アルカ雪原Ⅶ
ザッザッザッ...
アルカ雪原。
現在、サトーとルーは雪いっぱいの森を散策中だ。
サトー自身の目で
“”ループに入って、出られない“”
ということを確かめさせる為に、ルーがサトーを連れ出したのだ。
西方の山の奥には魔王軍の城が薄く見えている。
「はぁ..っ...はぁ......お、お主...ちょっと...」
「なんです?」
サトーはルーの方へ振り返る。ルーは背丈に合わない巨大なリュックを背負っていて、小さな体には白い毛皮のコートを羽織っている。
「少し...休憩じゃ」
「え?だってまだ歩いて10キロも歩いてないですけど...」
サトーは気遣いの出来ない男で、ここまで、大きなリュックを背負ってあげましょうかと声をかけることも無く、強靭な体を手に入れてからの有り余った体力で、自分のペースでズカズカ歩くので、ルーも付いて来るだけで必死だった。
「!?...そ、そうじゃが.....もう息が上がってしもうてな...あと、先頭はワシが歩く」
「え?」
歩くの早いんだよ...と言いたげな顔で睨みつける。長耳をピクピクさせて、ルーがサトーをじとって見つめる。
「お主...自覚ないのかや?」
「...す、すみません!何かしましたか?」
サトーは渾身の土下座を披露する。
「はあ...」
ルーは諦めたようにため息をつく。
ドスンっと切り株に座り、リュックを下ろす。
サトーもビクビクしながらも他の切り株に座る。
「......昨日のことじゃが...」
「!!」
ルーは目線を逸らし俯く。
「すまなかった」
ルーは頭を下げる。
「ええ!?な、なぜです!?」
ルーは頭を上げ、申し訳なさそうにする。
「ちっ!ちち...」
「え?乳.....」
ルーは言葉にどもる。サトーは無意識にスケベ臭い相槌を入れる。
「治療の為と言いつつ...人の温もりが...欲しかっただけなんじゃ...客人を迎える態度と礼儀ではなかった...すまぬ。」
「いやいや!いいですってば!ルーさんには助けられてますし...あなたが助けてくれなかったらモンスターの餌になってましたよ!!」
サトーは必死に言葉を連ねる。
「そ、そうか.....なら良い。それだけじゃ...」
ルーは肩の荷を下ろし、少し柔らかい表情になる。
「...景色変わりませんね」
「...ああ」
サトーはルーに地図を借り、それをじっくり見る。
ここはアルカ雪原の森の中でも、高台に位置するアルカ雪原の東方だ。
ルーが住んでいる山荘も東方に位置する。
つまり、全く進んでいないのだ。
アルカ雪原はたしかに縦幅は広大ではあるが、横幅はそれほどでもない。横、直径20キロ程度だ。西方にある山々が近づいてきてもいい頃だが、全く進んでいる気配が無い。
「たしかにこれは...出られないですね」
「そうじゃ」
ルーは深刻な顔になり、そう呟く。
地上がダメなら、洞窟だ。たしかルーも洞窟の地図を持っていたはず...
洞窟の地図を貸してもらい、現在位置を把握した後、
洞窟の入口を地図上で見つける。
「え!ルーさん、洞窟の入口、家の山を下ったすぐ下にあるじゃないですか!戻ってこっちも確認しましょうよ!」
「そこの入口から辿ってよく見てみるんじゃ.....」
「えっと...辿って.................」
あれ?
地図上の洞窟の入口から指で辿り、少し進むとすぐに「×」の印が付いていて、道が途絶えている...。たしかに地図は奥まで記されているのに...
「......実はその洞窟の地図、ワシが描いたものではない。その前の持ち主が記したものじゃ...描いたのは地上の...大体の大まかな地図だけじゃ。詳細は描かれていなかったろう?地上の地図ですら、地形のみしか描けていないのじゃ、永遠に進まんからの...」
「そ...そうなんですね。でも、このバッテンはなんなんです?この先も地図が記されているということは、もしかしたら、このループを洞窟からでなら脱出できるかもしれないってことですよね?」
「...そうなんじゃが...洞窟には...」
ルーはコートをぎゅっと握りしめて、震える。
「あ...あのー...」
「ゴブリンが.....居るんじゃ」
「ほう.......」
サトーは何となく察した。ルーは治癒魔法が使える。山荘の中には古びた杖や、薬草、ポーションなんかもあった。だが、格闘に関するモノが置かれていたかと言うとそういう訳でも無かった。きっと、治癒魔法は使えて、攻撃魔法は使うことができないからだろうな...
「なるほど、攻撃魔法が使えない訳ですね。それなら僕で良ければ...」
「使える!!!!!」
ルーの声が森中に響き渡る。その森の生物が逃げ出してしまったのではないかと思うほどの振動がサトーに流れる。サトーは驚いて目を見開いて、ルーのあまりの迫真ぶりに冷や汗を掻く。
「え...?」
「す、すまぬ...攻撃魔法は使えるのじゃ...」
「では...なぜ...?」
ルーは自分の肩を抱き寄せて、ぎゅっと両手で抑えて震える。ルーの顔色が青白くなっていく。
「そういえば...お主にワシがここに来るまでのこと...話とらんかったの...」
「そうですね、聞いてないです...」
「...じゃが、今はお昼時。まずはなにか腹に溜めてからじゃな。食べ終わったら、少し長くはなるが...話すとするわい...」
「あ、そ、そうですね!そうしましょう。」
お話ならば、お昼を食べながらでも話せるのでは...?と思ったサトーだが、それほど気にせずに流す。
サトーが薪を集めて、ルーが魔法で火を出す。
焚き火を炊いた。
「とっておきじゃ...ほれっ」
ルーは大っきいリュックの中からガサゴソと、木で編まれたサンドウィッチケースを取り出し、中を見せる。
「お、おお!」
山菜がメインにはなるが、チーズなんかも挟まれているサンドウィッチがびっしり入っていた。アルカ雪原と言う本当に自給自足が過酷な中で、ここまでの食材を...下手したら何百年と続けられているルーに感動する。
「ふふんっ、いっぱい食べて良いぞっ?」
ルーは自慢げにサトーにお昼ご飯を恵む。
「こんなに食材...どうやって取ってるんです?」
ルーの部屋はたしかに薬草を育てたりしているが、牛を育てている所や、小麦を栽培しているところなどは見かけなかった。
「ん、ああ、山荘の地下に培養施設があってな、そこで植物や生物なんかも育てているんじゃ。今度見に来るといい。」
「ええ!?まじですか...?」
「まじじゃっ」
ルーは、何十世紀単位で久しぶりに、腰を据えて人と会話が出来たのだ。嬉しさが隠しきれていなかったのか、満面の笑みを浮かべたあと、ドヤ顔でそう言った。
「お、おふっ...」
「な、なんじゃ気持ち悪い...」
生前ロリコンであったサトーにとっては、天国と言うには安直すぎるほどに幸せを感じた。それにルーは少しジト目で眉間に皺を寄せる。
「いただきまーす!......あむっ」
「...ど、どうじゃ?」
「う....うぅ.....」
「う...?」
「美味い!!」
ルーは安心したように表情を和らげる。
サトーはまるで早食いをするかのようにパクパクガシガシ食べていく。
「ふふっ...そんなに急がんでも...サンドウィッチは逃げんよのぉ...」
ルーがケラケラ笑う姿はまるで天使のようだった...
そうして食べ終わった後、その焚き火をふたりで囲んで、切り株に座り直す。
「では、話そう。...ワシの過去を........ここに来て閉じ込められるまでを」
ごくり...
ルーの過去...実際そのような事は気にしていなかったが、もしかしたら、ここから脱出するヒントになるかもしれない...そう信じて、固唾を飲んだ。
アルカ雪原の西方には、遠くて小さいが、やはりあのヨヴストたち率いる、魔王軍の城のようなものが見える...なぜ今になってそこに目が行くのか...
サトーの目はずっと燃えていた。
ヨヴストに目の前であの子たちの命を奪われてから。
屈辱を感じたあの時から。
誰かを救いたいと思ったあの時から,
............。
........................。
ヨヴストに復讐すると決めた、あの時からーーーーー
サトーの生きる理由は、それだけで十分だった。
「では、アルカ雪原に来た時からじゃな...」
ルーはゆっくり話を切り出す。
もう何百年も前の事だろうに、ルーは全く、うる覚えのような素振りは見せなかった。
“”あれは、今から丁度360年前の話じゃーーー“”




