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思い出すということ

「やーない、さんっ!」


 突然後ろから肩を叩かれてヒッ声が漏れる。

 振り返れば、肩を叩いた張本人、田辺直哉たなべなおやがにこにこしながら立っていて。いつもは学校で話しかけてこないのになんでだろう、なんて考えているうちに彼はにこやかな表情を崩さずに口を開く。


「柳井さん、今月ってなんの月だと思う?」

「……え、あ。えっと、月?」


 あの日下駄箱で話しかけられてすぐの頃はクラスの子に囃し立てられたりもしたけれど、春、夏、と過ぎて2学期が始まった今では、廊下でふたりで話していても周りの人もさして気にしなくなってきていた。

 クラスの仲のいい子達にとっては、私達は付き合ってる、という認識らしい。

 らしい、という表現をするのは、私には付き合っているというのがよくわからないから。だって、こちらから話しかけることもなければ向こうから話しかけてくることも少ない。他の男子に比べて会話は多いのは事実だけれど。ふたりで出掛けたことだって、お祭り以来、確か2回。


「そう。覚えてないかー」


 そんな関係だから、いきなり何の月だなんて聞かれてもピンと来るわけもなくて。


「うん……覚えてない、かも。ごめんなさい」


 そっかー、と笑って頭を掻く彼の前で、私は思い出そうと必死に記憶を辿る。

 と、少し離れた位置からこっちを見ている2人の男子と目があった。えっと、確か田辺君とよく一緒にいる2人。ずっといたのだろうか、目が合うや否や2人はこちらへやって来て田辺君の背を軽く叩いた。


「彼女に覚えてもらってねーの」

「柳井さん、こいつ今月誕生日だから。っていうか、明後日だし」


 誕生日。明後日。そのふたつの単語が頭の中を駆け抜ける。

 い、言われたことあったっけ。私が忘れてるだけ? いや、教えてもらってないにしろ、仲良くしてもらってる人の誕生日くらい知っておかないと、だよね……?


「ご、ごめんね。プレゼント、絶対用意するから」


 3人とも責めたりもせず、妙ににこにこしていることにさらに居心地の悪さを感じて、私は早口で言うなり急ぎ足でその場から離れた。


 プレゼント。仲のいい子の誕生日にあげたことはあるけれど、男の子にあげたことはない。何を渡せばいいのだろう。今まで女の子に渡したものと同じようなものでは駄目なのだろう。

 ぐるぐる考え込みながら帰り道に立ち寄った本屋。まっすぐに大好きなファンタジー小説のコーナーへ向かう、その途中で、ふとある本……というか雑誌が目に入った。

 手作りお菓子で女子力アップ。

 これだ!

 思いつくなり、その雑誌を手にとってレジに走る。買いに来たはずの小説のことはすっかり頭に無くて、雑誌の入った袋を抱えて足取り軽く帰宅したのだった。


 次の日には材料を揃えて、夜のキッチンに立つ。眠そうなお母さんが「本なんか買って来なくたって教えてあげるのに」と欠伸をしながら言っているが、最後まで自分でやってみたいのだ。誕生日を知らなかったということへの謝罪の気持ちもあるけれど、やっぱり最初のプレゼントくらいは自分の力だけで用意してみたい。

 一人だけでお菓子を焼くのは初めて。普段料理をしないこともあって、納得いく出来になって、ラッピングを終えるまでに一晩中かかった。


 授業が終わったら空き教室に。

 面と向かっては言えなくて、メールで伝えた約束の場所に行った時、田辺君は既に来ていて窓辺の席に座っていた。


「お、お誕生日っ、おめでとう!」


 変に緊張するよりも先に、素早く紙袋ごとお菓子を渡す。


「へえ、手作り、なんだ。すっげー嬉しい。ありがとう」

「え、あ……う、うん」


 そんな曖昧な返事になってしまったのは、手作りなんだ、と言った時の田辺君の声が震えていたから。なんだか、笑いを必死に堪えてるみたいに。

 おかしいとは思った。でも何も言えなかった。どうしたの、何がおかしいの、それだけのことを言えていれば。

 教室を出た私と入れ違いで、田辺君のいる教室へ入っていく、私に誕生日のことを教えてくれたあの男子2人。彼らは私の視線に気づくと、田辺君と同じように笑いを堪える表情でそそくさとドアを閉めた。

 なんだかよくわからないが胸がざわざわするような嫌な感じがして、ドア横の壁に背中をつけて寄りかかった。


「柳井さんに、貰ったんだって?」

「羨ましー。田辺のくせに!」


 ギャハハと笑う2人の声と田辺君が「やめろよ」と軽い口調で言っているのが聞こえる。考えすぎだろうか。でも、どうにも田辺君と彼らの表情が引っかかる。

 気のせいだ。と自分に言い聞かせる。だって、こんな性格の私話しかけてくれた人だ。今いる友達だって田辺君と一緒にいるうちにできたつながりだ。一緒に出かけたのだって、今日のためにお菓子を作ったのだって事実だ。

 しかし、その後聞こえてきた彼らの会話に、私の嫌な予感は当たっていたと知ってしまうこととなる。


「いやぁ、やっとこれで解放される。誕生日プレゼント貰うまでとか長かったわー」


 そう言ったのは、今私にありがとうと言った田辺君。


「直哉、俺らん中で一番誕生日遅いもんな」

「そーそー。俺らはもう終わってたし。ははっ、全員成功とか、これじゃ罰ゲーム考えた意味ねぇじゃん。俺、田辺は失敗すると思ってたのに」

「ひっで」


 声が近づいてくる。

 ここから離れなきゃ。そう思った時にはもうドアは開いていて、出てきた3人とばっちり目があった。3人とも私がまだそこにいたことに驚いた様子だったが、


「そういうことだから、別れよ」


 田辺君のその一言を残して、笑って自分の教室の方へ歩いて行った。

 彼らの背中を見送りながら、私はずるずるとその場にへたり込む。……といっても、あまりショックはなかった。意味がわからないというより、ああ……だからか、という感じだったから。向こうから干渉してくることがなかったのも、機嫌よく誕生日のことを教えてきたのも、全部最初からゲームだったから。私が誕生日プレゼントを渡した時点でクリアのゲームだったから。

 どちらかと言えば、辛かったのはゲームが終わって数日経ってから。

 私が3人の会話を聞いていたことで、他の2人の彼女だった人に事実がばれるのを恐れてか、数日の間に「柳井さんは田辺の誕生日にゴミをプレゼントして別れろと脅迫した」という噂が瞬く間に広められた。幼稚極まりないでたらめだったのだが、当時私たちは中学生だ。それも中学1年生。でたらめの噂はあっという間に広がり、仲のよかった友達も自分に被害が及ぶ前にそっと離れていった。

 ここまで話せば、その後のことはだいたい想像してもらえるだろうか。

 一人でいる時間が多くなって、小説を書き始めたのもこの頃。高校に入学し環境が変わっても性格はなかなか変えられないもので、一人で小説を書く習慣は抜けなかった。

 そこからは前にもお伝えした通り。小説がいつの間にが趣味になり、没頭するようになり、視力が落ち、目つきが悪いと言われ……と続くわけだ。


 ああ。思い出してしまった。



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