2-3.必勝法を編み出せ
この賭場内で博打を楽しんでる者はいない。俺達は目立ち過ぎで、皆からの注目を集めてしまっている。俺は鉄砲を買いに来ている後ろめたい立場なので、できるだけ人目に付きたくなかったのだが、ニーボリの兄貴の命令となれば歯向かいようがない。
「五千万の勝負にしよう」
傷の男が賭け金の提案をしてきた。しかし、その額は到底受け入れられるものではない。足止めのための勝負になど大金は賭けられない。
「待って下さい。五千万は無理です」
「持ってんだろ、今」
「いや、確かにありますが」
「早く決断してくれ。警察が来ちまう」
俺は傷の男の提案を全く受け入れたくなかった。だが、この男が先程から言っている『警察』というワードが引っ掛かる。本来なら傷の男を力尽くで確保して兄貴を待ちたいところだが、お巡りが来ようものならややこしい事態になる。鉄砲の取引がふいになるし、兄貴はお巡り相手にでも平気で度を過ぎた暴力を振るえる。だから可能な限り、兄貴とお巡りをバッティングさせたくない。
しかし、万が一にも俺が負けて五千万両を奪われ、傷の男に逃走されてしまったら、俺は一体どうなる。兄貴は絶対に俺のケツを持ってくれない。俺に全責任を負わせるだろう。五千万など、フルズは薄給で有名なのだから、俺が払うのは難しい。そう考えると、この提案は是認しかねる。
「突然の思い付きの博打に五千万を賭けるのはやり過ぎです。もう少し額を抑えましょう」
「なぜだ。額を抑える必要はない」
「五千万は気軽に扱える額ではありません。そんなの狂っている」
「いいじゃないか、きょうみの沙汰程、面白い」
きょうみ?何だ、きょうみ?あ、狂気か。
「もう時間切れだな。俺は帰る」
傷の男は俺にシンキングタイム・オーバーを告げた。帰られては不味い。こうなったら傷の男のなすがままにせざえるを得ない。
「承知しました。五千万両、お賭け致します」
不本意だがこう言うしかなかった。
傷の男は俺を一瞥し、丁半のときに居たニシマツの構成員に何か耳打ちした。その構成員は出入口の方へ向かい、傷の男は俺を真っ直ぐ見た。
「今、通報延期を伝えに行ってもらった。通報するのは二十分後だ」
傷の男の発言の意味するところは、五千万のリスクを背負っても、たった二十分しか足止めできないということだ。二十分以内に兄貴は来るのだろうか。
「では、勝負の前に電話を一本だけ掛けさせてもらえませんでしょうか」
「何でだ」
「部下に持って来させます」
電話など口実だ。金は俺の隣にいる弟分が持っている。俺はここを離れ、考えを整理をしたかったのだ。兄貴が来ない場合、俺は勝たないといけないので勝つための戦略を立てておきたい。
傷の男は少し黙った後に了承した。俺は弟分達に傷の男から目を離さない様に指示し、金を持っている弟分には一度外に出てテキトーなタイミングで戻って来る様に指示した。モルヒロに聞いても教えてくれなさそうなので、この賭場の従業員に電話がある場所を聞いた。
「五分以上経っても戻って来なかったら俺は帰る」
傷の男が俺に悪巧みをしない様に釘を刺してきた。俺は、分かりました、と返事し、電話の場所を案内する従業員に従った。
関係者口を通ってバックヤードに進み、事務所内に入る。従業員に見られているので、受話器を取り、電話している振りをしながら頭の中で考えていることを手帳に展開した。
今回のゲームは抜かれた一枚を特定するだけの至極簡単なものだ。上手くいけば二回の作業で特定できる。その方法とは三、四個の数字に山を張り、その数字だけを左に分け、その際に数字が何回出てきたかを頭の中でカウントする。そして、分け終えたときに山を張った数字が三個しか出てこなかった場合、次の作業でその数字だけに着目し、何のマークがないかをチェックすれば、抜かれたトランプを特定できる。
しかし、この頭の中で複数の数字をカウントするのはリスクが高いのではないだろうか。五千万が賭けられた初めてやるゲームなので、本番特有の力みが発生し、カウンティングミスや自分のカウント数に対する不信感が生まれる。そうなると、山を張る数字を多くできないので、現実的なことを考えると、山を張る数字の個数は四個、三個、三個、三個となるが、これでは最悪の場合、五回の作業が必要となる。
ミスの恐れもあるし、作業数も多くなるため、この方法はあまり得策ではない。
ミスを避けるにはトランプを新品の並びにするのが一番だ。新品の並びならどのトランプがないか一目瞭然で分かる。
つまり、この勝負はどれだけ速く並びを揃えられるかで勝敗が決まる。相手より先に新品の並びにできれば勝ちだ。しかし、今回のゲームでは好き勝手に並びを変えることはできない様になっている。
今回のゲームで採用されているトランプの揃え方は特殊で、一枚ずつ左右のスペースに振り分けて並びを変えなければならない。これは言い換えると一回目の作業で五十一枚のトランプをAグループとBグループに振り分けることになり、二回目の作業で五十一枚のトランプをA1グループとA2グループとB1グループとB2グループに振り分けることになり、三回目の作業でA1a、A1b、A2a、A2b、B1a、B1b、B2a、B2bのグループに振り分けることになる。つまり、一回目の作業で二個のグループ、二回目で四個のグループ、三回目で八個、四回目で十六個、五回目で三十二個、六回目で六十四個のグループに振り分けられる。
このことから、五十一枚のトランプは五十一個以上のグループに振り分けられなければ任意の並びにすることができないので、六回の作業で新品の並びになるということが分かる。
六回の作業で確実に特定できるのだ。だが、六回では多すぎる。傷の男が六回以内で特定できなければ俺の勝ちだが、傷の男が六回ももたつくだろうか。
いや、そもそも俺の考えは間違えている。新品の並びは必要ない。五十一枚のトランプは十三個以上のグループに振り分けられれば殆ど整理される。四回だ。俺は四回で特定できる。四回なら勝てるかもしれない。
俺は手帳の上で『A・0001』『2・0010』『3・0011』・・・『K・1101』とそれぞれの数字を二進法にした。これはどの様にトランプを分けていけばいいか考えるためだ。
結論を言えば、一桁目が『1』のトランプだけを表向きに左に分け、右の束を左の束の上に乗せて全体をひっくり返し、元の場所に戻す。次は二桁目が『1』のトランプ、その次は三桁目が『1』のトランプ、最後に四桁目が『1』のトランプで同様のことをする。
これで全体を表向きにすると上からA四枚、2四枚・・・X三枚・・・K四枚といった並びになり、唯一、三枚しかないXが抜かれたトランプと分かる。
理屈を簡単に説明すると、Aは一回目の作業で動かされた以降は全く動かされず、どんどん下に他の全てのトランプが動かされるので、一番上となり、2は、Aが一番上になると確定したのでAが存在しないものと見なすと、一回目の作業で動かされなかったので3より上に居られて、二回目の作業で3と共に下に移されるが、以降は全く動かされないので一番上になる(実際はAが存在するので上から二番目である)。この様に上が確定したトランプを存在しないものと見なしていくと分かり易い。
では、詳しい手続きを考えよう。一桁目が『1』のトランプはA3579JK、二桁目が『1』のトランプは2367TJ、三桁目が『1』のトランプは4567QK、四桁目が『1』のトランプは89TJQKである。つまり、一回目の作業では奇数を左にする。二回目の作業では先ず37Jを、次に26Tを左にする。三回目の作業では順に7654とKQを左にする(7654とKQは混ざっている。つまり7K65Q4の様な順になっている)。四回目の作業で8以上を左にする(Kからの順)。
これは複雑だ。忘れる可能性がある。カンニングペーパーを作っておこう。
俺は今の手続きを手帳の一ページに記し、そのページを破いた。
『表向き、右を上にしてひっくり返す、①奇数②37J26T③7654+KQ④8以上』
そろそろ戻らないといけない時間か。
正直に言うと、四回も作業するのは心許ない。できれば三回、理想は二回で特定したいところだ。四回では負ける可能性が高い予感がするが、現時点で三回以内に収める方法が全く思い付いていない。だから、もっと時間をかけて突破口を探したかったが、もう時間がない。
俺は誰とも繋がっていない受話器を戻し、案内してくれた従業員に、行きましょう、と伝え、既に道順は分かっているため、先に事務所を出た。
俺は勝負が始まったら四回も作業しないといけない。恐らく本番では無意識にプレッシャーを感じるため、頭の中で思い描いてある行動を実際に取れない可能性がある。だから、細心の注意を持って行わなければならない。自分は失敗するものだと考えて行動することが大切になる。今から落ち着いておくことも大切だ。
そして、傷の男。あいつは何をしでかすか全く分からない。できることなら、あいつと博打などしたくない。勝負が終わるまでに兄貴が到着してくれればいいのだが。
俺は足を止めた。気になることがある。
ダイオはサービスエリアに居ると言い、兄貴はすぐに着くと言った。しかし、いつも利用する高速道路のサービスエリアはここからかなり遠い。あの遠さで直ぐに着くという表現は使うのはおかしい。ということは、いつもと違う高速を利用しているのか。
中ゼミの奴らは詳しいだろうが、俺はここら辺の道路情報に詳しくない。しかし、いつもの高速の出口がこの賭場に一番近いことくらいは分かる。ダイオが使っている高速の出口は一体どこにあるのだろうか。ダイオはその出口からこの賭場までスムーズにアクセスできるのだろうか。そして、兄貴はあと十数分以内に到着するのだろうか。到着しない気がしてならない。不安は募るばかりだ。
俺は先程まで居た事務所の方を振り返った。何か、俺にできることはもうないのだろうか。