第342話 現在の情勢
「コルネリア、コウさんと知り合い?」
「ディアナ、貴女が……ここにいるのは当然か。今日は当番だったのね」
コウを通り越して入口とカウンターでコルネリアとディアナが話をしている。
素通りされたコウとして何とも居心地が悪い。
「あ、ああ、ごめんなさい。コウさん。まずは紋章を確認してください。今回は更新はないので、確認日だけですね」
コウはとりあえず紋章を受け取ると、記述を確認した。
証の紋章の端に、最後の確認日が今日であることが小さく刻まれている。
聖暦一〇二四九年九月十日。
それを確認してからコルネリアとディアナ二人を続けてみた。
「ああ、ごめんなさい。この人は王室親衛隊のコルネリア……って、今の感じだともう知ってるのかしら。私の幼馴染なのよ」
「コウ殿、先ほどぶりだ。今話があった通り、私たちは幼馴染でね。ディアナが今日手伝っているのは知らなかったけど」
「手伝い?」
「私、夫が冒険者だから、それで手伝ってるのよ。人手不足だしね」
人手不足と言われて、コウは改めて依頼板を見た。直近の依頼しか残ってなかったから、てっきりうまく回っているのかと思ったのだが。
「ああ、それは簡単。この国では国の兵も手伝ってくれるの。討伐任務とかはむしろそっちがメインで請け負ってくれるわ。特にファリウスの絶望以後はね」
コウの指摘にディアナがあっさりと応える。
この体制はコウには軽く驚きだった。
元々冒険者ギルドは神殿の支援を受けて誕生した独立機関で、いざとなれば国と敵対することもある。無論安定した国では協力関係にあることは多いが――。
(むしろそんな体裁にこだわっていられる状況ですらないということか)
ヨーエンベルグ共和国の脅威がある以上、ここに住む人すべてが一丸となって諸事にあたる必要がある状況という事だろう。
そうなると、ギルド長が王城に行っているのも理解が出来る。
「で、コルネリア。用件は何? エルランシア王女付の貴女が直接来るなんて」
「あ、そうそう。コウ殿。王城に来ていただけないでしょうか。報酬をお渡しするのはもう少しお待ちいただきたいのですが、それとは別にお話があって」
「報酬?」
ディアナが首を傾げたので、コルネリアが経緯を軽く説明してくれた。
「なるほど。まあそっちはギルドに回してくれれば対応するとして、今王城に呼ぶってことは、おやっさんが?」
コルネリアが頷く。
だが、コウにはさっぱり事情が飲みこめない。
「コウさん。とりあえずコルネリアについていって。多分ギルド長……ドワイトさんがあなたの話を聞いて会いたいと思ったんでしょう。そうよね、コルネリア」
「ええ、当たりよ。というわけでお願い出来ないでしょうか」
コウとしてはまずは情報が欲しいわけで、それなら今の話だとギルド長に直接話が聞けるなら、それが一番いいだろう。
興味を持たれたというところは少し気になるが、どちらにせよ今後の行動方針を決めるためにも、まず必要なのは情報だ。
「あと、ヴェル殿は? てっきりご一緒かと」
「ああ……あいつはどっかで食事してると思う。必要でなければ俺一人でいいだろうか」
正直ヴェルヴスがいてもプラスになる状況は思いつかない。
「分かった。ではこちらに。ディアナ、旦那によろしくな」
「うん。じゃあね。コルネリアも頑張って」
コルネリアは小さく頷いてから、先に歩いて街に出る。
その後にコウが続き、二人は王城へと向かって行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エグラムにある王宮は、城というよりは宮殿という方が近い。
これは考えてみれば当然で、街の中にあるのであれば防衛は街壁に拠っておこなわれるわけだし、この国の場合はそもそもネルテリウス河が防衛線として存在する。
街中に入り込まれた時点で負けというべきだろう。
これは帝国の帝宮も同じだ。
むしろ街からやや外れた場所にあるアルガンド王国や、街の中心にありながら防衛施設としての城を建造していたバーランドの方が珍しいのかもしれない。
ファリウスなどは特殊過ぎるが。
大陸からは海を隔てた場所にあるネルテリウス王国ではあるが、その建築様式は帝国はもちろんアルガンド王国ともそう変わるものではない。
これは、この大陸の文明それ自体が基本的に神殿によってもたらされているので、ある程度画一化しているからだろう。
宮殿の敷地の入口は大きな門があり、当然衛兵が立っているが、コルネリアが入るのに合わせて入っていくと、何ら呼び止められることなく入ることができた。
宮殿は見える限りは地上三層。
一部に少し高い尖塔がある。
入る際にさすがに武器と法印具は預けられたが、あとは警戒されることもなく中に入る。
そのまま広い廊下を抜けると、やや奥まったところにある、二人の兵が立っている扉の前でコルネリアが足を止めた。
コルネリアはその扉前にいる者に兵に軽く会釈をしてから、扉をノックした。
「殿下、コウ殿をお連れしました」
するとややあって、扉が開く。
それを見てコルネリアはコウの方に振り返った。
「こちらに王子殿下と王女殿下、それに冒険者ギルド長のドワイト・ラーデン氏がいらっしゃいます。どうぞ」
コルネリアはそういうと、扉を開いて部屋に入るよう促した。
コウは小さく頷いて扉をくぐる。
部屋は向かって奥一面がガラス扉になっていて、夕方前のこの時間は光が差し込んできていて十分に部屋は明るかった。
部屋の中央に大きなテーブルがあり、周りを長椅子が囲んでいる。応接間という印象が一番近いか。
そしてその長椅子に座っている人物は三人。さらに二人、長椅子の後ろに控えている。うち二人は見覚えがあった。エルランシアとフィベルだ。
あとの三人はいずれも初めて見る。
一人はコウと同年代に見える男性。髪の色や服装から見て、ほぼ間違いなくこの国の王子だろう。その背後にフィベルと似た服装の女性が控えているので、こちらは王子付の侍女に違いない。
そしてもう一人、こちらはおそらく四十歳ほどと思われる男性。こちらがこのエグラムの冒険者ギルドの長、ドワイト・ラーデンか。
「コウ殿、お呼び立てして申し訳ありません。ドワイト殿もお話をお聞きしたいとのことでしたので」
最初に立ち上がって挨拶したのは、先ほどぶりのエルランシアだ。
続いて、若い男性が立ち上がる。
「此度は妹の窮地を救っていただいたと聞く。改めて感謝を。私はネルテリウス王国第一王子、ヴィルダート・ギル・クリシュリーナと申します」
そういうと、ヴィルダートと名乗った王子はそのまま進み出て手を出してくる。
この握手という風習はこの世界でも普通にあるのだが、日本人であるコウには実はいまだにあまり馴染まないが、かといって応じないわけにもいかず、コウも手を握り返した。
「それと俺がこの街のギルド長、ドワイト・ラーデンだ。先にギルドに行ってくれたようだが、すまんな、呼び出して」
「いえ。私もちょっと知りたいことが色々ありますし」
ドワイトは立ち上がってから同じようにコウと握手を交わし、それから椅子に腰かけるように促され、コウも座ると、ヴィルダートとエルランシアも座り直した。
コウに続いて部屋に入ってきたコルネリアは、そのままフィベルの隣に移動する。
「さて……なんでも相当な技量を持つということだが、紋章を見せてもらっても?」
ドワイトの言葉に、コウは頷いて紋章を取り出した。
そこに示された冒険者ギルドの所属を示す正方形の刻印は、銅、黒、銅、赤色分けされている。
それを見て、ドワイトとヴィルダートは半ば唖然としていた。
「銅以上が一つあるだけでも驚きなのに、二つとか意味が分からんな……しかも、ここ三年ほどは人里離れたところにいたと?」
「ちょっと事情があり。なのでこの三年の間に起きたことを、私はほとんど知りません」
「それはまた極端だよな……元々はどこにいたんだ?」
これでファリウスというとかなり面倒なことになるのは間違いない。
コウはしばらく考えて帝国の西方にいたと答えた。
実際通っているので嘘は言っていない。
「そこから修行でクリサリス島に、か。まあ、ファリウスの絶望より前なら大陸からの船も結構来てたしな」
ドワイトは一応その説明で納得してくれたらしい。
「とりあえず、この三年間のことをある程度話しておこう。その上で、だが」
「私たちの計画に、貴方にも協力していただきたいと考えている。無論、正式な依頼として」
ドワイトの言葉をヴィルダートが引き継いだ。
急遽王宮に呼ばれたので、そういう話だろうとは思ったが、それでも強制というわけではないらしい。
「分かった。ただ、まず現状を教えてもらいたい。その上で仕事の話も聞こう」
「いいだろう。ファリウスの絶望から知らないなら、その話からだな。途中でも聞きたいことがあったら、都度質問してくれていい」
そういうと、ドワイトはこの三年で起きたことの説明を開始した。
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「まあざっと……こんなところか。大丈夫か?」
「あ、ああ。ちょっと予想以上だったので、少し驚いているだけだ」
三年間の話は、コウにとっては予想以上だった。
ドワイトの話はいずれもギルドの情報網をフル活用した確度の高い話だという。
まず、三年前の八月末に前教皇が死去。新たにティナが就任。これだけでもコウにとっては驚きだ。発表された日は間違いなくコウがこの世界から飛ばされた日。つまりあの時、アメスティアは死んだということだ。
そしてその半月余り後に、ファリウス放棄の宣言。
その直前から始まった大陸全土の混乱。
東側では、アルガンド王ルヴァイン、およびバーランド王イルステールが殺されたのは確実らしい。
コウにとってはどちらも面識がある相手で、これもかなりの衝撃だった。
その上、アルガンド王国のいくつかの公爵領は混乱の中でアルガンド王国から離脱したところもあったらしい。
思わずパリウスがどうなったか聞いてみたが、今のところアルガンド王国に属したままではあるという。
ただ、それ以上は分からないらしい。
その後、アルガンド王国、バーランド王国は共に王太子がそのまま即位。
また、南部キュペル王国は混乱が特にひどく、国がわずか半月、ファリウスの絶望となる宣言が発せられるよりも先に崩壊していたらしい。
その後、あの地域は現在も無政府状態が続いている可能性が高いという。
このような地域は他にもあり、帝国南部のロッテンザム、アルゴン、ボストークの各王国も国としての体制が崩壊。
ここに関しては初期の混乱を踏みとどまった、当時帝国と敵対して唯一大陸南部で独立を保っていたマイヤール王国が、逆にそれらの国の版図を吸収しようとしているという。
大陸西部はファリウスの目と鼻の先と言えるランカート王国が、初期の混乱が落ち着いた後に魔獣などに襲われることがあまりに多くなったらしい。
本来群れることのない魔獣がまるで統率が獲れた軍のように襲い掛かってくることもあり、ここ半年ほどは情報が更新されてないので、あるいは今は滅ぼされている可能性もあるという。
あちこちで情報が錯綜している最大の要因は、通信法術具の安定性が、ファリウスの絶望の少し前から著しく損なわれたことである。
正直なところ、これが一番の問題らしい。
冒険者ギルドや法術ギルドが持つ長距離の通信手段であった通信法術具が、特に遠距離において著しく安定性を欠くようになったのだ。
さらに、神殿の持つ奇跡による連絡すら、阻害されるらしい。
結果、大陸の各地との連絡手段が失われ、現在は人が実際に移動して情報をやり取りしている状態だという。
コウとしては、まだ多くの国々が残っている状態であることには安堵しつつも、この世界の特徴でもあった法術などによる通信が出来なくなっていることは、相当に厳しい状況だと思えた。
何よりこうなると、ラクティやキールゲンが無事なのかということも気になってくる。
「さて、とりあえず大陸の情勢の方はこのくらいだが……あとはこのクリサリス島の問題もあるのだ。続けていいだろうか」
話はヴィルダートが引き継ぐらしい。
コウは小さくうなずいて、続きを促した。




