で、地上からゆっくりと浮き上がった。そのまま、アクセルを踏みぬくと、豪快な音を立てて、あっという間に、空の一部になっていた。
「ドローンよりの映像来ました。解析度は低いですが、対象のおおよその数が判明しました。数、3万。それが、10キロにわたり続いています。」
「鵬隊、地上掃射を開始しました。初弾の600mm連装榴弾発射確認。……弾着今。」
「ミスブラウン、戦闘開始。中央は押し返しつつあり。両翼の奮闘を期待する」
一度は崩壊しかけた前線が、再度息を吹き返しつつあった。しかし、新たな問題も発生しつつあった。
「――――――――」
「すまない、何を言っているのかわからない」
「あの目標に集中攻撃をしろと言っているぞ」
「ああ、分かった。やれやれ、もう少し、現地人とのコミュニケーションが円滑に行けばいいんだが。通訳が必要っていうのがな」
長年にわたり、現地の人間と交流を深めてきた、大倭の近衛皇軍と比べて、ニューアルカディアの部隊は、この世界に居ついたのは、そこまで長い時間が経っているわけではなかった。もちろん、翻訳技術などもあるにはあるのだが、文明障壁に阻まれて、現状まだまだ実用段階にあるとは言えなかった。
それは、相手にとっても同じことだった。不意に沸いてきた軍隊。状況に困惑する現地の部隊に下されたのは、
援軍が到達した。各部連携し敵にあたれと言う、ありがたくも、はた迷惑な命令だった。
「祈念班、応答願う」
「こちら祈念班。左翼前衛どうしましたか?」
「対象に、弱点属性は存在しない模様。万能魔力を、純粋火力に転換したい。余力の教えを乞う」
「……こちらの余力は十分です。変更するのは、5単位級でいいですか?」
万能魔術兵装。それが、この魔属領の武装の中核をなしている武装だった。万能物質と呼ばれる、秘匿技術により作成されたそれは、質量の10倍の陣地を作成することができる。陣地作成と、歩兵兵装により火力集中。それが、管理者の力を喪失した我々のできる最大の防御手段だった。
嘘だとわかっていても、できると言った以上は、できることをする。
「左翼陣営、裂翼展開。援軍火力と共に、護衛陣地を再構成。火力を中型種から、大型種に集中させる。総員、祈念準備!」
「拝命。総員、祈念準備。急げ!祈念準備!左翼陣営裂翼展開」
地面から伸びたラインに、祈念の力が迸る。それは、援軍部隊の鉄馬……小型戦艦の進んだ先に展開される。
「行くぞ!全員突撃!」
お互いに、似たような職業で、そして、今は同じ対象を攻撃目標にしている。2つの異なる軍隊の間には、いつしか、連携のような物が、生まれようとしていた。
お互いの武器を駆使する。空爆により生じた間隙に、戦車隊が切り込み、両軍の歩兵が、援護攻撃を交えながら進軍すると、その場所まで、魔属領軍の陣地が張り出した。そして、そこは、新たな前線基地となる。両軍が行動を開始し始めてからほんのわずかな時間が経過するころには、拙いながらも連携が取れるようになってきて、だいぶ戦闘が有利に傾きつつあった。
「言葉が通じない部隊と共同戦線を張っているっていうのは、まあ、なんていうか、昔はこうだったのかもな」
陣地に入り込もうとする、小型の獣をご機嫌な音を立てている機関砲で薙ぎ払いながら、兵士は、そう愚痴た。さっきまでの苦戦が嘘のように、すでに、前線は、兵士の視線の先にまで移動していた。
「さて、これが終わったら、前線にさらに移動だな」
明かに、ダンジョン方向からの圧力は緩んでいた。それは、この戦いから生き残る。という、大きな目標が現実のものになりつつある。誰の目にも、そういう共感が生れた瞬間だった。
獣のつんざくような咆哮が、陣地を揺るがし、それと同時に、銀の鎧を身に纏った戦闘姫が、陣地にまで戻ってきた。




