戦闘姫 戦闘状態に突入する 3
眼下には、うねる黒い海のようにも見える何かが広がっている。それが、視線を向けていることを、デルタは、感じていた。そして、その視線の中身が、決して友好的なものではなく、敵意。そう、まるで、デルタを不俱戴天の仇として、憎み、その死を願っている。そういう、感じがひしひしと伝わってくる。
『対象からの干渉波を感知。対処完了。』
ゼクスマキナの報告に、デルタは、ほんのわずかに頷いた。その黒い海は、デルタのはるか下方で、まるでデルタが落ちてくることを願っているかのように動かないでいる。
「戦わないっていうわけにはいかないんだよね……」
デルタは、そう呟く。眼下のそれとは別の動きをする個体が、黒い川のように陣地の方向に向かっている。それは、明らかだった。デルタは、両手の銃を構えなおす。緊張。
『イハーブ、このまま浮かんでいるだけでは足止めにはならない。対象への攻撃を提案する』
「うん。陣地の方に向かっている方を止めにいこう」
デルタは、眼下の獣に背を向けると、陣地へ向かっている対象に向かって高度を落していく。デルタの行動が理解できなかったように、黒い海の行動がほんのわずかに遅れる。有効高度に達したデルタは、両手の銃のトリガーを引く。火線が地に吸い込まれると、そこに血の花が咲いた。
「……っ!」
短い間に受けた戦闘訓練では、何度も的を撃ってきたし、こういうものを使えばそうなるということ。そのこと自体は、デルタは理解していたつもりだった。それでも、自らの手で、今さっきまで生きていたものを殺めるという、初めての経験に、デルタの足が止まる。そこにあったのは、恐怖だった。一刻も早く、逃げ出したい。この場所から。
『デルタ12!高度が上がっている。作戦に支障が出るぞ!しっかりしろ』
「――ゼクスマキナ。わた、わたし……」
デルタは、嚙み合わない歯の音がカチカチとなっていることに今更に気が付いた。
これ以上撃てない。もう、逃げたいと、そう言いかけた。
『デルタリーダー。いや、デルタ12。この空では、お前はただ一人だ。お前は孤独なんだ
この場所で、どんな困難にあっても、お前を助けてくれる友も、支えてくれる仲間もいない
立て。顔を上げて、相手をよく見ろ!』
デルタは、わかっているつもりだった。
「そんなことはない。そんなことはない。デルタ12。何度でも言ってやろう、我々を常に感じろ。私達は、お前とともにある」
『経験が浅いお前は、恐怖し、竦み自らの力を出せないことがあるだろう』
「恐怖を恥じるな。竦み上がることにおびえるな。だが、その事を忘れるな。
それは、デルタ12が、デルタ12であることの証明なのだから。あなたは私達の希望。だから、皆で一緒に帰りましょう」
さっきの飛行中から、時折入ってきていたノイズは、はっきりとした線を結んできた。それ度同時に、まるで、思い出すようにデルタの脳内に様々な情景が、浮かんでくる。敵とわかっていても、撃つことが怖くなって、ドレスの中で、盛大に吐いてしまった時。そのことに恥じて、固めたはずの決意が揺らぎそうになったとき、そんな時、あの人は、デルタを、叱るのではなく、しっかりと、目を見て、想いを受け止めてくれた。
「恐怖を恥じるな……でも、それを忘れるな。そして、私は一人じゃない」
『デルタ?どうした?』
デルタは、すっと、頭が冷静になっていくのを感じた。そして、思い出すように呟く。
「そうだった。これって、私がやるって決めたことだった。……ありがとう、ゼクスマキナ。もう、大丈夫。状況教えて」
『ああ、復帰まで早かったから、状況は大きく変わってはいない。敵の行軍速度変わらず。陣地到達は、30分後と想定される』
放心していたデルタが無害と判断した相手は、後続に対処を委ねて、行動を再開した。現在、間に挟まれる形で、デルタは取り残されている。
デルタは、各種武装とオプションの残数を確認する。すぐに行けると判断する。
「ゼクスマキナ、行こう!私は、機銃で攻撃する。ゼクスマキナは、小型誘導弾の制御をお願い」
『了解した』
再び飛来した戦闘姫を、無視するように、自らの使命に従って進む獣の群れは、その突然の行為を受け入れることができないのは必然であると言えた。再度接敵した戦闘姫から放たれる、小さな弾丸による攻撃は、小型はおろか、中型の獣にも、有効打を与えていた。また、戦闘姫からの攻撃方法が増えており、その火力は、獣たちにとっても決して無視していいものではなくなっていた。それに気が付いた獣たちは、その存在――デルタへの警戒、反撃を行うようになり、進軍速度が目に見えて遅れ始めた。
地上の獣から放たれる、投石と雷撃を始めとする様々な攻撃の雨を、デルタは、まるで舞うように回避しながら、機銃と小型誘導弾で攻撃を続けた。当然無傷なんてことはなく、幾度となく、雷撃がかすり、よけきれなかった小さな投石が、ドレスの表面に傷をつけた。
『機銃残弾数 150 空対空小型誘導弾残数 22 ダメージレベル ブルー』
決して、もう戦えないというわけではない。しかし、じわじわと追い詰められているそう感じるステータス表示に、デルタは、少しヤキモキとした。
「陣地の方は、まだなの?」
そうデルタがつぶやいた時だった。陣地の方角の空に、文字が投影された。そこには短く、完了と書かれていた。
「ゼクスマキナ」
『把握した。撤退するぞデルタ。相手の追撃を阻むために、迎撃兵装を使用する』
スカートに設置してある機構の一部に、蒼いエネルギーがほとばしり、それが、地上に向けて放たれた。その反動を利用して、デルタはほんのわずか高度を得ると、反転。自らの行いの結果を見ることなくデルタは、速度を上げた。設置しておいたレーダーからは、相手の速度が格段に落ちたという事実だけが伝わってきていた。
陣地まで、戻ったデルタを迎え入れてくれたのは、飛行している人間だった。飛行魔法を使用した遊撃部隊が、真っ先にデルタを補足して、待機してくれていた。
「戦闘姫、早く陣地まで戻れ。迎撃行動が始まってしまったら、今の飛び方では、近寄ることも難しくなるぞ。」
「お姫様、ご苦労様。ここからはプロに任せてもらえないかしら?」
軽口をたたく、兵士たちのご厚意に甘えて、デルタは、大きく高度を上げ、陣地の上空に至る。そこからの光景は、頑強な壁と多数の屈強な軍人と武器で固められた要塞が出来上がっていた。そんな中、司令官を見つけたデルタは、そこに降ると、ホバリングを始めた。
「戦闘姫。戻りました」
「ご苦労だった。現在、そちらが設置したレーダーの解析をしている。もう間もなく、ここは戦場になる。とりあえず、休んでおいてくれ」
最初こそ驚いたような表情を浮かべていた司令官は、デルタからの報告を、事務的に受け取ると、労いの言葉も短く会話を切り上げた。一人残されたデルタの周りに、人の流れができ始めていた。行動に邪魔にならないように、デルタはコンテナの上へ戻った。
昂った気持ちが胸の奥で爆発するようになっている。それを何とか抑えながら、デルタは、少しふらふらとした飛び方で、コンテナの上にホバリングした。まるで、今まで、忘れていたかのように、汗が噴き出して、ドレスの中にたまった。まるで冷たい水の中に、放り出されたかのように冷たくて心地よい空気がデルタを覆った。一瞬の静寂。そんな中だからだろう、心臓が、胸から飛び出たかのように激しく鼓動して、その大きな音が、自分の体の中を反響している。
そんなことはあり得ないと知りながらも、デルタは今まで感じたこともなく、また言い表し様もない気持ちを感じていた。
『イハーブ、大丈夫か?ひどい興奮状態にあるぞ』
心配になったのか、ゼクスマキナが、言葉をかけてくる。デルタは、一度深呼吸をした。まだ胸の中のモヤモヤを消すことができない。足りない。でも、
「だ、大丈夫。ゼクスマキナ。お願い、訓練用の拡張空間を作って。私、もっと、この子のことを知りたい。」
『イハーブ、落ち着け。落ち着くんだ。』
「私は、落ち着いている!ゼクスマキナ!早く訓練して、迎撃に出ないと!そのためには、そのためには、もっと、この子のことを知らないと」
今なら、何かができる気がした。この機会を逃すことなんてできない。そう感じたデルタの声が、ヴェールの中に木魂する。
少し間の沈黙が流れた。
『デルタリーダー、それは許可できない』
帰ってきた言葉に、デルタは言葉を失う。理解者だと思っていたゼクスマキナからの言葉に、デルタは声を出すこともできずにいた。デルタのHUDには、接近する氾濫と、魔属軍偵察部隊が、陽動に移行したという文字が躍っているだけだった。
『理由は2つだ。1つ目は、拡張空間の作成にはデルタリーダーの機能を大きく使用することになる。また使用中、使用後は大きく能力が減少する。2つ目に、その必要がないからだ。イハーブ。お前は、十分に白銀の銃を扱えている。細かい注文はあるが、今訓練を行っても、大きく能力変化は見込めない』
意外なその言葉に、デルタは、広げた自らの手を見つめた。手を見つめるデルタは表情は、信じられないというようにたっぷりと時間をかけて両掌を閉じる。ほのかにそれは暖かく、そして、
「私が、使いこなしているっていうこと?でも、この子を使ったのは本当に久しぶりなのに、まだ、こんなに翔ベていないのに」
『そうだ。お前は、戦場で自ら的になるように呆然と浮かぶ新兵のような物だ』
デルタが、呆然と吐き出した言葉に、ゼクスマキナは、いつものように毒舌を持って答えた。もうっと、デルタは口を尖らせる。もう少しくらい優しい言葉をかけてくれてもといつものように思っていた。
『だが、ただの的にならず、成長することのできた新兵だ。それとも、成長できたの。まあいい。言葉の綾のような物だ。
……さっきはよく耐えたな。デルタ12。本当によくやった。
無事にここまで帰ってこれて、本当にうれしく思っている。さすが私を使っている戦闘姫だ』
「当然よ。この私が教えているんだから。」
「――ゼクスマキナ」
初めてかけられるかもしれない、ゼクスマキナからの自らを認める言葉、そして、記憶にあるはずもないすごく厳しくて、そして強くて大きな人。その言葉は、全身を覆っている冷たい戦闘の高揚感とは全く別物で、ありえるはずもない心の中から暖かい泉が湧いたかのように、デルタは本当に、久しぶりにほっと一息つくことができた。
嘆きの雨のような銃声が、響き始めた戦場。ただ、デルタにとって、今その場所だけは、安息の場所のように感じていた。




