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飛べない鳥


 割れたガラスが床に積み重なる。


「…………」


 人は己の頭が処理しきれない事態に遭遇した時、放心状態になるようだ。誰も、何も、喋らなかった。

 ガラスが全く無くなり窓枠だけになった窓から吹き込んだ風が頬を撫で、漸く先生が我に返る。


「だ、大丈夫。大丈夫ですよ。窓に近い席の人は慌てずこちら側へ移動してください」


 騒ぎ始める生徒、泣き出す生徒、まだわけが分からずぼんやりしている生徒。


 幸いシトロンちゃんが最後の測定だった。このまま授業を続けるのは困難だと判断した先生は、私達を空き教室になっていた隣の教室に移すと。


「ヴィエーチルさんは先生と一緒に来なさい」


 シトロンちゃんを連れて出て行った。



 やはりシトロンちゃんの魔法が原因?



 このクラスに私以外の風属性はいなかったから、他の子にはピンと来ないだろうけど、あれはおそらく魔法だったと思う。

 いつかお父さんに教えてもらった。風の魔法は目に見えないのだと。

 目に見えない風が魔水晶を割り、窓を割ったのではないか。


 だとするとシトロンちゃんは風属性で——


「ねー、アイラルちゃん」


 カオン君に服の裾を引かれた。カオン君はさすが騎士団というか、この状況を全く怖がっていない。


「ヴィエーチル……アシュ兄と同じだよねえ?」

「……あ」


 そういやアシュさんの名字がそんなだった気が。ジェイさんにサラさん、ゴレムさん、ジルさん。騎士団でたくさんの名前を聞いたから記憶がこんがらがってた。


「アシュ兄とシトロンちゃんは兄妹?」

「黒い目と髪が同じ……。でもアシュさんは副団長だよ? もしシトロンちゃんが妹だとして、応用魔法学部にいるわけ……」


 うーん……とふたりして唸った。






 その日、シトロンちゃんは教室に帰って来なかった。

 授業も午前中で切り上げになって、今、私とカオン君は寮への帰り道にあるベンチで、購買で買ったパンをかじっています。

 他の学部はまだ授業続行中で、誰の姿も見えない校庭は無音で寂しい。


「アシュさんに聞いてみようか」


 黙々とパンを口に運びながら考えていたことをカオン君に告げる。


 シトロンちゃんに直接尋ねるのは、少しばかり勇気が出ないというか何というか。アシュさんに聞くのが一番早い気がするのだ。あの性格なら簡単に教えてくれそうだし。


「そうだね。アイラルちゃんの魔法でふわーって」


 そうと決まれば早速。

 風の玉を両手で作って。メッセージを送るのも玉を投げるのも、ここまでは手順は同じだ。

 だからここまでは出来るんだよ。ここからが問題で。少しでも気が散ると力の加減が出来なくなって玉が弾けてしまう。


「アフツァーさんの魔法で何をするって?」

「わあっ!」


 ……そう、まさに今のように。


 両手を背中に隠してみても、もう遅い。形のいい眉を吊り上げたシトロンちゃんが私を見下ろしていた。


「べっ、別に、何も……」

「全部聞いてたわよ」


 ううう……。いつからいたんだろうシトロンちゃん。手元に集中してたから全然気がつかなかった。

 しかもめちゃくちゃ怒ってますよねー。

 でも仁王立ちは控えたほうが……女の子だし……いえ、なんでもありません!


「そうよ。私はシトロン・ヴィエーチル。緑の副団長の妹よ。文句ある?」

「い、いや、その、滅相もございません!」

「そ、そうだよ! 同じ名字で、気になっただけだよ!」


 ずいっと顔を寄せられて。

 うわーん! こ、怖いよ、シトロンちゃん! あなたは本当に六歳なの?

 17+7=24で精神年齢が二十歳はたちを超えた私が怖がるのもどうかと思うけど。


 シトロンちゃんはフンと鼻を鳴らす。


「妹だけど、私、あの人のこと大嫌いだから。別にいいのよ」


 別に……って。それに大嫌いって。

 おーい、アシュさーん。こんなこと言われちゃってますよー?


「アシュ兄と全然似てないね」

「ね」


 いや、似てるのか? 黒い髪に目という外見は同じだ。顔付きは全然違うけど。

 アシュさんがする、いつものヘラヘラニコニコ顔。シトロンちゃんの同じ表情は、うーん、想像できない。


 そう、似ていない、と言えば。魔水晶を割った魔法のことをきちんと聞いておかないと。


 ベンチの端によって一人分のスペースを空けると、シトロンちゃんはむすっとした表情でそこに座った。


「えと……聞きたいことというのはですね。シトロンちゃんの魔法のことで……その……」


 怖がるな、逃げるな、アイラル!


「そうよ」

「え?」


 急に調子の下がったシトロンちゃんの声に驚く。俯いて着ていたワンピースの裾を握る。


「魔水晶を壊したのは私。あの人と同じ風属性なのに、私は全然コントロールができないの」


 珍しく風属性で、両親はとても喜んでくれたのに。


「副団長の妹なのに、出来て当然なのに……!」


 どれだけ練習しても風でガラスを割ってしまう。物を壊してしまう。

 でもいつか出来ると信じて練習していた。


「練習したわよ! でも出来ないの! みんながっかりした顔で私を見るの!」


「シトロンちゃん……」


 徐々に感情が高ぶって声を荒げるシトロンちゃんは、やがてポタリと涙を落とした。

 

 魔法を扱いに長け、騎士団の副団長にまで上り詰めた兄と、同じ属性を持ちながら魔法のコントロールすら出来ない妹。

 いつからか憧れていたはずの兄が大嫌いになっていた。

 出来ない自分を隠すために、わざと優等生ぶるようになった。


 ぽつり、ぽつり、と語るシトロンちゃんは疲れ果てたように見えた。また違った意味で年相応には見えなかった。


「……ごめんなさい、アフツァーさん。ソーレ君。私、先に帰るわ」


 ふらふらと立ち上がった彼女が寮のほうへ歩いて行くのを、何も言えずに見送った。




ありがとうございました。

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