戦闘姫、輸送される 2
懐かしさすら感じるその声に、デルタは、全身の力を使って、重怠い瞼を何とかこじ開けようとする。
不意に、首にかかっていた拘束具が外される。そして、足の拘束どうやら外されたらしく、一気に体に活力が戻ってきた。
あれだけ重たかった瞼が開き、そこにいたのは、ライトとフィーリーとバンジーだった。ただ、その隊長の人も女性の兵士のような人も、驚きながらも、デルタを見ている。
「ライト博士?フィーリーさん?バンジーさん?なんで?」
何とか動く口で、言葉を紡ぐ。手錠も外される。
「ちょっと待ってね、デルタちゃん。まだ輸送作戦中だから、ほら、手を出して」
『どうするデルタ』
「ええと、」
デルタは、少し考えた後に、両手を目の前に差し出した。
「いいの?」
『いいのかデルタ。今なら、逃げられるかもしれないぞ』
ゼクスマキナのその言葉に、デルタは、そっと首を横に振った。
「そうだな、デルタ、今、おそらく、ゼクスマキナから逃走の提案を受けていると思う。では、こちらから、デルタのゼクスマキナに提案する」
「ええと、」
「デルタちゃん、目に浮かんだ言葉を読み上げてもらえないかしら。まずは、提案を聞いてもらえるかどうかから」
フィーリーがデルタの手を握ったまま、そのまま腰を落して、視線を合わせながらやさしく、言葉を選んで語り掛けてきた。
「ええと、」
『そちらの言う、提案とやらを聞こう。だが、その前にデルタの身の保証をしてもらいたい。デルタ、こう伝えてくれ』
「あ、うん。提案を聞きます。ただ、その前に……」
「戦闘姫の身分の保証だろう。承知している。命令書をここに」
さっきまで、デルタを捉えた部隊の人と何かを話していたバンジーが、きびきびとした動作で、こちらに向かってきた。その後ろから、隊長と呼ばれた人と、最初に解体用の工具を差し込んできた女性が付いてくる。
「こちらを、特務少佐」
バンジーから、ライトは書状を受け取り、それを大仰な動作で広げる。
「戦闘姫デルタは、輸送作戦中は、護送対象としての扱いとする。戦闘姫の捕獲部隊並びに特務班は、監視並びに護送任務を行うこと。
本営到達後は、協力者として扱う。以上」
「……あの?」
「ああ、ライト少佐!」
その隊長と言われた男の人が、怖そうな声を上げた。デルタは、身をすくませる。
「なんだ、グリフ中尉。質問を許可する」
それに対して、ライトはたいして驚いたような表情も浮かべずに、その言葉に反応する。グリフは、ふっと息を吐くと、姿勢を正した。
「それで、我々は何をすればいいのですか?」
「それだが、任務自体に変更はない。引き続き護送任務を命じるとの命令だ」
グリフは、デルタをまじまじと見て、ふぅっと息を吐いた。
「こいつは、脅威じゃないって判断したっていうことですか?拘束をもう解くなんて……ずいぶんと、準備がいいじゃないですか?」
その言葉に、ライトは首を振った。
「残念だが、脅威としては見られているのだよ。グリフ中尉。ただ、あの拘束具では、まともに話すこともできないだろう」
そう言うと、ライトの部下が、大き目の箱を持ってくる。
「さて、ゼクスマキナ。デルタが逃走を行うのならば、我々は敵にならなければならない」
『理解している』
「わ、わかってます」
デルタは、ライトから向けられた、始めてといえる冷たい声に一瞬怯えながらも、気丈に答えた。
「この任務中は、戦闘姫としての能力のみを封じさせていただきたい。デルタの権利は保証する」
『だそうだ。デルタ、判断は任せる。逃げることも可能だ』
「え、わたしが決めるの?」
急に判断を投げられて、デルタは困惑の表情を浮かべた。困ったように、周りを見渡す。目の前には、微笑んでいるフィーリー、そして、じっと見ているライト。ライトの横にいるバンジー。そして、不快な表情を浮かべているグリフとあと、女官の人。痛いほど静かな空気の中、自分の心臓の音が聞こえてくるようだった。
デルタは、目を閉じて、考えた。ゼクスマキナに心の中で問いかけたけど、返事はなかった。どうすればいいのだろう……そう思った時に、昔のことが、ふと思い出された。
あれは、今から2年近く前。マリーがデルタの部屋に、家庭教師としてやってきた時だった。一応、愛の仔制度は、義務で、一定以上の教育を受けさせていることが必要なことだった。
マリーは、侍女のはずだが、その教え方はとても分かりやすかった。
「デルタは、とても賢いですね。この年でここまでの理論が理解できている子は、なかなかいないですよ」
「ええと、あまり、褒めないでください。照れちゃいます」
「大いに照れましょう。いいことですよ」
図書室から持ち出したのだろう、図鑑や図面を読み解きながら、様々な事象を読み解くという授業だった。最初こそ、感情を出すことのなかった、デルタだったが、マリーの授業を通じて、少しずつだけど、それを学ぶことができていた。
「マリー。今日の授業はこれでおしまい?」
「ええそうですよ。では、ちょっとだけご褒美。」
マリーが懐から紙袋を取り出す。その中身は、いつもの固くなったケーキだった。それを、デルタに渡す。
「少し待ってくださいね」
マリーは別に持ち込んできたポットに魔法をかけると、あっという間にお湯が沸く音がデルタの耳朶を打った。
「マリーすごい。それって魔法?」
「ええ、そうですよ。ふふ、いつもデルタは驚いていますね。」
「だって、不思議なんだもの。」
その言葉を発した時だった。マリーの目に不意に悲しそうな光が宿った。デルタは、その時はその意味に、気が付かなかった。
「ええ、そうです。精霊魔法は不思議なものなのです。どんなに間違っていても。」
「間違っているの?そんなに便利なのに?」
「ええ、間違えています。でもですね、デルタさん、世の中には、どんなに間違えていても、それがないといけないということもあります」
そうなんだと思いデルタは、ケーキに歯を立てた。砂糖控えめで、ふわふわ感もないそのケーキは、多分、今となっては、決しておいしいものではなかったと思う。でも、不思議と、それを食べることが楽しみだった。
「世の中には、声を上げて間違っていると言いたいこともたくさんあります。わたくしも大恩ある身ですから、何も言えませんが。どんなに疑っているとしても、メルヴィ様やメルダ様がデルタに向ける態度もその一つですね」
「え?お義母様やお義姉様?が?それってどういうこと?」
「デルタ……、今は辛いと思いますが、きっと、お二人にも考えがあってのことなのです。とても厳しいことばかり言われて、まだわからないかもしれませんが、デルタさんのこと二人とも心配しているのですよ」
「そうは思えないけど……」
デルタは、少しむくれながらも、マリーの入れてくれたあったかいお茶に口を付けた。そこからは、きっと行くことがないだろう、帝都のお店のことなどをマリーは教えてくれた。
きっと、わたしが、ここで逃げることは簡単だ。そう口に出せばいい。ゼクスマキナがきっと、すぐにわたしを、戦闘姫に変えてくれるだろう。でも、それだと、きっとわたしは、本当に一人になってしまう。ライトさんやみんなもわたしを見てくれないだろう……話をきっと聞いてくれないだろう。
アリアさんはどう思うだろうか。
帝都に帰ってもきっと、同じようなミスをしてしまうだろう。きっと、あの二人からも忘れ去られて……
今のわたしは――強くない。だから……
すっと目を開く。あれだけ重く深く辛い葛藤は、気が付いたら消えていた。
「わたしは、何と名乗ればいいのでしょうか?」
デルタの声に、ライトと、グリフが視線を交わす。ライトが、グリフを促した。
「……貴官については、まだ、情報が不足しているが……先ほど伝えた所属と部隊名、あと、名前を名乗ってもらえばいい」
「わかりました」
『覚悟を決めたのか?』
「うん。ゼクスマキナ。」
『逃げられるのにか?』
その言葉に、デルタは苦笑を浮かべた。
「うん。でも、今はそのときじゃないって。それに、今は、逃げ込める場所なんてないって、わかったから」
『了解した。デルタの意志を尊重する』
ゼクスマキナとの会話が終わって、緊張から、デルタは、すうっと息を吐き、そして、吸った。
「所属 女王の玉座 部隊名 デルタ隊12番機 名前 デルタ・イハーブ。そちらの意志に従います」




