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長い一日が終わる


「わわっ、泣かないでー」

「泣いてない……っ」


 泣き腫らした顔のシトロンちゃんがやって来たのが数分前のこと。ちゃんと部屋に来てくれたことにほっとした反面、教室にいた時からの変わり様には驚いた。白い肌は擦り過ぎて真っ赤、声もガラガラ。

 ずっと泣いていたんだ、と勝手に判断したけど、それはきっと間違っていない。

 私は彼女を椅子に座るよう促す。 

 カオン君には少し席を外してもらった。女の子同士のほうが話しやすいかと思ったからだ。


「話したいことって、何よ……」


 渡したタオルを目に押し付けながら、シトロンちゃんはボソッと問う。


 うん、そうだね。本当は話したくなかったんだけど、シトロンちゃんにだけ話すよ。


「私がアシュさんのことを知っていた理由」

「……兄さんのことを知らない人は、ネーテリアにはいないわよ」

「え、そうなの?」


 アシュさんに限らず、他の副団長の方も王都では知らぬ人はいない有名人だそうです。

 そうですよね、ジルさんもキャーキャー言われてたもんね。うわ、恥ずかしい。田舎者丸出しだった、今。


 え。じゃあちょっと待って。

 皆がアシュさんのことを知っているなら、変にカミングアウトする必要はなかったわけで。シトロンちゃんを呼ぶ必要もなかったんじゃないか?

 アシュさんと知り合いだから、手紙を飛ばそうとしたんだよ。会ったこともない副団長に、いきなり「妹さんに会いましたよ!」と報告しようとしたわけじゃないんだよ。ということを私は説明したかったのだから。


 でもまあ、話そうとしていたことは他にもある。

 シトロンちゃんの事情を知って、自分の事情を隠そうとは思っていない。彼女は騎士団副団長の妹なのだから、隠さなくてもいいだろう。と、私は勝手に判断した!

 折角できたお友達に隠し事はしたくないよ。

 

 コホン、と咳払いして話を変える。


「昨日までね、私、騎士団にいたの」


 と言っても、実質二日間だけど。


「騎士団に……? どうして? 騎士団には普通の人は入れないのよ」


 シトロンちゃんはタオルを下ろすと目を丸くする。

 その表情が漸く年相応に見えた気がした。

 

「私の出身は北の街のイベールなんだけど。訳あって王都に来たんだよね。訳って言うのは二つあって……」


 ふんふん、と頷きながら聞いてくれているシトロンちゃん。大人びた仕草も様になっていたけど、そういう何気ない動作のほうがあなたには似合っている気がするよ。


「一つは……あー、うー……好きな人を探すため?」


 は、恥ずかしいです。

 脳裏をよぎる灰色を、懸命に打ち払う。


「狼の獣人のことね?」

「そ、そうですケド……」


 あっさりしてるねシトロンちゃん! 私はもっとキャーとか、うそーとか、そんな反応を期待してたんだけどな。そして雰囲気が明るくなればいいと思ってだんだけどな。

 これは完全に私の恥ずかし損ですね。思ったより食いついて来ませんでしたね。


「二つ目は?」

「……二つ目は、えーと」


『知らない人、いる! アイラル、誰? 知らない人、誰?』


 窓から入って来た赤茶色のリスもどき。

 ああ、ちょうどいいところに。


 好奇心旺盛なプキは、喋る魔獣の登場に驚くシトロンちゃんのもとへ、ちょこちょこ走っていく。


『友達? お友達?』


 ベッドのシーツをよいしょ、よいしょ、と登って彼女の膝に落ち着く。

 私はそれを見計らって風の玉を作った。


「この子はプキっていって、今話してるのはアシュさんのくれた首飾りのおかげなんだけど、この風の玉に入ってもらうと……。プキ、お友達のシトロンちゃんだよ」

『シトロン? シトロン、プキはプキだよ!』

「……! 喋った」


 風の玉を消す。もうおしまいかと怒ったプキに手のひらをペチペチ叩かれる。 ごめんね、また後でね。


「これが二つ目の訳。私は魔法で動物と会話することが出来るの。それで王都の学園から……推薦状を貰って、ここにいるの。この魔法はクラスの人には秘密なんだけどね。騎士団にいたのはイベールから王都まで騎士団の人に、えーと、護衛してもらったから」


 それと、とりあえず宿の確保のため。

 推薦状やら護衛やら、説明下手なために画数の多い単語が混じってしまったが、シトロンちゃんには通じたようだ。恐るべし、六歳児……!

 

「それで兄さんに会ったのね」


 もう一度言おう。恐るべし、六歳児! 素晴らしい理解力です!

 じゃあこれも言っといて大丈夫かな。


「……と、言うことなんだけど。今の話が他の人に知られたら、私、退学? になっちゃうかもしれないんだよねー。……内緒にしてくれる?」

「いいわよ」


 これまた、あっさり!

 涙はすっかり乾いて、元気になってきたように思えるシトロンちゃんは、ただし、と続ける。

 いいよ! なんでも聞くよ!


「私の魔法の練習を手伝いなさい。……私も、さっきの丸いの、作ってみたいわ」


 キラキラ輝く目をしたシトロンちゃんが私を見つめていました。

 ふふ。そのくらいならお安い御用です。


「まず、両手を……こうするのよね」

「まっ、待って待ってシトロンちゃん! 練習するなら外に行こう! ねっ?」


 引っ越して二日目の部屋が壊れるのは流石に……!

 集中モードに入ったシトロンちゃんの腕をとって、部屋の外へ出た。

 とりあえず寮を出てみると、そろそろ夕方と言える時間帯。夕日に照らされた高い塔が非常に幻想的です。あの塔には学部が配置されていないはずだけど、何の為の建物なんだろう。


 魔法を使うには、お団子を作るように……と、お父さん受け売りの講習を始めたのは、周りに建物がない芝生の中庭。人通りも少ないし、ここなら安全に練習が出来るのではないだろうか。

 まず見本ということで私が、五歩くらい離れたところに置いた葉っぱを狙って魔法を放ってみる。

 葉っぱは、風に飛ばされて空高く舞い上がった。


『飛んだ!』


 ついてきたプキが肩の上で立ち上がる。


『プキも、飛べる? アイラル、やって!』

「プキは飛ばせないなあ。落ちてぺっしゃんこになるのは嫌でしょー?」

「アフツァーさん……怖い」


 自分だけ会話に混ざれないとプキが拗ねるので、私は風の玉を作る。

 目前では葉っぱを調達したシトロンちゃんが、私の真似をして両手を構えては試行錯誤している。


「これで、魔力を」

『シトロン! がんばれー!』


 ゴオッ!

 

 近くの木の枝を引き千切らんばかりの風が吹いた。


「プキ! 静かにしてて!」

『なんで? プキ、シトロン、がんばれ……』


 あはは……。流石に一回じゃ上手くいかないよね。


「プキは私と遊んでようねー」




 兎にも角にも。

 お父さん、お母さんへ。

 アイラルは学園でお友達ができました!





ありがとうございました。

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