間章 1
「しかし、今回の件は納得がいきません。可能性がある以上は、それを試すことは重要ではないでしょうか?」
シータ6の愚痴をアルファ1は、苦笑いを持って迎えた。この子は、こんなところは熱いんだからと、思いながら、全く、それと同じようなことをアルファ1も考えていた。今回の事態に対して、上層部の動きは決して早いとは言えない。そう、すでに、この座標に取り残されてはや、数週間。もしかしたら、この座標外では、かなりの年月が経っている可能性がある。
「プロジェクト・ラストナイトの発動を行うように、上層部に進言しましょう。ここで、こうやって……」
「シータ6、その発言権はあなたにないことを知って……」
そこまで口を開いてから、アルファ1は何かに気が付いたように、頷いた。
「……ああ、だから、今朝、巡回任務に同行を願い出たのね。チームアルファが同行すると思ったらあなただったのだもの。少し驚いたけど、そう言うことなら納得」
そう言うと、アルファ1は、シータ6の頭に手を伸ばし、無遠慮に、わしゃわしゃと、髪を撫でた。
「な、なにをするんですか!!」
驚いたように、身をかわすシータ6を微笑ましく、アルファ1は見ていた。
「そね、有体に言えば、スキンシップかな?シータ6。私達のことを、それだけ思ってくれてありがとうって」
アルファ1は思う。そう、シータ6が言ったことは正しい。否定の使用もないほどに。
本来、放たれた矢が行うべき行動を、アルファチームで行う。過去ならばまだしも、現在は、完全にアルファチームが稼働している、その条件があれば、それも、決して不可能ということはできないだろう。
ただ、
「代償が重すぎるっていうのがネックなのよね……」
はっと気が付いたように、シータ6は黙り込む。そう、シータ6の提案は、上手くいったのならばいいが、失敗したのならば、この女王の玉座は、アルファチームという、戦闘力の過半数を失うことになる。
もし、その状況で、あの管理者と闘うことになったのならば……現在は、友好的な行動をとっている、あれと闘うことになったのならば、きっと、勝ち目は薄い。そう言いたいのだとシータ6は、気が付いて、俯く。それを、アルファ1は、気負わないようにと励ますように、優しくポンポンと頭を撫でた。
「まあ、どうしようもなくなったらそうしよう。その時は、私もいっしょに言ってあげるよ。まあ、他のチームともよく話をしてみて。ここだから言うね。シータ6、ありがとう。」
アルファ1の言葉に、シータ6は、ほっとしたように頷いた。そのやり取りのほんの少し後、気が付いたら、2人は、指令室の入り口に立っていた。
不意に、アルファ1の表情が険しくなる。アルファ1は、コートの内に装備されているパラライザーを取り出し、残弾をチェックする。
「……アルファ1?」
「シータ6。」
ハンドサイン。音声ミュート。今後の通信はゼクスマキナを介したコミュニケーションにシフト。武装確認。
シータ6は、驚きながらも、指示に従う。音声機能をカットし、ゼクスマキナを介した伝達機能に切り替える。
『準備はできた?』
『はい。ただ、何ですか?何があったのですか?』
アルファ1は、突入姿勢を取っている。シータ6もそれに倣う。
『各種センサー起動。精度最高。その後、情報再構築視界へ切替。』
シータ6のセンサー群が、構築されると、アルファ1が感じ取ったその違和感の正体が、明らかになった。司令官の私室。そこに、司令官に合致する何かのほかに、質量レーダーに反応する何もかが存在している。再構築された情報は、最高領域の情報を使ったにもかかわらず、けっして、明確な線を導き出すことはなかった。ただ、
『アルファ1。対象の外見的構造は、我々と同じようです』
『そのようだ。扉が開いたら、即座に突入する。シータ6は、バックアップに回ってくれ』
シータ6が頷く。アルファ1は、そのまま、コントロールパネルに64桁パスワードの入力を開始する。
まるで何かを確認するように、指がキーをはじく音が、静かに響いた。その音が止まり、まるで、最後の一文字を入力する許可を得るように、アルファ1は、シータ6を見た。その表情に、驚きながらも、シータ6は、うなづくと、最後の一文字を入力する。
扉が開く。アルファ1は、間髪入れずに飛び込んだ。
アルファ1のその侵入にもたらされたのは、その未確認対象から、音もなく繰り出されたパンチだった。
拳?
アルファ1の顔に、一瞬嘲りすら浮かんだ。そんな原始的なものでと。防御すら取らずにパラライザーを構える。本来なら、そこで疑問に思うべきだった。いったいいつの間に、これは、扉の前に移動したのとかということを、そして、そこは、部屋のどこだったのかということを。
決して侮っていなかったその拳が振りぬかれるところを、アルファ1の視神経が捉えることはなかった。
ドアからおよそ10歩の距離、その距離を移動したアルファ1の顎の先端に、その拳は添えられた。
どこまでも優しく、それでありながら、確かな格の違いを分からせるように、ただあるように、アルファ1の顎から生えるように生じ、そして、吸い込まれた。
理解できない状況の驚き、反撃に転じようとしたアルファ1の足が、まるで作り物のように崩れ落ち、まるで、夜にベッドに倒れ込むように、視界が暗くなりながら、ソファーへ落ちていく。
最後に見たのは、頭を支える、その拳とその先にかすかに見えた黒い人影と相反する紅い光だけだった。
『アルファ1……アルファ1!大丈夫ですか?返事をしてください!!』
シータ6の悲壮な言葉が、アルファ1の意識を深い微睡の底から覚まさせる。視界に飛び込んできたのは、横向きに映る、司令官に抑えられているシータ6だった。二人ともほっとしたような表情を浮かべている。どうやら黒くて柔らかいクッションを枕代わりにを当てられているらしく、少し視界が高い。
「今は、まだ動かない方がいい。」
「……侵入者は?侵入者はどうしたのですか?指令官」
司令官の声に、アルファ1は、大きく声を出して、司令官に問いなおした。その声を聴いたからか、司令官の顔色は一段階悪くなり、ちらっとアルファ1の左耳の上に視線を向ける。
空調が完全になされたこの部屋で、アルファ1の背中に、つうっと、冷汗が伝ったような気がした。
「10カウントは数えたけど。どう?特殊部隊ごっこはもう終わりにしていいかしら?それとも続ける?」
アルファ1の頭の上から、声が聞こえた。あの日ブリッジで聞いたその声。クッションだと思っていたそれの足が動いて、アルファ1の頭の向きを変える。目に飛び込んできたのは、それの顔だった。
「あら?どうしたの?どうしようかしら?」
『シータ6、状況を?』
『オーケー、アルファ1。あなたは、勢いよく飛び込んできて、あなたたちの司令官に新しいアメリカンジョークを試していた私に、その銃を向けたの。ここまでは理解できるかしら?』
ゼクスマキナを介して発せられる言葉に、アルファ1の顔が驚愕に歪む。見上げる顔が、笑みを浮かべた。
「というわけで、ちょっと鎮静化させてもらったの。私の見立てでは、もう、充分に回復したと思うわ。どう?」
アルファ1は、むっとした表情で起き上がる。しかし、意外とダメージは大きかったのか、少しふらつく。それを、それは、背中を支えた。
「少し刺激が強かったみたいね。……ね?司令官殿?大地にあるものの攻撃も意外と馬鹿にしたものじゃないでしょう?」
それに、腰と肩を支えられて、動くことすら許されずに、司令官とシータ6の座るソファーに移される。アルファ1にとっては屈辱的な瞬間だったのだろう。背を向けたそれに、一瞬憤怒とも見える表情を浮かべた。それが届いたのか、それとも届かなかったのかは定かではない。それは、ゆっくりと、それでありながら、自信たっぷりに元いた席に戻っていく。
おそらく……嗤っている。きっと……哄笑している。
「始めまして……それともお久しぶりかしら?」
「会いたくはなかったけど、久しぶりと言った方がいいのかしら?」
向き直るそれの目を見据える。司令官は、一瞬だけ、アルファ1を気遣うような、ほっとしたような表情を浮かべ、そののちに、表情を結び直して、それに向き合った。
「……まずは、ありがとうございます。あなたの貢献で、我々は前に進めます。その事には、まず、感謝の意を……」
「必要ないっていうか、これは、相互合意の上だから。必然っていうこと?」
大げさに、手を広げ、本当にゆっくりとした速度で柔らかいソファーに、ドンと音がたつほどの明らかな余裕と時間を持って腰掛け、そして、
「まあ、必要だったからそれでいいかな?理解いただけた?」
そして、威圧を持って、司令官にそれは問いかけた。
しばしの沈黙。アルファ1とシータ6の顔には、困惑が浮かんでいることを、十分に司令官は感じていた。
潮時……そう、諦めではなく、ここから動く潮時。
「先ほどの言葉をまとめますと……以後、あなたのことは、アマンダとお呼びしてよかったのでしょうか?」
その言葉に、それ……アマンダの顔に赤い三日月が生れたことに気が付いた。
「そう、今後、アマンダと呼称してもらって結構よ。それはともかくとして、わたしとしては、魅惑的な提案だと思うのだけど?」
静かに、司令官は目を閉じる。あとから思い返せば、短い時間でも、その時は、長く永く感じた。
「我らに……共に手を取りあい、彼の世界を救うか……」
その言葉の後に、ゆっくりと司令官は目を開く。その目に映る感情をアルファ1とシータ6は理解することはできなかった。
「素敵な……素敵な提案だ。アマンダ……さん」
間章 2へ続きます。




