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昔、祖父から聞いた戦争体験は、祖父が子供の頃の疎開先での事だった。
当時小学生だった祖父は軍隊なみの規律の中で生活していたらしい。
木の皮や蛇や虫を食べる訓練もあったと話していた。
いわく『兵隊さんになった時の為』だと言われたそうだ。
過酷な状況でもりっぱに戦うために生きれるように――。
算数や国語を習う代わりに、山に入って信じられないが、戦闘機の燃料になっていたらしい松の樹液を採取したりと、遊びとは無縁の子供時代だったと語っていた。
鍋などの鉄製品は全て徴収されて、食べるものも配給制で、芋一つ釘一つでも隠していたら村八分になっていたそうだ。
それでも、少しでも食べれるように、祖父の母親は人が来ない山の中で、雑草に紛れさせて芋を作っていたらしい。
そんなものでも見つかれば、待っているのは体罰と売国奴の汚名だと分かっていただろうに。
―― 子供が飢えに苦しまないように、たとえ一口の芋粥でも食べさせようとするのが親なんだろうなと、そう思った。
***
コヒの診察を終えたレンを連れ帰り、悠馬が最初にしたことは風呂を沸かすことだった。
そして今は使われていないブルクの部屋に入り、借りますと、ぽつりと呟いてからブルクが残していた彼の妻の服を箪笥から出した。
これでもレンには大きいだろうが、悠馬の服よりは体に合うだろう。
新しいタオルと着替えを持って悠馬は台所に戻る。
所在無げに入り口近くで立ったままでいたレンに。
「はい。きがえるもの。大きいだろうけど、レンの分はまたに買うしよう」
そう言って手渡しながら「お湯できたらどうぞ。おれ店にいるから。ひとりで入れる?」と聞いた。
こくんと頷いたレンの頭をぽんぽんと撫で、悠馬は前掛けをして店に向かった。
お風呂に入るのはどれくらいぶりだろうと、思い出そうとして、レンは止めた。
家を焼かれて、一人ぼっち生き残った後、知らない大人から知らない大人に小麦一袋と交換されたあの日から、まともに入っていないのは確かだ。
体を洗う麻の布があったけれど、使えば絶対汚してしまう。
ざぶざぶと湯を体にかけて、手で体中を擦った。泥と垢で床がすぐに汚れる。
湯を被って、手で擦ってを何度も繰り返す。床が汚れなくなってから、抵抗はあったが麻布を使い石鹸で体を洗い、髪を洗った。汚れて絡まりきった髪はなかなか泡が立たなかった。
あばらが浮いた自分の体を見下ろして、レンはあらためて思う。
どうして。
「どうして、こんな汚い子拾ったのかな?」
小さな自分を売ったのも買ったのも、物乞いやすりをさせていたのも大人だった。
この町に連れてきたのも、娼館に売ろうとしたのも、レンとは関係のない知らない大人。
雨の中助けてくれたのも、汚物を見る目を少しも向けずに抱き上げてくれたのも、知らない大人。
昔、自分も助けられた事があるからと、言っていた青年。
今までの大人と違って怖くなかった。
「ここに、いても、いいのかな?」
レンは呟いて、温くなった湯を頭からかぶった。
擦りすぎて赤くなった肌はひりひりしたけれど、洗った体に汚れていない服を着れて、レンは嬉しそうに笑った。
大きい服は腰布をぎゅっと縛って、袖を折って着た。それから風呂の残り湯で着ていた泥だらけの服を洗う。
それが済んでから、レンはパン屋に続く扉をそっと開けた。
昼時だからか、店は客でいっぱいだった。
自分を拾った青年は接客に集中していて、レンには気付いていなかった。
レンは客が引くまで隠れるように悠馬の様子を見ていた。色んな種類のパンが次々に売れていく。
客が引くと、棚からパンがほとんど無くなっていた。
やれやれといった風に悠馬が一つ伸びをして、やっとレンと目が合った。
覗き見ていたことを咎められるだろうかと、レンは肩を竦めた。
レンのその様子に悠馬は困った様に微苦笑を浮かべる。
「すっきりした?」
そう聞く悠馬にレンはまた無言で頷く。
「お店はだんらくがついたから、お昼ごはん作るよ。食べたいものある? 言ってもおれ、あまりこっちのごはん作れないけど。あ」
「?」
あ、の形で固まった悠馬にレンは怪訝な顔を向けた。
「アップルパイ焼くのわすれてた」
「あっぷ?」
「友だちにあげるおかし。きょう来るからおしえるよ」
言われきょとんとレンは首を傾げた。
「教える?」
「レンをおしえる」
「―― 紹介?」
「あー、たぶんそれ」
こめかみに手をやって考えるように答える悠馬に、レンは今朝からの疑問の一つを問う。
「聞いていい? ユーマはどこの国の人なの?」
余ったパンを籠にひとまとめにしながら、悠馬は聞かれ馴れた質問に答えた。
「東たいりくからの移民」
そういう事になっている。
その、かなり広範囲な返答にレンは、東大陸のどこ? と重ねて聞こうとして、悠馬の、どこか諦めた目を見て、止めた。
悠馬は俯いたレンの頭を撫でて笑う。
「言葉へんなのごめんね? ややこしいこと言う時あるけど、まあ、聞きなおしてくれるとたすかる」
ごはんにしようと言って、悠馬はレンの背に手をやり台所へと向かった。




