表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
*異世界のパン屋さん*  作者: 河野 晶
第五話 子供がおなかを空かせていたら
PR
12/36



 コヒが出した子供を連れて帰る条件は、先に警察に難民の不法入国者の報告とその保護申請を済ませる事と、少女が目を覚ますまでは病院で居ることだった。

 悠馬はその日、コヒの病院で泊まり、翌朝早くにパンを焼く為に自宅に戻った。

 子供の事は気懸かりだったが日々の糧を得るための仕事を放っておくことは出来なかったし、少女はまだ、目を覚ましていなかったのだ。

 開店準備を終わらせて、以前ハンナに書いてもらった「出かけています。料金はこちら」という紙をつり銭入れの横に立掛けて、焼きたてのパンと野菜を煮詰めたスープを鍋ごと持って病院へと戻った。



 コヒの病院は平屋の自宅を一部改装している小ぢんまりとした造りだ。

 まだ早い時間だというのに、玄関前には診察待ちの人たちの姿があった。

 きつい物言いをするコヒは、それでも医師としての面倒見は良く患者には慕われているのだ。本人に言うと照れ隠しなのか「ふんっ」と鼻を鳴らすだけであったが。

 悠馬は庭を抜けて裏口から声を掛けて中へ入る。

「コヒ医者。お客さんならんでたよ」

 台所にいたコヒを見つけ、そう話しかけて「かまど使うね」と鍋を置いた。

「使うのなら私の食事も一緒に作れ。自分で淹れた茶は不味い。あと客じゃなくて患者だ」

 かんじゃ、びょうき人はかんじゃと、覚えようと繰り返している悠馬にコヒは口をへの字に曲げた。

 悠馬は火掻き棒を使い竈の炭をよって、ふいごで風を送って消えかけていた火を熾した。

 丸パンの皮の部分は取り分けて、中の柔らかい白い部分をすり合わせて粉にして牛乳を入れた鍋に入れる。蓋はせずにそのままゆっくりと温め始める。

 手を止めずに悠馬はコヒに聞く。

「あの子、まだ起きないの?」

「一度目が覚めて、薬湯だけは飲ませた。なあ、おいユーマ聞け」

「なに?」

 悠馬はちらっとコヒを見て、またすぐ鍋に視線を戻す。

 ふつふつと、パン粥が甘い香りを漂わせはじめた。

「あの子供の事は、保護して病院に連れてきた。それだけにしろ」

 壁にもたれた姿勢で、コヒは言う。

「戦災孤児ではあるようだが、すり集団の一員のようだ。逃げ出してきたのなら連れ戻される。あとはもう警察にまかせろ」

 悠馬はコヒの言葉を聞きながら、盆にスープとパン粥を用意する。

「コヒはそっちのパンとスープをどうぞ」

「ユーマ」

「コヒの言葉はむずかしいね」

「ユーマっ」

「かんじゃ待ってるよ?」

 話を聞く気がない悠馬にコヒは顔を赤らめる。

 悠馬はコヒとは対照的な顔付きで、落ち着いた声音で言う。

「それは、すてるのとちがうの? 行くところがない子なら、つれて帰る」どうしてだろう、まだ言葉が分からなかった時にブルクから言われた言葉が、今、わかった。

 だってそうでしょう? と悠馬は続ける。

「子供がおなか空かせてたら、食べさせるのが大人の役目でしょ?」

 悠馬はそう言って、ふっと笑った。


***


 納得しきれない顔付きのコヒを残して悠馬は病室として使われている一室へ足を向けた。

 軽くノックして扉を開ける。

 猫が居る。と一瞬のん気な事を思い。次に慌てて床に座り込んでいる少女に駆け寄った。

 どこに行こうとしていたのか、少女は悠馬を見てびくりと体を強張らせ、緩慢な動きで立ち上がろうとした。

 悠馬は食事を乗せた盆を机に置いて少女を抱き上げてベッドに座らせた。

 絡んだ髪の隙間から色を失くした少女の白い顔が覗く。疲労感と警戒心が強く分かる瞳は、群青色と二藍色。

 悠馬は座らせた少女と目線を合わせる。そして関心したように声をもらした。

「ほんとにいろんな人かいる世界だな。『オッドアイ』の人ってはじめて見た」

 言われた少女はきょとんと瞬きを返した。

 悠馬は伝わらなかったカタカナ語に、訳せる言葉を探して結局思い浮かばず言い直す。

「目の色きれいだね。おなか空いてない? どこ行こうとしてたの?」

「…………」

 きゅっと口を引き結んだ少女に、悠馬は怖がらせないようにと少し距離を取る。

 そして、まだ湯気の立つ盆を引き寄せて、押し黙っている少女の前へ差し出した。

 パン粥の、甘い香りに少女がごくっと唾を飲んだのが分かり、悠馬は笑って「どうぞ」と細い膝の上に盆を置いた。

 少女は悠馬を見て、粥を見て、匙を手にした。

 恐る恐るといった風に粥を口に運び、咀嚼して、ほうっと息を付いたかと思うと、がつがつと食べ始めた子供に悠馬はほっとした。

「っと、あわてて食べなくていいよ。まだあるよ。食べておなか痛くない?」

 もぐもぐと口を動かしながらこくんと頷く少女に、悠馬はそっかと言って少女が食べ終わるまで机に寄りかかって様子を見た。

 絡んだ髪は汚れていて元の色が黒っぽいとしか分からない。

 いくつ位なのだろうか? 十歳にはなっているだろうが。

(小学生、だよな? 六年くらいかな?)

 パン粥も野菜のスープも平らげて、水を飲む少女に悠馬はもう一度笑う。

「よく食べた。えらい。まだ食べる?」

「……もう、いい」

 ありがとうと答えた少女から空の食器を受け取って机に置いた。

 悠馬は紙で包んだ薬を取り出して。

「次は薬。コヒさっき会ったでしょ? 飲めって」

「あなた誰?」

「本多悠―― ユーマ・ソシュー。子供はなんていうの?」

 変な聞き方になったが意味は伝わるだろうと、悠馬は少女の返答を待った。

 二つの違う色の瞳が悠馬を見る。

「……。レン・エルナ」

 警戒心むき出しの硬い声だったが、素直に答えてもらえたことに悠馬は頷いて、名を繰り返した。

「れん。レンね」

 そこまで言って、二人は会話が途切れた。

 悠馬は頭を捻る。いきなりレンに引き取るからと言っても怖がらせるかもしれない。

 診察も残っているらしいし、昨夜のうちにアダルベルトには子供を保護したことは伝えていたが、面倒な手続きはまだ何もやってない。

(つっても、ブルクも俺の事連れ帰ってたしな。あー手続きって字、書くよな? 読み書きできねぇんだけど、どうにかなるか?)

 顎に手をやって一人で考え込み始めた悠馬をレンは怪訝に覗き込んだ。



 今朝目が覚めた時、医者のおじさんが路地裏で倒れていたところを近所の青年が保護して連れてきたと話していたが、目の前の青年が自分を保護した人なのだろう。

 発音もなまっているし、顔立ちもこの国周辺では見ない。黄色っぽい肌は日に焼けて健康そうだ。年は人種の所為なのだろう、良くはわからなかった。

 浮かぶ疑問は一つ。それをレンは口にする。

「どうして助けたの?」

「へ?」

「あなたも私の目が珍しいから売る気なの?それともあなたが私を買うの?」

「ごめん。もう一回言うして、聞き取りにくい」

 不思議そうに聞き返され、レンは言いよどみながらももう一度口にした。

「あたなが私を買うの?」

 短く言い直されて、意味がわかって悠馬は頭痛を覚えた。

「あー。あのね? 子供がそういう話するのだめ」させているのは子供を守れない大人の所為か「売るも買うもない」反吐が出る。

 悠馬はゆっくりレンに話しかける。

「帰る家ある?」

 目を伏せて唇を噛む少女に、悠馬は無性に泣きたくなる。

「聞いててわかるだろうけど、おれ言葉がまだうまくない。だからはっきり言うけどいい?」

 悠馬はぺたんと床に座ってレンを見上げた。

「行く家ないなら、おれの家来い」

 レンの困惑気味の表情に悠馬は大丈夫と笑う。

「おれもね、雨の中拾われたの。言葉もまだ話せなくて、おなか空いてこわかった。でも助けてくれた人がいた」

 あの日貰ったあたたかな手を、今度は誰かに返せたら、そう思うのは自己満足だろうか? 偽善だろうか?

 だとしても。

 悠馬はレンの絡んだ髪を撫でる。

 おなかを空かせて、怯えた子供。

 悠馬は黒い目を細める。

「こわいことも、さむいことも、おなか空くことも、痛いことも、もうだいじょうぶだから。家に帰ろう?」


 目の前にいる、子供一人すら守れない大人になどなりたくない。

 

「売ったり買ったりされそうになった? こわかったよな。にげて来たんだよね?」

 もう大丈夫だからと、悠馬はレンに手を差し出した。

 祖父やブルクのように。

「子供一人くらい、まもるよ。だからおいで」



 レンの、小さな手が、ためらいがちに悠馬の手を取るまで、悠馬はじっとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ